※ある本を読んで書きたくなった原作関係ない現代設定。家族捏造。
※どんな内容でもばっちこいな人向け。









 どこか掴めない奴だ、というのが、この俺、鶴丸国永に対する周りの評価だった。
 俺の家は典型的な転勤族というやつで、幼い頃から各地を転々として回っていた。子供が我が身を守るためにはそれ相応の適応力が必要で。移り変わる環境の中で、俺は人との上手な付き合い方というやつを身につけていった。
 黙っていれば一見声をかけ辛い雰囲気を醸し出す顔立ちのくせ、一度話してみれば驚くほど親しみやすい性格をしているというギャップが子供には魅力だったらしい。特別何かをしなくとも、短い期間でそれなりに親しい相手を作り、それなりに楽しい生活を送ることができた。
 空を流れる雲のように、なにものにも抗わず、ただ流れに身を任せるその様が、俺の評価をそうたらしめたのかもしれない。
 いつまた環境が変わるかもしれないと常に頭の片隅にあったそれがある日突然終わりを告げたのは、俺が小学校六年生の冬――思いがけないおふくろの死によるものだった。
 俺の顔は母親譲りで、つまりおふくろはとても綺麗な人だった。そのくせ性格は大雑把で口が悪く、見事にそれは俺の内面に影響を与えていた。一つ違ったのは、おふくろはその儚い見かけのままに体が弱かったことだ。
 それまでにも小さな病気は年に数度あったものの、大きな病気なんて影もなかったもんだから、それはあまりにも唐突に思えた。俺がまだ子供だったからってのもあるんだろうが。
 俺にはきっと、気付けてないことがたくさんあったに違いない。現に、仕事人間だと思っていた親父が本当は今の生活を快く思っていなかったんだと知ったのは、おふくろの葬儀を一通り終えたあとのことだった。
 体の弱いおふくろを自分の都合で連れまわすのは親父の本意じゃなかったと。幾度も単身赴任を申し出たがおふくろは決して頷いてはくれなかったんだと。なら今の仕事を辞めて新しい職を探すとまで言った親父におふくろは説教をしてみせたんだと。親父は俺の知らなかった話を、後悔を滲ませた涙で頬を濡らしながらしてくれた。
 お前にも辛い思いをさせて悪かったと頭を下げる親父に、俺は静かに首を振ってみせた。
 互いに互いを、家族をちゃんと想っていたんだと知って、親父を責められるはずがない。俺は本当に、今までの生活に不満なんてもんはなかったんだから。
 おふくろはあんな性格だったから、それがおふくろの幸せだったんだから、いいんだ。俺も、家族一緒にいられたから辛くなんてなかった。ちゃんと幸せだったよ。そんな子供らしくないことを言って、俺はまた親父を泣かせてしまった。
 その時通っていた小学校の卒業式を終えて、俺はまた新しい生活に身を投じることになった。
 親父はあっさりとそれまでの仕事を辞めて、既に新しい職をみつけていた。おまけに、もう転勤することはないんだという証のように、一軒家を購入したのだ。
 すべてが事後報告で、我が父親ながらその思い切りのよさには驚かされたもんだ。
 一軒家に大人一人と子供一人。広すぎて持て余しはしないかと思ったが、既に決定事項な上に、新しい生活に向けて張り切る親父の手前意義を申し立てるほど、俺は空気の読めない子供じゃなかった。


 思っていたよりはこじんまりとした一軒家で、俺の新生活はスタートした。
 左隣はだいぶ年期の入った木造住宅で、越してすぐ親父に連れられて挨拶に行った際、爺さんの一人暮らしなんだと知った。人が好さそうな爺さんは、もう少ししたら庭の桜も咲くだろうからまた花見にでもおいで、と初対面にも関わらず衒いのない笑顔で言った。
 じじいの一人暮らしは寂しいもんだから気が向いたら相手しておくれ、という言葉を真に受けたわけじゃないが、特にすることもなかったもんで、俺は学校が始まるまでの間に何度か爺さん家に邪魔させてもらった。
 いつも中途半端な時期に始まる新生活がきっちり入学式から始まり、周りに馴染むのに苦労はなかった。ただ少し、全身を包む真っ黒な制服がなんだか窮屈に思えた。
 これまでの人生経験故か、ませた子供だと自覚のあった俺は、同級生たちと適度によろしくやりながら頻繁に隣家に顔を出すようになっていた。
 親父とおふくろの口からは一度もその名が出たことがなかったから、自分にそういう存在がいるのかは知らない。各地を転々としていたこともあってその年代の相手と触れ合うこともなかった俺にとって、爺さんとの付き合いは新鮮だった。
 俺は気さくなその爺さんが気に入っていたし、爺さんがしてくれる昔話や、ことあるごとに飛び出す豆知識に興味津々だった。時々ふと勘違いしそうになって、自分にとってこの人は本当の爺さんじゃないんだと我に返って寂しくなることもあったほど、俺は爺さんに懐いていた。
 周りの環境も落ち着きつつあり、桜もすっかり散り始めていたそんな頃、そいつは現れた。
 休みの日にわざわざ隣家に出かけ、居間で出してくれた茶菓子をありがたくいただいていると、ふいに視線を感じた。
 振り返ってみれば、庭で散り行く桜を背にした五歳くらいの小さな子供が、障子の影からこちらを窺うようにしていた。
 春の穏やかな日差しの中にあって眩しい金色の髪をした、何かを潜めるように片目を前髪で覆った、小さな子供。
「何だ、お前。爺さんのガキ…なわきゃねーよな」
「……」
 何かしらの反応を期待したが、子供はただ静かにこちらを見つめてくるだけで口を開こうとはしない。内心首を捻りつつ探るように見返していたら、子供がぴくりと肩を揺らした。
 畳を踏みしめる音が耳に届いて、あぁ、これかと合点がいく。
 俺がそちらを確認するより先に、顔を覗かせていただけの子供が全身を現して、一変して俺には見向きもしないままに傍らを駆け抜けた。
 サイドで結わえられていた金色の尻尾がふわり靡いて俺の視界を染め上げた。
 しわがれた笑い声につられるように足音の主を振り返れば、子供はその足元に纏わりつくようにして再びこちらに視線を向けていた。
 その瞳に揺れているのは不審のようで恐怖のようで、大きな瞳で混ざる色に興味を惹かれた。
「いきなりで驚いたろう。これは娘の子供の獅子王。三日前からここに住むことになってな。人懐こいいい子じゃから、仲良うしてやってくれ。獅子王、あれは隣の家に住む鶴丸じゃ。じじいの暇潰しによう付き合うてくれる感心な子じゃから、きっとお前さんにも良うしてくれるろうて」
「おいおい、褒めたって何も出ないぜ、爺さんよ。改めて、俺は鶴丸だ。そっちが嫌じゃないなら、これからよろしくな、獅子王」
「……」
 娘の子供ってことは爺さんにとっての獅子王は孫ってわけだ。きっと人懐こいってのは嘘じゃないんだろうが、今の状況からはとてもそうはみえない。いきなりここに住むことになった事情ってやつが、恐らく獅子王にそういう態度をとらせているんだろう。
 警戒させないよう笑顔で差し出した手は握り返されることはなく、結局その日は一度も獅子王の声を聞くことすら叶わなかった。
 次の日も俺は懲りずに爺さん宅を訪れた。俺が爺さんの家に行くのはいつものことだし、獅子王のことがあるからといって遠慮する謂れはない。それに爺さんは獅子王と仲良くしてやってくれと言った。それなら間を空けない方がいいだろう。
 居間の襖を開けると、それまで爺さんと机に向かっていた獅子王が逸早く顔を上げた。俺の姿を見るや否や飛び上がって、俊敏な動きでどこかへと走り去ってしまった獅子王に呆気にとられる。
 はて、俺はそこまで嫌われるようなことをしただろうか?
 昨日一日、ほとんど接することもなかったってのにそれはないだろう。まるでお化けでも見たかのような反応をされるのは、さすがに心外だ。
「すまんな」
「なに、構わんさ」
 知らず眉を寄せていた俺は、苦笑しながら言った爺さんに向き直り、眉間の皺を解いて唇に笑みをのせた。
 いつまでも突っ立っているのもなんだと室内に数歩踏み入って、机を挟んで爺さんの向かいに腰を下ろす。
 机の上には数枚の未使用のカラフルな折り紙と、完成された紙風船が数個転がっていた。その一つを摘み上げて手の内で弄びながら、俺は獅子王がいないのをいいことに爺さんに気になっていたことを尋ねた。
「事故か?」
 たった一言。端的に核心を突くそれに、爺さんは静かに目を伏せた。
「さすが、聡い子だのう。その通りじゃ。あれの両親は数日前に事故で他界した。あの年で両親をまとめて亡くすとは、幼子にはそりゃあショックだったろうよ。明るくていつも笑顔だったあの子が、すっかり塞ぎ込んでしもうてな」
 どこか遠くをみるようにしながら、そう言う爺さんの声も憂いに満ちていた。獅子王の両親は爺さんにとって娘と娘婿。その心の内は獅子王とそう変わらんだろう。
「悪かった。爺さんも辛いのに」
「なぁに、子供が気なんか使うんじゃない。これからあの子と接していく上で避けてはおれんことだでな。儂は、またあの子の笑った顔がみたい…じゃから、よろしく頼む」
「…任せとけ」
 爺さんがしてやればいい、とはさすがに言えたもんじゃない。今はこうして自分の悲しむ姿を、心に傷を負った愛しい孫にみせないようにするのがやっとなんだろうから。
 子供のことは子供に任せるのが一番だと何某かでも言っていたし、爺さんにこうして頭を下げられてしまえば断るわけにはいかない。それになにより、あの子供の笑った顔を俺もみてみたいと思った。露骨に自分を避けまくる子供を懐かせるのも面白そうだ、という性根の悪い思いがあったのも本当だが。
 俺は決意を新たにして、手慰みにしていた形の歪な紙風船をそっと机に戻し、その日はそのまま爺さん宅を後にした。

 俺と獅子王の攻防戦は、存外すぐに終止符を迎えることになった。
 矢庭に逃げようとするすばしっこい子供を時には罠を使って捕獲し、返る言葉がないとわかった上で根気強く話しかける。何度も逃げられ無視されながらも、それを苦とは思わずむしろ楽しいと感じる自分は、我ながらいい性格をしていると思う。そんな俺に対し、獅子王はもとより素直な性格をしているんだろう。獅子王を構っていると、子供を誑かす大人の気持ちがわからないでもなかった。
 今となっては自ら近寄ってきてくれる獅子王に、野良猫を手懐けたような充足感を覚える。姿を見ただけでフーフーと威嚇してきていた猫が自分の膝の上でごろごろと喉を鳴らす。それほどの変わりようだ。
 爺さんが言っていたように、元来の獅子王はよく笑う人懐こい子供だった。花が咲いたような、とはよく言うもんだが、獅子王が初めて俺にみせてくれた笑顔は、夏空を照らす向日葵のようだった。
 明るさの戻った獅子王に爺さんもたいそう喜んでくれて、俺はまさに鼻高々だった。
 そもそもなぜ獅子王があそこまで俺を避けていたのかといえば。薄暗い室内に居座る俺をみた時、幽霊かと思ったんだそうだ。爺さんの紹介で俺が人間とわかっても、誰かに言わせれば消えてしまいそうに儚く見える外見のせいで、死に怯える獅子王は俺を遠巻きにしていたらしい。だから俺は俺のやり方で、この溢れんばかりの生命力を証明してやった。俺はそう簡単に死にはしないと、目でみて安心できるように。
 あまりに突飛な俺の行動に驚いた獅子王がみせてくれたのが、その久方ぶりの笑みだったってわけだ。やはり人生には驚きが必要だな、というのが俺の思想に根付いたのもきっとそれが原因だ。
 ちょろちょろと俺を避けてまわる獅子王は逆に構い倒してやりたくなるほどに可愛かったが、俺のあとをついて回る獅子王も撫で繰りまわしたくなるほどに可愛く、俺はもう自分より幾つも年下の子供に首っ丈だった。
 春には庭で桜を見ながらお茶を飲み、夏には庭にビニールプールを広げて水遊びに耽り、秋には庭を彩る落ち葉を集めて芋を焼き、冬には居間のこたつで自堕落に過ごした。そうして四季は幾度と移ろい、月日は流れていった。
 比率でいえば他の誰より獅子王と過ごす時間が圧倒的に多かった。だからといって他を蔑ろにしているわけじゃない。獅子王は持ち前の愛嬌でもって学年が変わる度に新しい友人を作っていたし、俺は相変わらずのらりくらりと適度な距離を保ちつつ良好な友人関係を築いていた。ただ、幾人友人が寄せては離れても、互いにとって相手が何者にも代え難い位置にいたのは間違いない。
 最初こそ俺の仕掛ける驚きに新鮮な反応を返した獅子王も、俺の扱い方を心得た今ではスルースキルなんてものを発動してみせる。それでも獅子王が可愛いことに変わりはないが。「いい加減こんな子供騙しは通用しないぜ」「ならもっと精進しよう」なんてやりとりももはや日課と化していた。
 特別は特別でも弟のように可愛がっていたはずの己の感情に違和感を覚えたのは、俺が高校三年生の時。そしてその正体に気付いたのは、高校の卒業式を間近に控えたある日のことだった。
 それは唐突に自身の奥底から湧いて出て、すとんと心に落ちた。
 俺は、獅子王のことを恋愛感情で愛しいと思っているんだと。
 出会って七年目にしてそんなことに気が付いたのと、小学生相手に何を考えているんだと呆れたのはほぼ同時だった。
 その瞬間、本当の意味で俺の世界は変わってしまった――…。



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