アンタが俺を忍の中の忍だと言ってくれるのが、本当に嬉しかった
まぁ、ちょっと働かせ過ぎなとこもあるし、給料だって少なすぎるとは思うけど…それでも旦那に褒めてもらうために頑張る俺って健気だと思わない?
無償でここまでやるなんて、俺くらいでしょ?
これも全て旦那への愛故に…なんてね




「…け、…さ、すけっ」
「だ…な?」

ったく、そんなに泣いて…
一人前の男が人前…しかも忍の前で号泣ってどうなのよ、それ

「はは…は、へ…な顔…っ」

だからそんなに顔を歪めるなって
可愛い顔が台無しだぜ?
言葉にしようとするのに、喉に絡まった何かが邪魔をして声が上手く出せなくてもどかしい

せめて泣かないでくれと伝えるために、頭を撫でようと手を伸ばす
けれど、その手は旦那に届くことはなくぱたりと落ちる…いや、落ちそうになったその手を旦那が掴みとり、ひどく強い力で握り締めた

一瞬走った痛みに、無意識に目を閉じていた

「佐助っ」

ぽつり、と薄く開いていた口にしょっぱい水が落ちてきて、そういえば自分はひどく喉が渇いていたのだと気付く
ゆっくり瞼をもち上げれば、さっきよりも近くに旦那の顔があった

ほんと、不細工だよ
何でそんなに泣いてるの?

「よかっ…うぅ」

目を開けた俺に安堵したように、握りっぱなしだった手に力を込められる

だから痛いって…
抗議しようと視線を向けた先
そこにあった自分の手は赤く赤く染まっていて、それを握る旦那の手まで染めて伝い落ちる

あぁ、そういうことか―――…

道理でさっきから身体中が痛みを訴えているわけだ
旦那がこんなにも泣いているのは、自分のせいだったんだ
成る程、少し記憶が混乱していたらしい

改めて状況を確認するように視線を巡らせる
辺りは真っ赤に染まり、血の臭いが充満していた

状況を解したところで、一つ、疑問が浮かぶ

『これが、俺がみる旦那の最期の顔?』

だとしたら、最期が泣き顔っていうのは嫌だな

「だん、な」
「何だ?」

旦那が勢い込んで覗き込んでくる
俺は、たぶん酷い様であろう顔で精一杯の笑顔をつくる

「こんな時に何をっ」

声を出すのは辛かったけれど、顔は歪めまいと懸命に笑ったまま言った

「わら…って」

旦那が目を見開いて驚きを露わにする
あぁ、なんて間抜け面だろう

「出来ぬ、某には…」

おまけに、余計涙を溢れさせてしまう
そんな顔をしてほしいわけではないのに、上手くいかない

「だ…な、わらっ…く…たら、お…れさ…げ…きに、なっ…」

もはや途切れ途切れにしか声にならず、言葉というよりは単語でさえない
ちゃんと伝わっただろうかと心配になったが、どうやらそれは不要だったらしい

「本当だな?」

そう真剣な顔で問われて、身体の動かない俺は目で頷いた

旦那が腕で勢いよく涙を拭う
力を入れすぎたせいか、擦れて目の周りが赤くなっている
――それだけじゃないっていうのは、わかってるけど

そして、みせてくれた笑顔は無理をしているのがバレバレな、お世辞にも綺麗とはいえないものだったけど、俺にはきらきらしてみえた

それがみられて安心したのか、瞼がだんだんと重くなってくる
目が霞んで、旦那の顔がよくみえない
それでも、その頬に再び涙が伝っているのはわかった

駄目だなー、もう…

俺には、もうその涙を拭ってあげることもできないのに
その涙を乾かす方法すらわからない
ただ泣かないでと、祈ることしかできないけれど

せめて、伝えたいことがあるんだ

「あり、が…と、ごめ……、ま、た…ね」

ありがとう
俺は、旦那の傍にいられて幸せでした

旦那より先に逝ってごめん
最期まで守れなくてごめん
泣かせてしまってごめん
もし許されるなら…また、巡り会えるよう願ってもいい?
俺はずっと、いつまでも待っているから

どうか伝わってますように…

「ゲホッゴホッ…ゴフッ」
「佐助っ!」

口一杯に鉄の味が広がる
旦那の涙の味が、生々しい赤に上塗りされる
咳が止まらなくなって、その度に口から飛び散る鮮血が、既に赤く染め上げられた服に吸い込まれていく

傍で旦那が何度も俺の名を呼んでいた
何度も、何度も、うるさいくらいに

けれどそれもだんだん小さくなって、やがて聞こえなくなった

また泣いているのだろうと俺が笑うと、微かに旦那から伝わってくる気配が動いた

『旦那が笑ってくれたら、俺様元気になるかも』
みえない瞳にも、生真面目なこの人がまた無理に笑顔をつくってくれているのだとわかった

耳の奥に、俺を呼ぶ旦那の声が木霊する
今みたいに泣き声じゃなくて、いつもの間延びした声が

普段の凛とした声も、怒っている声も、甘えた声も、全部全部大好きだった
愛しい旦那の声が、俺の心に満ちてゆく

「またな、佐助」

身体がふわりと軽くなった気がした
痛みももう感じない

あぁ、旦那
もしも生まれ変われたなら、戦のない平和な世界で…なんて、柄じゃないけど本気でそう願うよ―――…



(アナタは俺の全てでした)



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当初の予定から激しくずれてしまったことにビックリです。




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