「佐助!」
「俺様は悪くないね」
「お館様の御前でそのような…」

部屋の中には大将と旦那と俺の三人だけ。

「止さぬか、幸村」
「しかし、お館様っ」
「良いと言っておるのだ」

詫び入れない俺を叱る旦那。それを嗜める大将。

「お館様が、そう申されるなら」

何それ。あんたはいつだってそうだ。

「……俺様、旦那なんて大嫌いだ」
「え…?」
「旦那なんてもう知らないから」
「おい、佐助!」

いつもなら必ず振り返るその声に、今日はそうしなかった。それが、俺のせめてもの反抗。
慌てた声が飛び出したばかりの部屋から聞こえてきても、止まってやる気はなかった。

わかってるんだ。

これが嫉妬だってことも。俺が旦那をそういう意味で愛しいと想っていることも。旦那の大将への気持ちがそういうのじゃないことも、全部。

わかってても、嫌なんだ。

それにしても、いくら頭にきたからとはいえ何故「大嫌い」なんて言ってしまったのか。
子供じゃあるまいし。落ち込むとともに、今更ながらに胸が痛む。

「旦那、好きだよ」

逃げ出したといってもどこかに姿を消すわけにもいかず、一人縁側で小さくなって行き場をなくした感情を呟きとして吐き出しただけのつもりだった。

「佐助…今のは」

まさか、旦那に聞かれるだなんて、思ってもいなかった。

…まずいよなー。

振り仰いだ旦那の顔は、予想通り明らかな困惑を示していた。

「旦那、今のは…」

友好的な意味で、なんてのはいくら鈍いこの人といえど稚拙な言い訳で。
いっそもう正直に全てぶち撒けてやろうか、なんて馬鹿馬鹿しい考えも頭を過ったけど、勿論そんなものは一瞬で掻き消える。

「誠か?」
「……」
「某を好きというのは、誠なのか?」

そんなことを聞いて、いったいどうするというのか。
その通りだ、なんて言ったらどうするつもりなのか。

幸いと、そんな勇気は俺にはないけれど。

「なーに言ってんの。何かの聞き間違いじゃない?俺様そんなこと言ってないよ」
「聞き、間違い…?」
「そ。だからそんな顔しなさんなって」
「……」
「ちょ、旦那!?」

何の前触れもなくいきなりその瞳から涙を溢れさせた旦那に、今度は俺の方が動揺する。

「どうしたのさ!?」
「わからぬ」
「わからない?わからないのに泣いてんの?」
「俺は泣いてなどない!!」

そう言うと、旦那は証拠を隠しでもするように両腕で顔を覆ってしまう。

「旦那ー」

気付いてる?今、自分のこと「俺」って言ったこと。

「五月蠅い」
「旦那」

それは安堵からの涙?それとも落胆からの?

俺、少しは期待してもいいの?
今、やっぱり聞き間違いじゃないよって言ったら、何て言ってくれる?

「とりあえず、旦那を大嫌いっていうのは嘘だからさ」

あんなの、大嘘だ。

ねぇ、旦那…好きだよ。否、愛してる。

だから、そんな風に泣いてくれるなよ。


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初佐幸…
幸村は無自覚さんで意地っ張り




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