いつも、佐助は笑顔だった。
それが偽りの笑顔だと、他のものにはわからないだろう。
それ程までにこの感情を伴わぬ笑みが染み付いてしまっているのだと思うと、なんだか無性に悲しくなった。
出会った当初から、それは変わらなかった。
だから、すっかり騙されてしまっていたのだ。
違和感を覚え始めたのは、幼名を捨てて広く物事がみえるようになった頃だった。
気になることがあるとそのことばかり考えてしまう性分な上、まどろっこしいことの苦手な幸村は、ある夜、思い切って直接本人に尋ねてみた。
「何故、佐助はいつも笑っておるのだ?」
すると佐助は、突然何を言い出すのかと訝しむ素振りをみせ、次いで考える間もなく問いに対する答えを口にした。
「楽しいからですよ」
勿論、偽りの笑顔で。
だから、更に言ったのだ。
「それは嘘だろう」
予想だにしていなかっただろう切り返しを受け、佐助は目を丸くした。
そして、一変して人を嘲るように言った。
「何だ…私はてっきり、幸村様は信玄様のこと以外疎いのかと思ってました」
あぁ、これは本物だ。
目上の人間にいけしゃあしゃあとそんなことを言ってのけた佐助に対して、幸村の中に馬鹿にされたことへの怒りなどなかった。
それ以上の衝撃が、目の前にあったのだから。
「何故楽しくもないのに笑うのだ?」
「…そんなの、敵を油断させるために決まってます」
馬鹿馬鹿しいことを聞かないでくださいとばかりに、佐助は肩を竦めてみせる。
その言葉に、改めてこの男が忍だったのだと思い知らされる。
忍は闇に生きるもの。
そうして生きてきた佐助の中にも、きっと闇が蔓延ってしまっているのだと。
敵でない幸村にまでそうする、自分以外の全ては同じものだと思っているような。
「佐助…」
「でも、幸村様が気付くなんて驚きました。まさか、いつものその無邪気そうな笑顔も計算だったりするんじゃ…」
「佐助!」
「…すいません幸村様、とんだご無礼を…」
「そうではない!!」
失言を一喝されたと思い上辺だけの詫びを述べた佐助の言葉を、幸村は力強く否定する。
「何なんですか、いったい」
今日の幸村の言動が心底理解し難いものばかりだと、佐助は苛立ちも露わに吐き捨てた。
「佐助は、心の底から笑ったことがあるか?」
「!!」
佐助の瞳はこれ以上ないほど見開かれたが、次の瞬間には細められ、口は下弦を模った。
「何を言うかと思えば…私は忍ですよ?そんなのあるわけがない」
忍は常に冷静であらねばならないがために、いつも感情を殺している。その内に、何も感じなくなってくるのだと…昔誰かに聞いたことを思いだし、幸村はなんともいえない感情に苛まれた。
あぁ、なんて……。
幸村は愕然としていた。
忍だからと心から笑うこともなく生きてきた佐助を知って。
「佐助」
「はい?」
静かな声で呼ばれ、一応は返事をする。
けれど、いくら待っても次の言葉を発しない相手を不審に思った佐助は、今度は何だと思いながら幸村に近寄った。
「幸村様?」
そっと窺うように、俯いていたその顔を覗き込む。
「っ…泣いてるんですか!?」
佐助の気配を身近に感じてか、顔を上げた幸村の頬には月明かりに照らされ輝く滴が伝っていた。
「…佐助が泣かぬから代わりに泣いておるのだ!!」
佐助は瞠目して目の前の男を見つめる。
幸村のような立場の人間が、一忍のために涙を流すなどどうかしている、と。
佐助には幸村が何を言っているのか理解出来なかった。何故、自分が泣く必要があるのかも。
「佐助、某は佐助に心から笑って欲しいっ」
佐助の中で、何かが外れる音がした。
頭は一向に混乱しているが、その中である感情だけが沸々と湧き上がってくる。
「笑う?心から?それってどうやるんです?そうしたら何か意味があるんですか?」
どす黒い感情が、体の奥から溢れ出す。
佐助の本心からの言葉に、幸村は更に涙で濡れた顔を歪めた。
「笑みというのは、幸せを感じた時に自然と浮かぶもの。己も幸せになり人を幸せにすることもできるのだ…」
そこで、ふと気が付いた。
笑うことを知らない。
それは、幸せを知らないということではないか?
「へぇ。じゃあ、私には無理ですね」
軽々しく言い放った佐助の顔を殴ってやろうと視線を向けた先。目にしたその顔があまりに辛そうで、今にも泣きそうなのをみて動けなくなってしまった。
本人はきっと、自分が今どんな顔をしているかなどわかっていないのだろう。
こんなにも雄弁な笑みなのに、それが悲しみで出来ているのかと思うと堪らなくなった。
「無理などではない!某は必ず、必ず佐助を笑顔にしてみせるぞ!!」
「幸村様は真っ直ぐですね。そういうの…凄く苛々します」
再び作り笑顔に戻ってしまった佐助が毒を吐く。
険を孕んだ声音で、例え幸村が誰であろうと関係ないとばかりに。
「佐助が何と言おうと、某は決して諦めぬからな」
佐助の中の闇がそんなことを言わせているのなら、自分がその闇を少しでも祓いたいと、そう思った。
そうしようと、心に誓った。
「……そうですか。期待してますよ」
それは、全く期待などしていないといった口ぶりだった。
嘘の笑顔で思っているのとは逆の言葉を口にする。
偽りだらけの哀しき忍。
それだけを言い残し、佐助は月の明かりも届かぬ闇の中へと姿を消してしまった。
残された幸村は、期待することもしない…否、出来ない佐助とは裏腹にやる気の炎を燃やしていた。
――それから数年。
「旦那ー、お茶入れたから休憩にしない?」
庭で鍛錬に励む幸村に、盆を片手に佐助が声をかける。
盆の上には二つの湯呑みと、皿いっぱいの団子がのせられている。
「そうだな」
汗を拭きながら近寄ってきた幸村は、目敏く団子を発見するや否や歓喜の声を上げる。
「ぬぉぁぁ!!今日の甘味は団子か!」
「そうだよ。今大人気な甘味処で苦労して手に入れたんだから」
「忝い!!」
「旦那の励みになるなら何よりだよ」
「ありがたく頂戴致すっ」
佐助は、隣で美味しそうに団子を頬張り始めた幸村をみて優しく微笑んだ。
それを見とめた幸村がふと問うた。
「佐助は、今、幸せか?」
唐突なそれに、佐助は一瞬考えたあと、空を見上げながら答えた。
「さぁ、どうかな」
言葉とは裏腹にとても幸せそうな笑顔で。
勿論、それはとっくに偽物のそれではなくなっていた。
そんな佐助を見ながら、嘘吐きなところは変わらぬな…と幸村はまた団子を口に運ぶ。
そーだね。旦那といられる分には、十分すぎるほど幸せだよ。
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性格が歪んでて荒んでる佐助…書いてて楽しかったです
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