休日で、そりゃもう人の多い市場を、俺はイヴァンと歩いていた。

いつもの調子でどかどかと大股で歩くイヴァンについて行くのがやっとって感じだ。しかも俺ら、身長が平均的だからな…。

俺がいくら、もっとゆっくり歩け、と言っても聞きやしない。

そうこうしている内に、俺は大柄の男にぶつかってしまい、慌てて頭を下げる。
男は構わないというように片手を上げただけでそのまま波に消えていった。

温厚な人で良かったと胸を撫で下ろし再び前方に視線を向けるが、そこに目当ての背中はなく…。

しまった、とイヴァンを見失っちまったコトに気が付いた。

どうしようか。下手に動くとかえって悪いよな。

キョロキョロ辺りを見回していると、急に後ろから強い力で腕を引かれる。
焦って振り返れば、そこには明らかに憤慨した様子のイヴァンが立っていた。

「あ……」
「テンメェ…このボケ!!何、はぐれてやがンだ、ファック!!」

配慮を知らぬそれに、人目を気にした俺は辺りを見回すが、こんなに煩い怒声もこの賑わいの中ではたいして目立たないらしく、すぐ近くを通っていた数人が俺達をちらちらと横目に窺っただけだった。

「ワリィ」
「ったく、面倒かけさせんじゃねぇよ」

そう言うんならやっぱり俺の意見を聞くべきだ、と思ったが、その時、頭にもっと面白い考えが浮かんだ。
俺はよからぬ笑みが溢れそうになるのをなんとか我慢して、甘えるようにイヴァンの顔前に右手を差し出す。

「…何だよ」

イヴァンは本当にわかっていないのか、はたまた演技なのか、怪訝そうに俺を見る。

「手、繋ごうぜ」
「……はあぁぁぁっ!?」

一拍置いて、イヴァンの絶叫ともとれる叫びが響いた。
どうやら本当にわかってなかったらしい。

「ふざけんじゃねえぇ!!」
「べっつにー、ふざけてねぇし」

未だ差し出したままの手を、イヴァンが忌々し気に睨み付ける。

「けどよー、またはぐれて、その間に俺に何かあったら…お前の責任だぜ?」

これはちょっと卑怯だったか。イヴァンがぐうの音も出せず…いや、そんなコトも無かったらしい。

「はぐれるテメェが悪ィんだよ」

やれやれ…こいつときたらホント……

「…ぅえ!?」

どうしたものかと思案していると、いきなり手を掴まれた。

「イヴァン?」
「チッ…面倒なヤツだぜ」

そう言ってそっぽを向いたイヴァンの顔は、やはりというかなんというか、赤く染まっていた。

「くっふふ、いやー、すまんね」
「……ファック」

手のひらから伝わる温度が心地よくて、堪えきれぬ笑いが溢れる。
悪態を吐くイヴァンに、全く本当に素直じゃないな、と募ったのは愛しさで。


しかしこの後、人前で手を繋ぐなんて…と、また変なスイッチを入れてしまったイヴァンに路地裏に連れ込まれるコトになろうとは…。

ホント、こいつの導火線って謎!!



(手を繋ぎ合える距離感でいられたら)






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