気が付くと、自分以外の何ものも存在せず光の一つさえ差さない、ただただ真っ黒なだけの空間にぽつり佇んでいた。果てがないのではと思う程の――暗闇。

「ジャン、さん…?」

試しに声を出してみるが、すぐに闇に吸い込まれ消えてしまった。当たり前だが返事はない。

以前は闇が怖いなんて思った事はなかった。寧ろ、己の醜さを覆い隠してくれる闇に安堵していたくらいなのに、今は…不安に胸が押し潰されそうで、寒くも暑くもないのに嫌な汗がじわりと滲む。

「ジャン…さんっ」

俺は堪らずにその場を駆け出した。けれど、何せ暗く何もないため自分がどれくらい走ったか、どこに向かって走っているのかなどわかりようがない。ちゃんと進んでいるのかすらわからない。それでも、とにかく走った。大切な彼の名を何度も呼びながら、叫びながら……返事は一向になかった。
息が荒くなり肩で呼吸するようになってもまだ、何も見えてこない。ここはどこなのだろうか。俺はいったいどうしてしまったのだろう。

――…確かに闇は俺を包んでくれたのに、


…あぁ、そうだ。俺には光が、ジャンさんという太陽が俺を照らしてくれて、前の俺には想像もできなかった程に眩しく、暖かい光で俺を包んでくれるから。
そう考えると急にこの暗闇が寒いように思えてきて、自分で自分を抱き締めるように腕を回し力を込めた。いつも抱き締めてくれる腕が今はないから。けれど、足りない。足りるわけがない…。
俺は再び焦燥を抱えて走り出した。嗚呼、何故こんなにも――…

「ジャン――…!!」

足が縺れて膝をつきそうになった時だった。パァッと暗闇に光が差して、俺の体を包んだ。暖かい…俺はそのホッとする暖かさに身を任せて目を閉じた。


ゆっくりと目を開けると見慣れた天井が視界に映る。
――…夢、か…。

「お、ジュリオ。起きたのか」
「…ジャン、さん?」

声のした方を横目にみて、信じられないと見開いた視界には、ベッドの縁に腰掛けて俺を見つめるジャンさんの姿があった。

「何そんなに驚いてんだヨ。…うなされてたみたいだけど、大丈夫か?」
「あ…」

あまりの驚きに固まってしまっていたらしい。でも、どうして彼がここに居るのだろう…と疑問に思っていると、余程不思議そうな顔をしていたのだろう、予定より早く仕事が終わったのだとジャンさんが教えてくれた。

「けど、起こしたら悪いと思ってそーっと帰ってきたってのに、お前がうなされててビビったぜ」
「すみま、せん」
「ん?何でお前が謝んだヨ」

コツンと人差し指でおでこを突かれる。

今日はジャンが仕事で帰れないかもしれないから先に戻って休んでろと言われたのだ。その言葉の通り久しぶりに一人潜り込んだベッドはいつもより広く感じられて、眠りにつこうとしてもなかなか寝付けず、その上あんな夢まで見てしまった。…俺はいつからこんなに弱くなってしまったのだろう。彼が居ないと不安で仕方ないなんて…まるで子供みたいに、何度も何度も彼の名前を呼んで…そしたらジャンは本当に来てくれた。あの俺を導いてくれた光は……。

「ありがとう、ございます…」
「?…謝ったり礼言ったり、まだ寝ぼけてんのけ?」

うりゃっともう一発おでこに衝撃をくらった。俺がそこをさすりながらふふっと笑うと、彼は一瞬驚いた顔をしたがすぐにその顔に笑みを浮かべ優しく俺の頭を撫でてくれた。そして欠伸をする彼を見て、辺りがまだ暗くジャンは帰ってきたばかりなことを思い出す。

「ジャン…、眠いなら…寝た方が」
「んー、そだナ」

そう言って彼はパパッと着ていたスーツを適当に床に脱ぎ捨て俺の隣に潜り込む。

「じゃ、オヤスミ」
「はい…おやすみ、なさい」

数分も経たない内に、彼から健やかな寝息が聞こえてきて、俺も再び目を閉じる。次は彼の夢を見られるかもしれない。あんな夢は、きっともう見ない。隣にジャンが居るなら…大丈夫だ。

――…Ti amo.



(貴方は優しく微笑んで)




‐‐‐‐‐‐‐‐‐
ジャンさんとジャンが混じってるのは、寝ぼけてる時とか焦ってる時とかに無意識にさん付けしてそうだと思ったからです



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