あぁ、本当に厄介なことだ…。

ある日突然、それまで見えなかったもの、見えるはずのないものが見えるようになってしまうということは、この世の中において本当に稀にあるらしい。
それらは総じて見えずして見えないものであって、敢えて目にするべきものではないはずだ。
幽霊然り、赤い糸然り。この世には見えずしていいものが多分にある。
そしてそのどれもが、見えたからといってなにも得をするわけではないのだ――…。

黒子がある日突然見えるようになってしまったもの――それは、自分に対する好感度ゲージであった。
黒子自身やったことはないが、知識としてはある「恋愛シュミレーションゲーム」などで得てして存在する恋愛的意味での好感度ゲージ。そんなものが、嫌でも視界の端にチラつく。
しかもその相手は何故か男ばかりで、身近などれもが異様なほど高い数値を叩き出しているのはどういうわけだ。
己に好意を寄せるそれらのパラメータを目にした時の黒子の気持ちなど、誰にわかろう筈もない。

目の前でジャンクフードを頬張る現相棒である火神を、お馴染みのバニラシェイクを啜りながらチラリと窺う。
彼の好感度パラメータは、凡そ80%といったところ。
黒子の視線に気付いた火神は、何かに思い至ったように自分の前に積まれたバーガーの山から一つを手にとり、黒子に向かって差し出した。
「ほれ」と目の前に突き付けられたそれに、いきなりどうしたのかと首を傾げる。

「欲しくて見てたんじゃないのか?」
「いいえ」
「…ま、たまにはシェイク以外も腹に入れねーと、大きくなれねーぞ」
「大きなお世話です」

いいから食えよ、と有無を言わさず手元に置かれたそれに一度視線を落とし、そのまま滑るように火神の斜め上を見やる。
今の行為により、パラメータが僅かに上昇したのだ。
しかし、それは好感度パラメータではない。

(オカンゲージって何ですか…)

ピンク色で表示される好感度ゲージの下に存在する赤色のゲージ。
そこに書かれた文字を胡乱気に見ながら、一応数値を確認する。
それは普段は好感度ゲージに隠れて見えないのだが、こうしてそれらしい行動をとると一時的に表示される仕組みになっているらしい。
常人には見えないそれを目にする黒子の姿は、周りからすればただ宙を見つめている変な奴にしか映らないだろう。
スーッと消えていくそれから火神に視線を戻しながら、それにしてもオカンゲージって…と、高校生、ましてや目の前の男の外見には到底似つかわしくないそれに息を吐くと、

「くぅぅろこぉーっち!」

突然、視界が暗転した。
ぎゅうぎゅうと自分を締め付ける腕の感触に、いつものあれか、と考えるまでもなく見当が付いて、もはや慣れた動作で隙間を縫いすかさず相手に一撃を決めてやる。
呻き声を伴い色を取り戻した視界には、学習能力の欠片もない男が腹を押さえ蹲る姿が映る。

「相変わらず騒々しいな、お前は」
「しょうがないじゃないっスか!目の前に愛しの黒子っちがいてテンション上がらないわけないっス!」
「はいはい。わかりましたから少し黙って下さい、黄瀬くん」

呆れる火神に何を当たり前なことをと言い放った黄瀬の言葉を受け流し、冷ややかに対応する。それを気に留めることもなく元気よく返事した黄瀬は、いそいそと黒子の隣に腰を下ろした。
もう突っ込む気にもなれないが、毎度ながらに黒子の現在地を特定して突撃してくる黄瀬は、黒子の顔をみるという目的を達成し、にこにこと笑みを浮かべながらもその言に従い口は開かない。
そんな黄瀬の好感度パラメーターがゲージを軽く振り切っているのは誰の目にも明らかであるが、今現在その下に表示されている黄色の帯、ワンコパラメータも、ゲージ満タンを記録している。
まぁ、それもこのゲージが見えるようになる以前からわかりきっていたことである。

「何か注文してきたらどうですか?」

恐らく黒子の姿を発見するやいなや真っ先にこちらに飛んできたのだろうと促せば、素直に頷いた黄瀬が席を立ちカウンターに向かう。
ふりふりと振られる尻尾の幻影が見えるような後ろ姿を見送りながら、「鮮やかなもんだな」と火神が呆れているのか感心しているのかわからない調子で言った。
いい加減、無言で笑顔を向けられるのに耐えかねていたのだ。黄瀬の扱いは手慣れたものだった。
ワンコパラメータは、その名の通り、従順度を示すものであるのだろう。
そこに学習能力も追加されてはくれないだろうかと半ば本気で思いながら、黒子は残り僅かとなったシェイクを啜った。

戻ってきた黄瀬のトレーの上には、バーガー、ポテト、ドリンクとセットメニューが並び、何故かもう一つドリンクの容器がのせられている。
席に着くや、そのドリンクの一つを黒子の前に進呈した黄瀬は、主人から褒められるのを待つ忠犬宜しく黙って笑みを浮かべていた。
そろそろ黒子の飲み物が空になるだろうことを見計らい、新たなものを買ってきたのだろう。
勿論、中身は黒子の大好きなバニラシェイク。
暫し手渡されたドリンクと黄瀬の間で視線を彷徨わせた結果、

「ありがとうございます、黄瀬くん」

感謝を述べて、待ち構える黄瀬の頭を撫でてやった。
黄瀬は、それはもう嬉しそうに、褒美を与えられた飼い犬の如く端正な顔を緩めた。
今飲んでいるものを飲み終えれば黒子は帰ってしまうかもしれないと、引き止めるための意味合いも含んでいるだろうことを理解しながら、それでも多少相手をしてやってもいいかと思わされるほど、黒子はバニラシェイクを愛しているのだから仕方ない。

これ以上は上がることのないワンコゲージが出現しているのを無視する手前で、またも火神の呆れかえった視線がこちらに向けられていた。
火神もいい加減この状況には慣れたはずだ。
けれど、その視線が僅かに自分達の後方に向けられていることに気付いた黒子は、追うようにしてそちらを振り返った。

そこには、商品ののったトレーを片手に立ち尽くす緑間の姿があった。
そんなところで何をしているのかといえば、恐らく今の黒子と黄瀬の一連のやりとりを目にして同じように呆れているのだろう。

「しーんちゃん、おまたー」

軽やかな足取りで近付いてきた高尾が、緑間の肩を叩く。
ハッと我に返った緑間より先に、「やっほー」と軽快に高尾がこちらに向かって手を上げた。

「奇遇だな、まさかこんなところで会うとは」
「はぁ…」
「なーに言ってんの。真ちゃんてば、俺が黒子を見つけたって言ったら勇んで店内に入ってったくせに」

にやにやと悪戯っ子のような顔で種明かしする高尾に、「黙るのだよ!」と高尾を睨み付ける緑間。
なにやらまた賑やかで厄介なものが増えてしまったようだ。
緑色のツンデレゲージ、オレンジ色のハイスペックゲージを尻目に、こっそりと溜め息を溢す。

「緑間っちが何でここにいるかなんてどうでもいいっスけど、見ての通り席は空いてないんで、他のとこ行ってよ」

それまで大人しくしていた黄瀬が、至福のなでなでタイムを邪魔されたからか、不機嫌そうにしながら言外にどこかへ行ってしまえと告げる。
自分達が座っている席は確かに四人掛けで、一席足りない。しかし、

「そっちの席空いてんじゃん」

隣の二人掛けの席に高尾がトレーを置く。
一見周りからは死角になっていて気付かれていなかったそこを目敏く発見した高尾に、黄瀬がアイドルらしからぬ表情でチッと舌打ちした。
たまたま席が空いていたからどうのと言い訳を述べながら、緑間もそこに腰を下ろす。

高身長のイケメンが身を寄せるその一角は、自然と人の視線を集めてしまっているが、本人達は至って気にしていない様子で、唯一その視線を浴びていない黒子にこぞって話しかけている。
周りの視線と嫌でも視界に入る好感度ゲージ。べらべらと自分への愛を語る黄瀬と、緑間の奇行を面白おかしく語る高尾に、時折ツッコミを入れながらもツンデレを発揮しつつ説教めいたことを語る緑間。
唯一の良心といえる火神は、やっと底のみえてきたバーガーを消費することに夢中で…というよりは、あまり関わり合いになるまいとしているかのようにそれを頬張り続けている。
時たまこちらに向けられる瞳には、色濃い憐れみの情が宿っている。
煩わしさや苛立ちを押し殺すように、黒子が危うく無我の境地に陥りかけていたその時。

「あれ、黄瀬…と透明少年?」
「あ…」

ふいに耳に届いた声に背後を振り返ると、こちらを見て目を丸くする笠松の姿があった。
言いながら、笠松は怪訝そうに周りを見回した。
この面子が一箇所に集い、こぞって黒子を囲んでいる光景など、異様以外のなにものでもないだろう。

「あれ、笠松先輩?どうしたんスか、こんなとこで?」
「いや、ちょっとこっちに用があってな」

お前こそどうしたんだ、などという愚問は口にはせず、小腹が空いたからついでに立ち寄ったのだという笠松は、視線を送る黒子をちらりと見た。
新たな良心に縋る思いで笠松を見つめる黒子に、心の内を察したのだろう笠松はどうしたものかと思案する素振りをみせた後、一つ息を吐いて仕方なさげに切り出した。

「あー…黒子、その、ちょっと話があるんだが、あっちの席にいかないか」
「わかりました」
「え、黒子っち…先輩、話って何スか、ここの席も空いてるっスよ?」

トレーを持っているのとは逆の手で頬を掻いて考えうる精一杯の助け舟を出したのだろう笠松に、明らかに不満そうにした黄瀬が、黒子が連れていかれるくらいならと火神の隣の席を指差した。
しかし、笠松が何か答えるよりも先に、席を立ちかけていた黒子が黄瀬の頭を撫でながら一言。

「ここでは話せないような大事な話なのでしょう。ちょっと行ってきますから、大人しくしていてください」
「うぅ…わかったっス」

先程中途半端に終わったなでなでタイムの再来に、黄瀬は嬉しさと寂しさから複雑そうな表情をしながらも渋々身を引いた。
「あ、もし邪魔したら一週間口をききませんから」と付け加えられれば、それを想像して涙目になりながらもぶんぶんと首を振るしかない黄瀬である。

次いで、僅かばかり申し訳なさそうに火神を見た後、ことの流れをおとなしく眺めていた――さすがに他校の先輩相手に無遠慮に横やりを入れられなかったのだろう――緑間と高尾にも軽く会釈をして、なにやら感心している様子の笠松と共に席を立つ。
そのあしらい様は、これは自分でどうにかできたんじゃないのかと笠松が思うのも仕方ないほどの鮮やかさだったというが、他校の先輩がいるという強みからそう出られただけであって、そうでなかったならきっと成立はしていなかっただろう。

黒子と笠松は、元いた場所から距離を置いたところに席を取って、一人客用の横並びの席に隣り合って座る。

「ありがとうございました、笠松先輩」
「いや、うちの後輩の問題でもあるからな」
「あぁ、確かにそれは…練習後に寄り道できなくなるくらいキツく指導していただけないものでしょうか」
「そいつは厳しいな。ちょっとやそっとで潰れるタマじゃねーし、その前に俺らが潰れちまう」

だから余計に厄介なのだと軽口を叩きながら、二人して苦笑を漏らす。
そして、ふいにチラついた、それまではあまり見ないようにしていた好感度ゲージに目がいってしまい、黒子は軽く目を瞠った。

「どうした?」
「あ、いえ、何でもありません」
「そうか」
「はい」

サッと何事もなかったかのようにそれから目を逸らし、黒子は持参してきたシェイクに口をつける。
笠松も特には気にしていないようで、自身のトレーに手を伸ばし、バーガーの袋を開いて中身を頬張った。

そうなれば必然的に会話がなくなり、日が落ち喧しさの増す店内でそこだけ静かな空気が流れる。
それが気詰まりするような不快なものではなくどこか心地良いものだから、相手はどうだろうかと気になって、黒子はちらりと横目に笠松を窺った。

「……」
「……」

たまたまタイミングが重なってしまったのか、ばちりと音がしそうなほどにしっかりと目が合う。
予想外のことに、一瞬時が止まったような錯覚に陥る。
そのまま逸らしてしまうのも不自然な気がしてどうしようかと考えるよりも先に、ボッと途端に顔を赤くした笠松につられるようにして、徐々に黒子の頬にも朱が差す。
傍目から見れば、男子高校生同士のこの反応はどれほど奇妙に映るだろうか。
幸いと、こんな賑やかな場所で自分達をみているものなどいないだろうが、とそんなことを頭の片隅で考えるも、それが現実逃避であることはわかりきっている。今はこの状況をどうするか考えるべきなのもわかっているのだ。
先程見てしまった笠松の好感度パラメータは、それほど接点がないにも関わらず火神と同じくらいで、まさかそこまで自分が笠松に好感をもたれているとは思っていなかった黒子は虚を突かれてしまった。
故障というありえない考えが過ぎるも、目の前の光景からはもうそれを安易に否定することは出来ない。
そもそも故障というならば、好感度ゲージなどというものが見えている自分こそが故障しているのだ。
これまでの付き合いである程度は手綱を握れるようになっているキセキや相棒などとは違い、今までにも稀になかったタイプの笠松には、逆にペースを狂わされてしまうこともしばしばで。

それが見えるのが自分だけでよかった。
黒子はこれが見えるようになってから初めてそんなことを思った。もし相手にもそれが見えてしまっていたなら、今自分が刻んでいる数値を確認されるのが恐ろしい。
言い換えればそれは相手側も同じなのだろうと考えて心苦しくもなるが、笠松の気持ちが知れて嬉しいと思ってしまうのも本当で。
危険思考にハマってしまっている自覚はあったが、どうしても考えることを止められない。
あの時、現れたのが笠松でなければ、助けを求めたりはしなかっただろう。
何故、今、そんなことに気付くのか。

「と…黒子?」
「はい」
「その、何か言いたいことがあるなら…」
「いえ…そういうわけでは…」

余程凝視し過ぎていたのだろう――相手も自分を見ているのだからお互い様ではあるが――居た堪れなくなったのか笠松が口を開いた。
言いたいことは色々とあったが、それを今この場で口にしてしまうのはさすがに憚られて、考えた末、黒子は一つだけの気持ちを伝えることにした。

「助けてくれたのが笠松先輩でよかったです」
「は…?くろ」
「そろそろ戻りますね。本当にありがとうございました。それでは、また」
「あ、あぁ、またな…」

目を丸くする笠松の視線から逃れるように、残り僅かだろう軽さのシェイクを片手に立ち上がる。
暫く背にその視線を感じながら元いた席を見やれば、ちょうど火神もバーガーを平らげ終えたようで、なかなかにいいタイミングだったようだ。
結局一人残してきてしまう形となった笠松に申し訳なく思いつつも、黒子はこちらに気付き笑顔で迎えてくれた皆の元へと戻った。


「黒子、お前…」
「はい?」
「いや、何でもねぇ」

席に戻った後、各方面から何を話していたのかと尋ねられ無視を決め込んでいた黒子に、火神が驚いたような顔をした。
もしかしたら、まだ仄かに熱の灯る想いに気付かれてしまったのかもしれないと、さりげなく顔を俯ける。
商品が全てなくなっていたということもあり、少し会話を交わしたのち、その日はそのまま解散になった。
せっかくだからと一人笠松の元に向かった黄瀬の背を見送りながら、きっとさっき何を話していたのかと聞き出すつもりなのだろうと思い至る。
たいして何も話していないので、笠松は困るかもしれないなと再び湧いた申し訳なさに、見ていないことをわかっていながらそちらに向けてぺこりとお辞儀をして、火神に促されるままに店を後にした。


その翌日、ある日突然見えるようになった好感度ゲージは、発生時同様、突然に消えてしまった。
いったいあれは何だったのだろうかという疑問は、見えなくなった今となってはどうでもいいような気もしていたのだが、そういえばあの時も前日に笠松に会ったような…と朧気ながら記憶が蘇る。
だからどうということもないのだが、何だか不思議だったのだ。
恐らく、それが消えてしまった理由は黒子の中にあるのだろうと思う。
だから、やはりもうこれ以上正解のないことを考えていても仕方がないのだ。
確かなことは一つ、黒子の中に新たに色付いて見えたのだから。

まずは一歩、黄瀬に笠松の連絡先を聞いて相手を驚かせてやろうかと考えていた黒子の元に、「黄瀬から聞いた」という一文から始まる笠松からのメールが届き、逆に驚かされることになるのは、もう少し先のお話。



(エンディングは何色…?)




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