空が青い。
見上げた先には、惜しみ無いまでに夏の日差しを振りかざす太陽と、雲一つない突き抜けるような真っ青な空。
続けて下げた視線の先にも、太陽の光を浴びて眩しいまでに輝きを放つ透明感たっぷりの青。
ざぶーんっ
勢いよく飛沫を上げて誰かが身を投げた。
チラリと視線を動かせば、太陽の光を受けてキラキラと輝く金髪が目につく。
ほどなくして、夏のこの日差しのせいではなく年中真っ黒な大きな塊も同じように盛大な飛沫を上げて青に沈んだ。
大きな体をした男二人、黄瀬と青峰はまるで少年に戻ったかのように水面に波を立てはしゃいでいる。
そこから少し離れた場所では、赤司が優雅に浮き輪の上からその光景を眺めていた。微笑ましいといった様子のその表情は、どこか保護者のそれを思わせる。
またその反対側では、この場には不相応であろう真剣に泳ぐ緑間の姿。
ちなみに先ほどまでクロールだった泳ぎは、今は平泳ぎに変わっている。
いつでも人事を尽くす緑間らしいといえばらしいが。
真剣なまでもその表情はどこか楽しそうに見えて、緑間なりに満喫している節が窺える。
結構な広範囲に及ぶ青を見渡しながら、プールサイドでお菓子を食べていた紫原は、ある人物を探して視線をさ迷わせていた。
普段から影の薄いその人物は、その気にならないと到底見つけられない。
特にこの青の中では。
ふと、視線を一点に止めた紫原の目に映ったのは、ただなすがままに水面にぷかぷかと浮かぶその人物の姿。
やっと見つけたその姿を見失わないように、ジーッとそちらを見つめる。
ゆらゆらと揺れては時折沈んで、まるで水と戯れているような黒子のいつもの無表情からは滲む楽しさが見てとれた。
透けるように白い肌が、青と混じりそうなベビーブルーの髪が、沈む。
もともと透明感のある黒子は、そのまま水に溶けてしまうのではないかという錯覚を呼び起こさせて、紫原はお菓子を食べていた手を止めてその姿を一心に見つめた。
バシャンッ
そうしてどれくらい経った頃か、やはり本当に溶けてしまうはずもなくそれまでなすがままだった黒子が、水に抵抗するようにそれを掻きわけプールから上がった。
そのまま、ぽたぽたと水を滴らせながら紫原の目の前までやってくる。
「どうしました?」
「んー?」
「さっきからこちらを見ているようだったので…見られるのは落ち着きません」
普段他人からの視線を受けることの滅多にない黒子はそれに敏感だ。
とは言え、例え相手が誰であっても気付くのではないかと思われる程にあからさまに見つめ過ぎていたのも事実だ。
「あぁ、何か黒ちんて、水に溶けちゃいそうだなーと思って」
「はい?」
「溶けちゃわないか見てた」
紫原が思っていたことを話せば、それを聞いた黒子が大きな目を丸くしてパチパチと瞬きを二回。そして次の瞬間、花が咲いたように笑った。
「溶けませんよ」
くすくすと可笑しそうに言う黒子の、その滅多に見せない表情に、紫原はまたも視線が逸らせない。
(黒ちんの笑った顔好きだなぁ)
「もし溶けちゃったら、その水全部飲んじゃおうと思ったんだ」
「…お腹壊しますよ」
突っ込むのはそこなのか、とは思いつつも、相変わらず笑う黒子のその表情をもうちょっと見ていたくて、口を噤んだ。
(黒ちんが溶けた水はきっと美味しいんだろうな、とか。誰にも、ほんの一滴でも渡したくはないな、とか)
紫原は本気でそう思った。
けれど、独占欲をたっぷり含んだその考えはやはり口にはしない。
じっと見上げる太陽の光を背に浴びる黒子の姿は、水面でなくともフッと一瞬で消えてしまいそうに透明感に溢れていた。
夏の強烈な日差しの中にあっても尚、儚い。いや、光が強いからこそ、か。
「黒ちん、もうちょっとこっち来て」
「何ですか?」
言う通り素直に自分に歩み寄る黒子の腕を掴んで、引き寄せる。
驚いているらしい黒子を余所に、腕の中にすっぽり収まってしまうその小さな体をギュッと抱き締めた。
「溶けちゃわないでね、黒ちん」
「…大丈夫ですよ」
やっぱりこうやって触れられる方がいいな、とその存在を確かめるように黒子を抱く腕に力を込める。
「苦しいです、紫原君」
「うん」
そうは言いつつも、抵抗する素振りを見せない黒子の肩口に顔を埋める。
まだ十分に水分を含みしっとりとした髪からはぽたりぽたりと水滴が滴る。
(美味しそう…)
ぺろり
その白い肌を伝う滴を舐めれば、流石の黒子もびくりと反応を示す。
「む、紫原君!?」
「やっぱ甘いね、黒ちんは」
「なっ…」
「敦ーちょっといいかな」
黒子が反論の言葉を口にしようとした気配はあったが、それは絶対者の声によって阻まれた。
「…消えないでね、黒ちん」
「え…」
相手に聞こえるか聞こえないかという小さな声で、ぼそりとそう言い残し、ゆっくり黒子から体を離した紫原は、声の主である赤司の元へ向かって歩き出す。
その背中を半ば呆然と見送っていた黒子は、日焼けのせいなどではなくほんのり赤くなった体を冷やすように、勢いよく青の世界にその身を投じた。
ざぶんっ
背後にその音を聞きながら、紫原は自分の手に未だ滴る黒子に触れた際についた滴をぺろりと舐めた。
(甘い…)
再確認した紫原は、楽しそうに笑んだ。
僕は君ごと愛を食らう
(俺が食べるまで、消えちゃやだよ)
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