自主練を終え、余程疲れていたのか体育館の床に大の字に寝転がった日向からは、いつの間にやら健やかな寝息が聞こえてきた。
広いその場所で精一杯存在を主張するかのように小さな体を投げ出した日向の元に、菅原はそっと歩み寄る。
本来ならば、きちんと起こした上で帰ってから布団でゆっくり寝ろと言うべきなのだろうが、無防備な寝顔をみているとどうにも名残惜しい気がしてしまう。
汗をかいた半袖半パン姿のままの日向に、菅原は気休め程度に自分の着ていたジャージをかけてやる。
そうやって改めて実感した日向の小ささに感動を覚える。だいたいにして最近の若者は少々大きすぎるのだ。なにも自分が小さいわけではない、と日向に聞かれでもすれば危うく嫌われてしまいそうなことを考える。
起こさないように静かに日向の隣に腰を下ろし、なんとも愛らしい寝顔に顔がだらしなく緩む。
いつもなら床を踏みしめる複数の音とボールの叩きつけられる音が響く熱気のこもった空間は、今は互いの呼吸くらいしか聞こえないほどに閑散としていて。
二人っきりでぽつんといると、少し寂しさを覚えてしまう。
勿論、日向と二人きりなことに不満なんてものは微塵もなく、寧ろ喜ぶべきことなのに。
人間の感情とは全く以て複雑なものだ。

ただ寝顔を見ているだけのつもりだったのだが、それにしても全く起きる気配のない日向に、ふいにイタズラ心が湧いた――というよりは、この状況で何もしない方が可笑しいだろうと開き直る。
人の気も知らないで気持ちよさそうに寝ている方が悪いのだ、となんとも勝手な言い分を並べ立てながら、寝息を溢す薄く開いた唇に己のそれを近付ける。
そもそも、日向には危機感がなさ過ぎるのだと常々思っていたため、寝込みを襲うことへの罪悪感なんてものはまるでなく、これで多少は自覚してくれるならそれでいいのではとさえ思った。

唇同士の距離が残り数センチまで縮んだその瞬間、目前の睫毛が微かに震えたかと思うと、それまで閉ざされていた瞳が予告なく開かれる。
どこかぼんやりとした杏色の瞳とかち合って、思わず体を引こうとすると、それより先に首に回った腕に逆にぐっと引き寄せられる。
次の瞬間、チュッと唇同士が触れた。
何が起こったのかと硬直していると、自分を捕らえていた腕からスッと力が抜けて、その体がすとんと床に沈む。
瞳は今一度閉ざされて、おまけに再び寝息を溢し始めた日向に、半ば放心していた菅原は目を丸くして瞬きを数回。

(なんだ、寝惚けてたのか…)

それもそうか、とどこか複雑な気持ちになる。
そして、まったく心臓に悪い、と自分のことは棚に上げて日向の髪に伸ばそうとしていた手が、ふいに止まる。

(あれ?そういえば、日向は相手が俺だってわかって…?)

(んーー…?)

もし寝惚けたままに誰ともわからずキスしたのであれば、それこそ問題だ。
事態は一気に穏やかなものではなくなってしまう。

(日向が誰にでもそうするとは考えたくないけど…)

幾分本人は寝惚けていたのだと思わず頭を抱えた菅原のシャツに、ふいに違和感が伝わる。
見れば、それまで仰向けに寝ていた日向が自分の方に寝返りを打ち、そこをギュっと握っていた。

「ひな…」
「ん…すが、らさ……」
「っ!!」

確かに自分の名を口にし、へらりと笑った日向はけれど起きたわけではないようで。
まるで心を読まれたかのようなそれも、夢現の行動でしかないのだが。
それでも、不意打ちで食らった攻撃のダメージは大き過ぎて、どうしようもなく熱くなってくる顔を手で覆う。

(あぁ、してやられてしまった…)

天使のように愛らしい容姿ながら、まるで小悪魔だ。
人々を無自覚に魅了してまわる愛し子の行く末に不安を覚えながら、菅原はもう少しだけこの二人きりの空気に浸っていたくてそっと目を閉じた。






***

支部に上げた縦長漫画を文にしてみただけです



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