※ゆるくマフィア設定。




世界に闇が降り積もり、いい子はベッドで楽しい夢を見る時間。
申し訳程度の灯りが無駄に広い室内を薄っすらと照らす。
いかにも高級そうな絨毯の上、膝をついているのは体のあちらこちらから赤を垂れ流し、幾つもの醜い傷跡を刻む薄汚れた男。
男は両腕をロープで拘束され、ガチガチと噛み合わない歯の隙間から時折悲鳴のようなものを漏らしながら、それでも真っ直ぐにただ前方を見据えていた。
その眼前には、いつ発射されるともわからない黒光りする銃口が、男の命を狙うように突き付けられている。
銃の持ち主、青峰は、闇夜に溶ける浅黒い肌の上から更に真っ黒なスーツを着込み、もとより鋭い目つきで男を見下ろしている。
いよいよ役目を果たさんと、ジャキンッと改めて構え直された無機質なそれに、男の体がぶるりと震え上がる。
「ま、待ってくれ!頼む!金でも何でも、お前達の好きなものをやるっ!だから、い、命だけは助けてくれ!!」
瞳を大きく見開き、なんとも今更な言葉を吐き出した男に、つまらないショーでも見たかのようにうんざりした表情を作った青峰は、気怠そうに背後を振り返る。
銃口は変わらず男に向けられたままだ。
「何でもくれるってよ。何が欲しい?」
つられるようにそちらを見た男は、怯えていた表情を驚愕の色に塗り替え目を瞠る。
闇に浮かび上がる白い肌、淡い空色の髪を揺らして小首を傾げ、大きな真ん丸の瞳を男に向けているのは、明らかにこの場にはそぐわぬ小さな子供だった。
年齢は恐らく十にも満たないくらいだろう。
「…世界」
薄暗がりの中、ぽつりと溢された幼い声。
唯でさえ思考力の鈍っている男がそれが何の答えであるのか気付くより先に、愉快気に口元を歪めた青峰が声を上げて笑う。
「いいねぇ、それ。流石だぜ。ってことでおっさん」
一旦言葉を切った青峰の爛々と光る瞳が男を捉え、その口からはとても軽やかに、とても信じられない言葉が飛び出した。
「世界を一つ。テイクアウトで」


* * *


「さーて、終わった終わったーっと」
暗闇に似つかわしい静寂を取り戻した空間に呑気な声が響く。
黒豹のように優雅に伸びをした青峰は、隣に立っている子供を軽々と抱き上げた。
「で、何でお前がここにいるんだ?今日は黄瀬と留守番のはずだろ」
子供に尋ねているようでいて責めるように青峰が視線をやった先にいたのは、これまた血の臭いが充満するこの場にはそぐわない整った容姿の男。
その端正な顔を苦々しく歪め、黄瀬は言い訳をするように口を開いた。
「黒子っちがどうしてもっていうから…ちゃんと終わる頃を見計らってきたんスよ?」
ちょっとだけ早かったみたいっスけど、と決まり悪そうに言った黄瀬は、更に「青峰っちの仕事が遅いせいっス」と暗に非難がましく続けた。
責任を擦り付けられ反論しようとした青峰は、しかし腕の中に抱えた子供、黒子に服を引かれたことで言葉を呑み込む。
視線を下げると、くりんとした瞳が上目に青峰を窺っていて、その愛らしさに怒りなど一瞬で掻き消されてしまう。
「すみません。僕が悪いんです」
「いや、テツは悪くねーよ」
「じゃあ、青峰っちなら止められたんスか?」
「うっ…」
すかさず放たれた言葉は、目の前の光景と相俟ってどうにも言葉を返せるものではない。この愛らしい姿でお願いなどされてしまえば、逆らえる者の方が限られてくるだろう。
おまけに、自分たちを心配して迎えに来てくれたのだとすれば尚更だ。
ほらみろと勝ち誇ったように笑んだ黄瀬の頭に、次の瞬間、衝撃が走る。
「いった!ちょ、青峰っち、銃のグリップは駄目っスよ!」
「うるせー。調子乗ってんじゃねーよ」
若干涙目になりながら非難する黄瀬と、暴君を地でいく青峰。言い争いを始めた二人を余所に、青峰に抱えられたままとなっている黒子は部屋の中央に視線を移した。
そこには、もう物言わぬ塊と化したそれが転がっている。
ビー玉のような瞳にその光景を映す黒子の視界を遮るように、大きな影が立ち塞がる。
「何を騒いでいる。とっとと帰るのだよ」
それまで一人でせっせと後処理をしていた男、緑間が、眼鏡のブリッジを押し上げながら眉を顰めて言い争う二人を促した。
それにおざなりな返事をして、決して長居したいものではないその場から待ち望む温かい場所に帰るため、三人と一人は暗闇に紛れ姿を消した。


* * *


本部に帰り着くと、別の仕事に出ていた仲間が一足先に帰宅していた。
青峰達の帰りを待ちきれなかったのか、黙々とお菓子を口に運ぶ大柄の男、紫原の傍ら。待ち構えていたことを強調するかのように足を組みにっこりと笑みを浮かべたファミリーのボス、赤司は、背後に魔王が見えそうなくらいには怒りのオーラを醸し出していた。
心当たりのある黄瀬がびくびくと挙動不審になり、他の面々は関わり合いにならないようにと一様に目を逸らす。
そんな中、真っ先に動いたのは今にも怒りを解き放たんとしていた赤司でも、無駄とわかりながらも弁明の言葉を口にしようとしていた黄瀬でもなく、青峰の腕から解放された黒子だった。
「おかえりなさい、赤司くん、紫原くん。青峰くん、緑間くんも」
とてとてと部屋の中央まで歩いて行った黒子が、それぞれの顔を見ながら微笑む。
天使のような愛らしさに、その笑みを向けられた全員が頬を緩め、「ただいま」と返すと、黒子もまた満足そうに笑った。
黄瀬だけが、「え、俺は?」と不満気だったが、黄瀬は本来留守番組だったのだからとすっぱり言い切られてしまい、あからさまに肩を落とす。
しかし、その黒子のおかげで赤司からのお仕置きが軽い説教だけで済んだのには感謝するほかないだろう。


* * *


「それでテツの奴、何て答えたと思う?」
時刻はもうすぐ零時をまわろうという頃。一般的にはかなり遅めの食事をとりながら、仕事報告をする青峰は余程ツボだったのか、上機嫌でつい先ほどの出来事を話題に出す。
「“世界”って答えたんだぜ?」
何故か自慢げな青峰の言葉に、その場にはいなかった赤司が興味深そうに黒子をみた。
「テツヤ、本当に世界が欲しいのかい?」
「いいえ」
普通なら冗談で済まされるような内容の会話だが、ここでもし仮に黒子が欲しいと答えれば、それは途端に意味を持ってしまう。赤司ならばきっとどんな手を使ってでもそれを実行してしまうに違いない。
けれど生憎と、いや、幸いと黒子が望むのはそんな大層なものではなかった。
あれはただ単純に、あの男には、寧ろ世界中のほとんどの人間には用意出来ないような無理難題を選んだまで。
「じゃあ、本当は何が欲しいんだ?」
含むところのあるそれに、黒子は緩やかに首を振る。
「何もいりません。僕は皆さんといられれば、それでいいんです」
ふんわりと微笑んで溢された言葉に、その場にいた全員が心を鷲掴みにされたのは言うまでもない。
そうか、と柔らかく笑んだ赤司が、当然の権利として真っ先に席を立ち黒子を抱き上げる。
空色の髪を優しく撫でて、マシュマロのような頬っぺたにキスを贈る。
続いて赤司の腕から黒子を譲り受けた紫原が反対側の頬にキスをすると、そのままがぶりと柔らかな肉を甘噛みした。無表情で「痛いです」と溢す黒子よりも反応を見せた青峰が思い切りよく紫原の頭を小突き、その腕から黒子を掻っ攫う。今度は紫原が「痛い」と自業自得ながらに不満を漏らし、「だって美味しそうだったんだもん」と反省の色もなく唇を尖らせた。
それを黙殺し、黒子の頭をぐりぐりと撫でまわした青峰は、小さな額に唇を落とす。
にっかり笑んだ青峰が黒子を床に下ろすと、黄瀬と緑間が黒子に傅くように膝を折る。
感極まって薄っすら涙を浮かべる黄瀬と、最大限にツンデレを発揮し頬を赤らめた緑間が、恭しく左右の手をとり、その甲に口づける。
まるで何かの儀式のようだと思いつつも、甘んじてそれを受け入れる黒子は、それが意味するところをちゃんと分かっている。まだ幼い自分に大人たちがこぞってキスを贈るのは、一重に愛の証であると。

「愛する僕らの光。どうかこれからも僕らと共にいておくれ」



****

ある日、どこからか赤司が連れ帰ってきた、真っ白な子供。
赤司がその子供を傍に置くと言った時、何を馬鹿なことをと全員が思ったものだが、赤司のすることはいつも正しいのだと、そう納得させられるのに時間はかからなかった。
何かがあってそうなったのか、それとももとからそうなのか、あまり表情を変えない子供が初めて浮かべた笑みは、まるで天使のようで、あまりにも無垢で、眩しかった。
それは、この小さな命を何があっても守ろうと、全員が思わされるには十分だった。
黒子が大きくなっても、その白く嫋やかな手を血で染めることがないよう、この中の誰かが欠けて空色の瞳から悲しみの滴が零れないよう、ファミリーの心は一つとなり、力はいっそう強いものとなる。
どこか自身を粗末にし、死に急ぐ面のあった者たちも漸く命の重さに気付かされたようで、今では傷一つさえつくらぬように注意を払っているのだから、黒子は真に勝利の女神であり、慈しむべき光であるといえるだろう。



(ここは幸せを約束された場所)



******

今は幼いのでキス止まりですが、もう少し黒子が成長すると毎夜誰かしらからの夜這いに悩まされることになるでしょう。
ちなみに今は平等に一日交代で誰かしらと一緒に寝ているので、そちらもいずれそうなるのだと思います。



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