緑間が部室のドアを開けると、そこには机に顔を伏せて眠る黒子の姿があった。
またこんなところで寝て…風邪を引くではないかという本心は決して表に出さず、これまでにもあれこれ理由をつけて注意を促してきた緑間は、呆れたように溜め息を溢した。

厳しい練習で体力を消耗し疲れているのはわかるが、何もこんなところで寝ることはないだろう。
制服に着替える余力があるのならばもう少しくらい頑張れないものか…。

いつから寝ていたのかは知らないが、そろそろ起こした方がいいだろうと肩に触れようと伸ばした手が、ある一点を目にした途端ぴたりと止まる。

眠る黒子の腕の中、枕代わりとなっているそれは、緑間の制服に違いなかった。

「緑間くん…」

突如、黒子の口から漏れた自分の名に、中途半端な位置で停止していた手がびくりと跳ねる。
ドキドキと不規則に脈打ち始めた心臓を誤魔化すように、乱暴に黒子の体を揺する。

「おい、起きるのだよ」
「ん…」

もぞもぞと顔を上げた黒子はぼんやりと手元にあるそれを見つめ、漸く自分が枕にしていたものが何であるか気付いたのか、しわくちゃになっているそれをそっと机の隅に追いやると、自分は何も見ていないとでもいうように素知らぬ顔をした。
一連の動作をしっかり見ていた緑間は、勿論それを見逃す気などない。

「おい!」
「あ、緑間くん。どうかしましたか?」
「どうかしたかじゃないのだよ。それは俺の制服だろう」
「そうだったんですか」
「そ…わかっていなかったのか!?」
「はぁ…近くにあったものでつい」

さすがに言い逃れは出来ないと思ったのか、諦めたように黒子が告げる。
確かに見えるところに名前を書いているわけでもないし、数ある中から敢えて緑間のものを選んだとは考え難いが、それでも少しは気にするべきではないだろうか。

戸惑いの中、僅かな嬉しさが混じっていたことには気付かないふりをしていた緑間だが、誰のものでも良かったととれる発言に、明らかに落胆の気持ちが込み上げ、同時に理不尽な苛立ちを覚えた。

いや、別に黒子が誰のものを使用しようが自分には関係のないことではないか、と妙な気持ちを打ち消すように頭を振る。

「あぁ、でも…」
「何なのだよ」
「だから夢に緑間くんが出てきたんですかね」
「なっ!?」

そう淡々とした声で言って小首を傾げる黒子。
予想もしていなかった言葉に、緑間は目を見開き固まる。

「あ、そろそろ帰らないといけないので、お先に失礼します」

緑間の気も知らず、ぺこりと頭を下げると、黒子は自分の荷物を持ってあっさりと部室を出て行った。

黒子が去り誰もいなくなった部室内で、緑間は暫く放心したまま立ち尽くしていた。

下げて上げるとはこういうことなのか。

改めて黒子の言葉を反芻し、ボッと顔が熱くなる。
どうしてこうも黒子の言動に心を揺さぶられねばならないのか。
全くもってらしくない、と緑間は眼鏡をくいっと持ち上げ、平静さを装う。

ふと、机の隅に放置されたままのしわくちゃのそれが目に入り、手を伸ばす。
持ち上げた瞬間、ふわりと微かに香った黒子の匂いにどきりとする。それは一瞬で掻き消えたが、鼓動はそう簡単に収まるものではない。自然と制服を握る手に力が入り、更なる皺を刻んだ。

恐らく、普段からは想像出来ぬ有り様になっているであろう顔を、空いている方の手で覆い隠す。

別に誰に見られることもないのだが、それでもただ晒しているのは落ち着かなかったのだ。

カチャリ。手に触れた眼鏡が音を立てた。

他に誰もいなくて本当に良かったと、緑間はこの時心の底から思った。

漸く落ち着きを取り戻し、自分もさっさと帰ろうと制服を片手にロッカーを開けてハッとする。
そもそも、几帳面な緑間が制服をその辺に放り出しておくなどありえないのだ。
思えば部活前、確かにロッカーに制服を仕舞ったという記憶もあった。
何故すぐに気付かなかったのか。自覚のないまま、余程動揺でもしていたというのか。
知らず、緑間は苦虫を噛み潰したような顔になる。

ならばあれは…と考え、浮かんだ黒子の姿に、やっと引いた熱が再び上がるのを感じた。

「黒子め……」

ゴンッ。
鈍い音を静かな室内に響かせ、もれなく隣のロッカーに頭突きをかました緑間の顔は、常と変わらぬ無表情から繰り出された思いもよらぬ奇計により真っ赤に染まっていた。



(早く気付いて下さい、王子様?)




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