黒子と紫原を探しに行け、とは絶対的支配者である主将の命であった。
それというのも、本来の部活開始時刻を過ぎているにも関わらず、黒子と紫原が姿をみせないことに加え、それ以上にキセキの面々がそわそわと落ち着きをなくしていたからだ。
命を下した本人とて例外ではなく、平常を装いつつも心ここに在らずなことは、決して口に出来ないまでもメンバー全員が察していた。
他の部員達にはしっかり練習をするよう言い置いて、キセキ達はこぞって体育館を後にした。
一番の有力候補者は黒子の犬を公言して憚らない黄瀬であるが、他のメンバーとてそれぞれ黒子に関しては自信があり、負ける気はしなかった。
誰が真っ先に見つけることが出来るか――暗黙の下での勝負の鐘は、既に鳴っていた。
教室や特別教室など、二人がいそうな場所を駆け回るカラフルなキセキの姿は色んな意味で目立っていたが、鼻息荒い彼らに敢えて声をかけるような命知らずはいない。
ただ二人を探す目的に準じるキセキ達の中、これも一種のトレーニングになるかもしれないと前向きに捉えていたのは、赤司だけだった。


捜索開始から数分後、やはりというかなんというか、真っ先にその姿を発見したのは黄瀬だった。
建物内にいるかと思われた二人がいたのは裏庭で、校舎内を走り回っていたメンバーは見つけるのに時間がかかってしまった。
確かに天気もいいし昼寝をするには最適だ――とは後からやってきた青峰の言である。
校舎の壁に背を預けるように腰を下ろした黒子の、伸ばされた膝の上。皆にとっては聖域とも呼べるそこを枕にして眠る紫原の姿に、黄瀬はわなわなと体を震わせた。

「紫っち、ずるいっス!」

黄瀬は人の気も知らずぐうぐうと気持ちよさそうに眠る紫原を指差して絶叫する。
それを咎めるように、一本立てた指を唇に宛がった黒子が「しー」っと小さな声で嗜める。
そのあまりにも可愛らしい仕草に思わずときめく病人が一名。
慌てて口を手で覆った黄瀬に、黒子はいい子だとでもいうように目を細めた。
可愛らしくて、心のオアシスで、紛うことなき天使であるのに、どうして。
黄瀬は黒子のことを好き過ぎる余り、時折暴走しがちであるが、決して本人に危害を加えたりはしていない。だからこそ、衝突を繰り返す二人の現状に苛立ちも覚えていた。

「何で、紫っちなんスか…俺だって、黒子っちのこと好きなのに」
「黄瀬くん…」
「紫っちは、黒子っちがいなくても生きていける。でも、俺は黒子っちがいないと生きていけない」

黄瀬がこんなことを言い出すのはなにも初めてではない。
けれど、いつになく真剣な様子に、黒子は内心驚いて黄瀬を見つめる。
端正な顔を歪めて過重な想いを吐露する黄瀬の視界の先で、ふいにぱちりと目を開けた紫原がべーっと赤い舌を覗かせた。
黄瀬の告白を真摯に受け止めている黒子は、自分の足元で行われているそれに気付いていない。
いい加減頭にきた黄瀬が挑発にのって身を乗りだそうとした瞬間、その動きを制止するように体の前に腕が伸びた。

「…赤司っち」
「赤司くん」
「部活はとっくに始まっているぞ」
「すみません。起こすのが忍びなくて…僕の責任です」

黄瀬の前に一歩進み出て二人を見据えた赤司に、黒子は申し訳なさそうに項垂れた。
赤司の雰囲気から、この場面でもっと厳しい叱責を浴びせるのではと予想するのは、赤司という男の本質を知らない人間だけだ。
はぁ、と一つ息を吐き出した赤司は、未だ黒子の膝に頭をのせたままいつの間にやら目を閉じている紫原に視線を移した。

「敦、起きているんだろ。いい加減にしておけ」
「…ちぇー」

バレていることなど承知の上で、それでも赤司が指摘するまでは頑として動かなかった紫原が、不服そうにのそりと巨体を起こす。
なんだかんだと、赤司は黒子だけでなく紫原にも甘い。もっと言ってしまえば、キセキに甘いのだ。
本人達もそれをわかっているから、いざという時はきちんと赤司に従う。それ以外の時は本当に手のかかる自由人ばかりであるが。
けれど、その甘さが邪魔をして他にするように強く出られない不憫さに関しては、キセキ達も他人事ではなかった。


やがて、姿を現す前に赤司が呼んでいたらしい緑間と青峰も合流を果たす。
黒子と紫原のいる位置と、黄瀬の物凄く不機嫌な様子から、二人はまるで見てきたかのよに何があったのかを察した。
ただ愛を訴えても黒子の重荷にしかならないとわかっている黄瀬は、最近ではこれでもおとなしくなった方なのだが。やはり時々暴走することは止められないらしい。
特に紫原との対立が増えたのは、表向きには黄瀬のみだ。
青峰にはまだ相棒という地位が残されている。緑間は元来そういう手のことには積極的になれない。そして、赤司は二人に甘い。
黒子は素のまま皆から愛されているが、紫原の場合は少し違っていた。
バスケのことに関しては黒子と幾度となくやり合っている紫原だが、バスケを抜きにしてしまえば二人の間に漂うのはマイナスイオンにも等しい癒し的な何かで。
普段は黒子と戯れる紫原の姿に嫉妬を覚えるはずなのに、その時ばかりはうっかり心が和んでしまうのだ。

キセキ達のそれぞれの心情を余所に、のそり腰を上げた紫原はうーんと大きく伸びをした。
次いで立ち上がろうとした黒子がふらりとよろけたのを、まるで予想していたかのような動きで紫原が受け止める。

「大丈夫?」
「黒子っち!」
「すみません。足が痺れてしまったようで…」
「ごめんね、黒ちん。俺のせいで。責任とって俺が抱っこしてあげるね」
「え、大丈夫ですよ、これくらいならすぐに…ちょ、紫原くんっ」

まさに駆け寄ろうとしていた黄瀬が、黒子の抗議の声を掻き消すくらいの叫びを上げた。他のキセキ達は、一様に目を丸くしている。
言うが早いか、紫原が黒子の体を抱き上げたのだ。所謂、お姫様抱っこというやつで。

「敦…」
「だって、早く部活に行かなきゃでしょ。こっちのが早いしー」
「……」

嗜めるように名を呼んだ赤司は、紫原の答えに諦めたように息を吐いた。
それなら俺が、いや俺が、と黄瀬やら青峰やらが進言しているが、時間の無駄であることは明らかだ。己と同じようにそこに加われない緑間に一瞥をくれてから、赤司は皆に体育館に戻るように促した。
不満の声が上がったが、赤司が睨みを利かせれば途端に大人しくなるキセキ達である。
なにより、早く体育館に到着すれば、それだけ早く黒子も解放されるということだ。
逸早く意図を察した緑間に続くように、こちらはわかっているか定かではないが渋々歩き出した青峰と黄瀬。最後に、黒子を抱えた紫原の横に赤司が並ぶ。

「敦、それはどこまでが計算だ?」
「さぁ、何のこと?」
「…ハァ。とにかく、部活に支障をきたすような真似はするな」
「はぁーい」
「すみませんでした」
「テツヤも、あまり敦を甘やかさないように」
「はい…」

眇めた目で長身を見上げて言及した赤司を何食わぬ顔で躱した紫原がそれ以上責められることはなく。紫原の腕の中ですっかりおとなしくなっていた黒子が反応して謝ったのには厳重注意ですませる。
そんな赤司に対し、一番甘いのは赤ちんでしょ、とは口にはせず、水面下のやりとりなど露知らず腕の中で眉を下げている黒子をみて、紫原は満足気に笑った。



(可愛い君は誰にもあげない)



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30000hit企画/まるさん

紫黒←キセキで、腹黒な妖精といろいろ鈍い天使とちょっとヤんでたり、不憫だったりなキセキ。

今回もまたまたお待たせしました!
そして病んでる要素極薄な不憫ばかりなものになってしまいました。
少しでもリクエストにお応えできていたら幸いです。

前回に引き続き、素敵なリクエストありがとうございました。



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