驚くほどに平和だ。

いや、ある意味では平和だったのだ。
この二週間は――…。


「………」
「久しぶりに会ったっていうのに何かな、その顔は。傷付くなー」

そう、たった今目の前に現れたこの人が、一瞬にして平和をぶち壊しにしたのだ。
逆に言ってしまえば、この人がいなかったからこその平和だったとも言えるわけで。
おまけに、何をとち狂ったのか一般的な高校の校門前に高級車らしき車に乗り付けて登場したのだから余程質が悪い。
車から颯爽と降り立ち、車体に凭れるようにして立った見知った顔に、関わり合いになるまいとその場を去ろうとした僕の名を、彼は大々的に呼んでくれたのだ。
おかげで、ちょっとした好奇の視線に晒されてしまっている。

「…死んだんじゃなかったんですか」
「えぇ!?何それ、誰がそんなこと言ったの?俺が帝人君に何も言わず帝人君をおいて死ぬわけないじゃない!」
「……」
「全く、人を勝手に殺すなんて許せないよね。人間としてどうかと思うよ」

と、芝居がかったセリフを大袈裟ともいえる動作を付けながら声高らかに口にする臨也さん。
いや、発言者は僕自身なんだけど…っていうか誰も貴方にだけはそんなこと言われたくないと思う。
どうしよう…やっぱりこの人面倒臭いな。帰っていいかな。でも、このまま帰ったら家まで付いて来そうだし……。

「で、だね帝人君」
「…はい?」

対処法を考えながら思わずため息を溢せば、いつの間にか臨也さんとの距離が縮まっていた。僕が近付くわけはないから、勿論あちらが接近してきたのだ。
腰に回された手をすかさず払いのけてから、あぁ、刺してやればよかったと後悔する。

「久しぶりに会ったんだからさ、デートし「お断りします」」
「はやっ!何で何で?せっかく車で来たのに」
「臨也さん、車なんて持ってたんですか?っていうか、免許あるんですか?」
「ふふ…俺を誰だと思ってるんだい?」

何故か自信満々に尋ねてくる臨也さんに、考えることを拒否する脳をわざわざ働かせるのも面倒で浮かんだ適当な言葉を機械的に声にする。

「胡散臭い情報屋?人間の屑?ノミ蟲?」
「……何かどんどん酷くなっていってない?一発目から軽く酷いけど」
「そうですか?思ったままを口にしただけなんですけど」
「そうだね、そうだろうね…それより、ほら、こっち!」

いきなり手を掴まれたかと思うと、無理矢理に車が触れるほど近くまで引き寄せられる。
つるりと輝くボディには、これ見よがしに辟易した自身の顔が映っていた。

「これが俺の車だよ!どう?格好よくない?」
「…どこで盗んできたんですか?」
「あれ?盗んだ前提?」
「じゃあ、誰から騙し取ったんですか?」
「……」

笑顔を貼り付けたまま固まった臨也さんに、何だ本当に騙し取ったのか…と侮蔑を込めた瞳で見据える。

「違うよ!これは、今日一日借りただけで騙し取ったとかそんなんじゃないよっ」

必死に言い訳する臨也さんに反して、僕は相変わらず冷めた眼差しを向けていたけど、ふと思い至って打って変ってあからさまな笑みを浮かべてみせた。

「僕、人から奪ったものには乗れません。それじゃ」

これはいい断り文句ができたとばかりに言い放ち、踵を返そうとした僕の腕を臨也さんが掴んで、惜しくも引き止められる。

「……何ですか?」
「じゃあ、車はなしにして徒歩でなら、デートしてくれる?」
「嫌ですけど?」

何を言い出すのかと思えば。
それでは何のためにわざわざ車を奪ってきたのかわからないではないか。
即答するも、臨也さんはまだ引く気はないらしい。本当にしつこい人だ。

「お願い!二週間ぶりなんだよ?ね、デートしてくれたら何でも奢るから!」
「僕が物で釣られるとでも?」
「思わないけど、そこは釣られとこうよ」
「………」

いつになく真剣な、凄く必死な臨也さんの姿に、不本意にも少し鼓動が跳ねる。
これでは自分が優位なのだと勘違いしてしまいそうだが、臨也さんには最終手段として力技が残っている。それでも、この人はそうしようとはしない。

「二週間、会えなくて本当に寂しかったんだ…だから、お願い」

……違う。これは、臨也さんのこんな表情が珍しいからで、性格はともかく顔だけはいいからで…だから……。
事前に心の中で言い訳を並べ立てて、僕は心底自分自身に呆れながら臨也さんを見た。

「二週間、何をしてたのか…教えてくれるなら……付き合ってあげないこともありません」

きっと仕事をしていたのだろうことは容易に見当がつく。
そしてそれは勿論情報屋の仕事で、二週間かかるほどの案件で、他人なんかに話していいものではないはずだ。
そんな情報と交換になるほどに自分の価値を過信しているわけではない。
無茶だとわかっていたからこそ言ったのだが、臨也さんは考えることもせずに「いいよ」と即答してみせた。
僕の手を握って嬉しそうに笑う臨也さんに、驚くやら呆れるやらで、強がりで築いた壁を軽く破壊されてしまったような、そんな感覚に襲われた。

「やったー!帝人君とデート」
「わっ、臨也さん!」
「どこへ行こうか?ねぇ、帝人君はどこがいい?」
「僕は……」

おまけにこんなにも喜ばれては、見ているこちらが恥ずかしくなる。
握られた手から臨也さんの気持ちが伝染してしまったのかもしれない。

臨也さんの顔を直視できないまま、僕はボソッと呟いた。

「         」

臨也さんのお好きなように。




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