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従者の役目(ジャーファル)


「前にも申し上げましたが、あなたの気持ちにわたしは応えられないんです。ゴンベエさん、わかってください」

目の前にいるゴンベエさんから、二度目の告白を受ける。しかし、彼女の想いに私は応えられない。その理由は、最も尊敬する私の主も彼女を想っているから。



ゴンベエさんは、半年前にシンドリアにやって来た踊り子だ。入国からあれよあれよという間に彼女の舞踏は評判を呼び、王や私たち八人将の耳にも入った。しなやかさに強さを秘めたゴンベエさんの舞を見て、あっという間に私の心は彼女でいっぱいになる。

山のように仕事を抱える政務官の立場上、頻繁に国営商館に足を運ぶことは叶わない。しかし、彼女の舞を近くで見たい想いは募るばかり。

仕事の占領する私の脳内を彼女が侵しはじめたころ、王宮直属の舞踏団結成をシンが提案した。私欲を解消できる提案に二つ返事で承諾したが、主の提案の狙いを私は悟ってしまう。シンもまた、ゴンベエさんに恋をしていた。

一人の女性を主と従者が取りあうなど、あってはならない。主のために身を引くのも、従者の役目。そう言い聞かせ、自分の気持ちを私は封印しようとする。しかし、"想定外のあってはならないこと"が現実となった。ゴンベエさんが、私に告白したのだ。

「ジャーファル様。あなたとわたしが釣り合わないのは、よくわかっています。ですが、ジャーファル様を想う気持ちを止められないのです」

まっすぐな瞳で私を捉えるゴンベエさんを、すぐに抱きしめたい衝動に駆られる。しかし、彼女を抱きよせる資格は私にはない。シンのために、私が取るべき行動は一つ。

「ゴンベエさん。お気持ちは嬉しいのですが、あなたの想いにわたしは応えられません。あなたに相応しい男は、他にもいます」

彼女の顔を見るのが怖かった私は、一礼して頭を下げたままその場を去った。



最初の告白は、三日前のこと。しかし、何を思ったのか、再び私にゴンベエさんは想いを告げた。

「前にも申し上げましたが、あなたの気持ちにわたしは応えられないんです。…ゴンベエさん、わかってください」

「嫌です」

きっぱりと否定された私は、もう一度彼女に諦めを促す。舞台化粧の映える大きな瞳は、潤いを帯びはじめる。自分の慕うゴンベエさんにこんな表情をさせるのは、私自身。その事実は私の胸を強く絞めつけたが、ここで私がやるべきことは前回と変わらない。主のために身を引くだけだ。

「ゴンベエさん、どうしてもあなたの気持ちには応えられません」

「それなら…せめて理由を教えていただけませんか?…理由がわかれば、諦められますから」

そう涙ながらに告げる彼女に、どうしようもないやるせなさを感じる。彼女の想いに答えられないのと、私自身が泣かせた事実。両方に私は耐えられなかった。

理由を問われたところで、「シンもあなたを想っていて、彼のほうが相応しい」なんて言えやしない。嘘でも恋人がいることにすれば、ゴンベエさんは諦めてくれるだろうか?

「…実は、私には恋人がい」

「嘘はいけないよ、ジャーファルくん」

よく聞き慣れた声に振り返ると、柱の陰からシンが登場する。思いがけない主の登場に、私は小さく声をあげた。

「…シン様。あなた、いつの間に?」

私の問いに、悪びれもせず「最初から」とシン。

「ジャーファル、おまえはひどいぞ。なぜゴンベエの気持ちに応えないんだ?素直に"私も好きです"と言えばいいだろう?」

ゴンベエさんへの好意をシンが知ることに、私は驚きを隠せない。口をパクパクさせる私に、話をシンは続ける。

「王宮専属の舞踏団結成の提案を、ジャーファルは二つ返事で承諾しただろう?国の予算が逼迫しているのに王宮専属舞踏団の結成なんて、普段のおまえなら絶対に許可しない。それでも許可したのは、ゴンベエがいるからだろう?」

彼の指摘は図星で、ぐうの音も出ない。しかし、ここで屈しては、ゴンベエさんとシンが結ばれなくなってしまう。私の口から出たのは、苦し紛れの意見だ。

「では、私の慕う相手がゴンベエさんという証拠は?仮に私欲のために舞踏団結成を承諾したとして、どれだけの踊り子が舞踏団にいるとお思いです?」

「俺と一緒に国営商館に行ったとき、ゴンベエばかりジャーファルは目で追ってたよ。それが証拠だ。十一歳からおまえを俺は知ってるんだぞ?」

シンのこの指摘もまた、図星だった。普段はおちゃらけていても、国民や従者に対する彼の観察眼は一級品だ。さすがに、これ以上の言い逃れは無理だと私は判断する。

「…確かに、ゴンベエさんを私は慕っています。でも、シン様だってゴンベエさんをお慕いしてるんでしょう?それなら、従者の私が身を引くべきです」

そう言った私に、「えっ」と短い驚きの声をゴンベエさんがあげた。彼女の声に続いてシンが発したのは、奥深くに怒りを含んだ声。

「確かに、俺もゴンベエが好きだよ。でも、ゴンベエはジャーファルが好きなんだ。ジャーファルもゴンベエが好き。それなら、好き同士で結ばれるのが一番だろう?」

シンからはっきりゴンベエさんへの好意を聞いたのは、これが初めてだ。彼の行動はわかりやすいので、聞かずとも彼女に好意があるのを私は察していた。しかし、好意をはっきりとシンが口にした以上、たとえ私たちが両想いでも身を引かねばならないと強く感じる。

「一人の女性を主と従者が取りあうなど、あってはなりません。主のために身を引くのも、従者の役目なんです。…だからゴンベエさん、どうか」

「ジャーファル!」

明らかに強い怒りを含んだ大声を、シンが発した。その声は廊下中に響き、廊下に面する部屋にいた者が扉を開けて様子を窺う。

「なんで"従者の役目"なんて言うんだ?俺よりジャーファルが好きっていう、ゴンベエの気持ちはどうなる?好きだと俺が言えば、自分の気持ちに関係なくゴンベエは俺を選ばなきゃいけないのか?」

シンの言葉に、私は首を横に振った。"主のために身を引くのも従者の役目"という考えが、いかに独りよがりでゴンベエさんを傷つけたかを強く実感する。

私の主は偉大だが、決して神などではない。ゴンベエさんや私と同じく、シンも大勢の人間の一人。国政の決議でもない限り、私たち三人の気持ちは等しく尊重されるべきだ。

「それなら、ジャーファルが取るべき行動は一つだろう?」

そう微笑むシンに小さく会釈し、ずっと目を向けられなかったゴンベエさんに身体ごと視線を移す。シンと私の話す間に涙は退いたようだが、まだ彼女の目や鼻には赤みが残っている。彼女の前まで足を進め、彼女と視線を合わせた。

「ゴンベエさん、三日前と今日の非礼を先に詫びさせてください。大変申し訳ありませんでした」

まずは、ゴンベエさんの気持ちを二度も蔑ろにしたことを謝罪する。頭を下げた私に、「ジャーファル様、頭を上げてください」とゴンベエさんが焦りを含んだ声で言う。彼女の言葉に、私は頭を上げる。今度はゴンベエさんの左手を取り、私の両手を重ねた。

「ゴンベエさん。国営商館であなたの舞を見て、あなたに私は恋しました。好きです。政務官と踊り子なんて立場は関係ありません。私の恋人になっていただけませんか?」

まっすぐ彼女の目を見て、言いたいことを伝える。数十分前までは、墓場に持って行こうと思っていた感情だったのに。せっかく泣き止んだゴンベエさんの大きな瞳からは、再び大粒の涙が零れる。彼女の左手に重ねた右手を離し、人差し指で彼女の涙を拭う。

「…もう二度とゴンベエさんを泣かせませんから」

「ジャーファル様…」

まっすぐな瞳で私を捉えるゴンベエさんを、すぐに抱きしめたい衝動に駆られる。これからは、この衝動を我慢しなくていい。衝動に任せてゴンベエさんを胸に引きよせると、彼女からも私の背中に腕が回される。視界の端で、一瞬シンは切なそうな表情を見せた。



翌日。朝議前に主に会った私は、朝一番で疑問を口にした。

「そういえば、シン。あなたは昨日なぜ最初から柱に隠れてたんです?」

ゴンベエさんが私に告白したのは、王宮内でもシンはあまり訪れない場所。そこにシンがいたのは、偶然にしてはできすぎだと私は感じていた。

「一昨日、ゴンベエに俺が告白してフラれたんだ。そのとき、ジャーファルにフラれたってゴンベエから聞いてな。絶対におまえがゴンベエを好きな自信はあったから、びっくりしたよ」

頑なに私が断ろうとするときは、最初からシンが助け舟を出す予定だったらしい。私の断る理由も見当がついていたし、実際に見当通りだったという。

「ゴンベエをジャーファルが泣かせたら、俺が掻っ攫うからな」

そう微笑む主の目は本気だ。こういう彼の目は、昔から幾度となく見ている。せっかく恋人になったゴンベエさんを手放さないためにも、まだまだ気を緩められない。

大広間の扉が開き、他の八人将たちがぞろぞろと入室する。定刻だと気づいた私は、政務官として朝議の進行を始めた。



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