Short | ナノ


チョコとリボンは口以上に物を言う【2024】(アラジン)


二月十日。バレンタインデーを目前に控えた世間の空気は浮わついている。しかし、僕はといえば今年も蚊帳の外だ。少なくとも現時点で確約されているのはお母さんからのチョコレートだけ。

同じ部活の女子たちからの義理チョコもほぼ確約といって差し支えないが、あくまで義理チョコでしかない。僕が求めているのはあくまで本命チョコ。十七年間の人生でまだ見ぬ本命チョコをくれる女の子は現れるのだろうか。



昼休みの二年A組。五限目の体育に向けて先に体操着とジャージに着替えたアリババくんと僕は、教室でお昼ご飯を食べていた。

「あれ?カシムくんは?」

「…一年の女子に呼び出されたって言って教室出てったよ」

苛立ちを隠さない声で僕の問いに答えたアリババくんは、お弁当のカニさんウインナーに容赦なくフォークを突き刺す。カシムくんはアリババくんと僕のクラスメイトで、アリババくんの幼馴染。アリババくんと僕は高校からの仲だが、二人は保育園から一緒という。

校舎内で喫煙して停学処分になるなど、カシムくんは一部で問題児として名を馳せているものの、仲間思いの親分肌で彼を慕う同級生は多い。ワイルドな見た目や不良特有の雰囲気も相まって女子からの人気も高く、今日のように女子から告白されることも多々ある。

しかし、放課後も基本バイト漬けで、遊び相手は多数いても特定の彼女を作る気はない。カシムくんに両親はおらず、歳の離れた妹・マリアムちゃんとの生活のために働いているのだ。ワイルドな風貌と妹思いな兄の一面、さらに学年トップクラスの成績をキープする優等生ぶりのギャップに魅かれる女子は多い。

その一方で、問題行動も起こさず真面目に生活しているし成績もいい方なのに、モテる気配のないアリババくん。幼馴染を慕う気持ちは変わらずとも、カシムくんがモテればモテるほどアリババくんのコンプレックスは肥大化していた。

「いいよな〜カシムは。女の子から告白されるだけで十分なのに誰とも付き合わねーし。マリアムの話をすれば女の子はますますカシムに惚れ込んで、遊びでいいとか一度だけでとか言うんだぜ…俺なんて誰からも告白されたこともねーのに…」

「で、でも!アリババくんにだってチャンスはあるさ!」

アリババくんだって、人気がないわけではない。むしろよき友人として慕ってくれている女子は多いと思う。ただ、異性として見られていない。それだけの話であって。

「なんだよ…アラジンも余裕じゃねーか」

「そんなことないさ!僕だってお母さんとファーランさん…テスくんのお母さんと部活の女子くらいしかもらえないし、それだって義理チョコさ」

「ゴンベエさんは?」

ゴンベエ・ナナシノ、僕の片想い中の相手だ。同じ中学からこの高校に進学したのはゴンベエちゃんと僕だけで、同級生では一番付き合いが長い。A〜J組の十クラスがあるうち、ゴンベエちゃんはJ組に属している。ちなみに中高は部活も一緒だ。

義理チョコとはいえ小学生のときから毎年欠かさずチョコをくれるゴンベエちゃんを、単純な僕が好きになるのは当然のこと。地元が一緒なのを口実に部活後に二人で帰ろうとするなど、僕なりにアプローチしているものの、ゴンベエちゃんが気づく気配はない。

「ゴンベエちゃんにとっての僕は、義理チョコを渡す相手でしかないのさ。アリババくんも知ってるだろう?いじわる言わないでおくれよ」

「…悪かった」

「アリババくんだって、例の女の子はどうなのさ?」

それは、以前道端でアリババくんの前方不注意が原因でぶつかった赤髪の女の子。その拍子に女の子が持っていた紙袋の中のリンゴを道路にぶちまけてしまったらしい。アリババくん曰く、ムスっとしていて愛想はよくないものの可愛い顔をしているという。

「おまえもいじわる言うなよ…。連絡先知らねーし、この前見かけたときだって男といたし…」

その女の子を街で再び見かけたものの、少なくとも社会人に見えた男性と並んで歩いていた。その時の女の子も依然としてムスっとしていたが、彼氏にしか見えなかったとアリババくん。しかし少女漫画みたいな出会いだったこともあり、彼女を忘れられないという。アリババくんは妙にロマンチストなところがあるのだ。

「本当に運命の相手なら、今年のバレンタインは無理でも来年は可能性があるんじゃないかな」

「じゃあ今年もマリアムの義理チョコだけかよ…」

カシムくんの妹・マリアムちゃんはアリババくんにとっても妹同然の存在で、唯一チョコをくれる女性らしい。涙目で天を仰ぐ親友をよそに、後輩女子からの呼び出しに応じていたカシムくんが戻ってきた。アリババくんの様子について問われた僕が正直に話すと、「バレンタインといえば」とカシムくん。

「おまえの好きな…"ゴンベエ"だっけ?この前駅前で見た」

カシムくんの口から飛び出した想い人の名に、思わず僕は強く反応する。アリババくんとカシムくんは僕の好きな人を知る数少ない友達なのだ。

「ゴンベエちゃんは誰かと一緒だったのかい?」

「いや、誰かと一緒というか…ガラス張りの料理教室あるだろ?あそこにいた」

高校の最寄駅はそれなりに大きな駅で、高校と反対側の改札口に大手の料理教室がある。ゴンベエちゃんが料理に凝っているという話は聞いたことがなく、どういう目的で料理教室に参加したのか見当がつかない。

「時期的にもバレンタインのチョコだったりして」

カシムくんの一言が、全身麻酔のように身体中を駆け巡る。部活中に漏れ聞こえるガールズトークでも、意中の男性の存在を匂わせたことすらなかったゴンベエちゃん。急浮上した好きな人に好きな男ができた可能性に気を取られた僕は、五限目の体育の授業中三回も跳び箱に失敗した。



二月十四日。僕はとある作戦に出た。空箱で満たした大きな高島屋の紙袋を持参し、本命チョコをたくさんもらったと言ってゴンベエちゃんを焦らせるのだ。本命チョコらしさを演出すべく、空箱もあえて大きいものを用意している。

もっとも、全部が空箱ではない。お母さんとファーランさんからもらった義理チョコ二つは、これ見よがしに紙袋の上の方に入れてあった。

バレンタインデー当日とあって、校門前では荷物検査が行われている。登校時点で校則違反のチョコを持っているのは女子だから、集中的に狙われるのも女子。そのおかげもあって、僕のダミーの紙袋は生活指導の先生の目を掻い潜れた。登校後すぐ、ダミーの紙袋を教室前の廊下のロッカーにしまう。

いつゴンベエちゃんにその紙袋を見せようかと頭を悩ませていた昼休み、ついに彼女からチョコレートをもらってしまった。場所は部室で、他の女子部員と一緒に手渡されたということは、どう考えても義理チョコ。他の男子部員と一緒に開けたチョコは、言っちゃ悪いが料理教室に通ってまで作ったとは思えない。

今年も好きな子の本命になれなかった。そのショックで午後の授業の記憶はない。



放課後。ホームルームを終えて通学鞄を手に教室を出ると、廊下の奥、J組の辺りにゴンベエちゃんの姿が見えた。想い人は昼休みに部室に持ってきていた伊勢丹の紙袋を持っている。

ということは、これから本命にチョコを渡すのか。それなら作戦を決行するのは今しかない、と焦った僕は慌ててロッカーから高島屋の紙袋を取り出した。

「…アラジン!」

E組とF組の間にある階段の前で聞こえたのは、好きな女の子が僕を呼ぶ声。その声に僕が顔を上げると、ゴンベエちゃんは眉間に皺を寄せていた。

「それ…全部チョコ?」

「そ、そうだよ。高二になって僕にも…ついにモテ期が来たのさっ」

「え、う、そ…待って、義理チョコじゃなくて?全部じゃないよね?」

ゴンベエちゃんには好きな男がいるはずなのに、ダミーの本命チョコで焦らせる作戦が思いのほか効いている。

「ゴンベエちゃんは何を言っているんだい?…義理チョコもあるけど大半は本命だよ」

"誰にもらったの?"なんて聞かれたらどうしよう。今になって浅知恵の思いつきで決行した作戦の詰めの甘さに気づき、想い人に悟られぬように僕は冷や汗をかく。禁断の質問を繰り出させぬよう、先手を打って僕は浮かれたふりをした。

「ついに僕にも彼女ができちゃうね〜!そしたらゴンベエちゃんともあまり話せなくなっちゃうかなあ」

<そんなの嫌だ!わたしもアラジンのことが好きなの!付き合ってください!>

こんな返しを期待していた僕とは裏腹に、想い人は目尻に薄っすらと涙を浮かべる。大股で近づいてきたゴンベエちゃんは、左手のチェック柄の紙袋から何かを取り出し、僕の紙袋に投げ入れた。僕を一瞥することもなく、E組とF組の間の階段を駆け下りたゴンベエちゃんを僕は呆然と見送るしかできない。

少しして我に返った僕は、想い人が投げ入れたものを確認すべく紙袋に手を入れる。今朝触った記憶のない凹凸のあるラッピングに、ゴンベエちゃんが投げたものと気づくには時間がかからなくて。

紙袋から取り出したそれは、昼休みにもらったチョコとは気合いの入り方が違う。包みを解かなくても本命チョコとわかるそれに、僕は息を呑んだ。



三年生の教室がある階と屋上を繋ぐ階段には誰もいない。屋上に近い階段に腰を下ろし、丁寧に包みを剥がす。指の腹から伝わるリボンには光沢があり、包み紙には複雑な凹凸や厚みがある。

さらに包み紙を解くと白い箱があり、それを開ければチョコレートケーキが目に飛び込む。ダークブラウンのチョコでコーティングされたケーキの上には金粉までまぶされていて、包み紙の印象通りどう見ても本命チョコだ。

ゴンベエちゃんが乱暴に投げたものの、チョコレートのコーティングは奇跡的に無事。これならカシムくんの言う通り、料理教室で作り方を会得したのも納得できる。

しかし、これは本当に僕に宛てて作られたものなのだろうか。本命男子に渡そうとしたものの受け取ってもらえず、むしゃくしゃして僕の紙袋に投げつけた可能性だってある。

誰に宛てられたものかわからないチョコケーキにもやもやしていると、ケーキの台紙の下に隠れた手紙らしきものの存在に気づく。ケーキを崩さぬようそっとその紙を抜き、勝手に開けることを心の中で謝罪してから二つ折りの紙を開いた。



例のチョコレートケーキが僕宛てと発覚し、鼻歌を口ずさみながらスキップして校門を潜る。あの紙の正体は、緊張からうまく告白できなかったときの保険としてゴンベエちゃんが想いをしたためた手紙。"アラジンへ"から始まっていたのが、僕宛てのチョコである動かぬ証拠となった。

手紙を読んだあと、ゴンベエちゃんを探してJ組や部室を回ったものの彼女の姿はどこにもなくて。すでに帰宅した可能性もあるため先に地元に戻り、想い人の家に向かうことにしたのだ。

しかし、道路からゴンベエちゃんの部屋の窓を見ても誰かがいる様子はない。どこかに寄り道している可能性を考え、十九時をリミットに家の前で待つことにした。

「やっと帰って来たね」

ゴンベエちゃんの姿が見えたのは、僕が彼女の家の前に着いてから三十分後。

「アラジン…どうしてここに?」

「ゴンベエちゃんに本命チョコのお礼と返事をしたくて」

"本命チョコ"に反応して頬を真っ赤に染めた想い人は、本命だなんて言った覚えはないと反論する。

「いやいや、例年と比べてもチョコの気合いが違うじゃないか…それにラッピングだって。こんな包装紙は市内の文具店じゃ買えないし、こんなに綺麗なリボンも義理チョコには使わないでしょ?それとも、これと同じラッピングのチョコをみんなに渡したのかい?」

あえてケーキの下の手紙を読んだことを伏せて詰めれば、あっさりとゴンベエちゃんは白旗を揚げた。本人からの"好き"はまだ聞けてないものの、あのラッピングは僕だけのものとわかれば勝手に表情筋が緩んでいく。

「よかった…それで返事だけど、僕もゴンベエちゃんが好きだよ」

僕の返事に素っ頓狂な声を発したゴンベエちゃんに、思わず「嬉しくないのかい?」と僕は頬を膨らませる。存在しない"他の本命チョコの女の子"の存在を指摘されれば、男としてのちっぽけで浅はかな見栄を明かさずにはいられない。

これだけでも十分恥ずかしいのに、本命でなければ義理チョコなのかとゴンベエちゃん。お母さんとファーランさんのチョコを除いてすべて空箱である、と種明かしをすればゴンベエちゃんはなぜか嬉しそうに微笑む。

「よかった…アラジン単純だから、本命チョコを先に渡した女の子と付き合っちゃったかと思って」

「そうだよ、僕は単純さ。小学生のときから毎年欠かさずチョコをくれるゴンベエちゃんを僕が意識するのは当たり前でしょ?」

僕の言葉に頬を緩めるゴンベエちゃんがあまりに愛らしくて、気づくと彼女を抱きしめていた。右手だけ解放して俯く想い人の顎を掬うと、彼女は僕を制する。

せっかく両想いになったのに拒絶されたことにショックを受けつつ、人通りが少ないとはいえ公道ですることでもない。冷静に納得したものの、待ったをかけた理由は本命チョコを投げ入れたことへの謝罪だった。

「…ああ。そんなことは気にしてないから、早く目を瞑って」

"そんなことは気にしてない"と言って謝罪を退けてキスを迫るなんて、盛ってると思われたんじゃないか。僕は自分の発言を悔いたものの、ゴンベエちゃんはゆっくりと目を瞑る。その素直さも小学生の頃から変わらなくて可愛いと思いながら顔を近づけ、互いの前髪が触れたときだった。

「ねえ、ちょっと!あれアラジンじゃない?」

「…バカ、声を抑えろ」

聞き覚えしかない男女の声に、一瞬で僕はゴンベエちゃんから身体を離す。おそるおそる振り向けば、やはりそこには僕の両親。今日は二人とも帰りが早くなるとは聞いていたが、未遂に終わったとはいえキスを見られるなんて。

「もしかして…あなたがゴンベエちゃん?初めまして、アラジンの母のシバですっ」

穴があれば入りたい衝動に駆られるものの、お母さんがゴンベエちゃんに挨拶をすれば僕も腹を括らずにはいられない。

「お母様ですかっ…初めまして、ゴンベエ・ナナシノです。アラジンくんとは小学校から一緒で、今も同じ高」

「僕の可愛い彼女さ」

ゴンベエちゃんの肩を抱いて恋人として彼女を紹介すれば、ずっと娘を欲しがっていたお母さんは目に見えて興奮している。お父さんが簡単にゴンベエちゃんと挨拶を済ませるや否や、お母さんは彼女に連絡先の交換を迫っていて。

"彼氏の母親"に連絡先を聞かれて、断れる彼女はそういない。連絡先を交換するなり「今度二人でお茶しましょう!」と、お母さんは付き合いたてほやほやの彼氏を前にゴンベエちゃんに迫る。お父さんに諫められてようやくお母さんは大人しくなり、ゴンベエちゃんが自宅に入るのを確認してから僕たち親子は帰路に就いた。



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