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一と二【前編】(夏黄文)


「どうする?これで二週間だよ、黄文…」

「ああ。でもさ、権兵衛…」



ここは煌帝国・洛昌の禁城。皇族やその従者のみが立入可能な区域にある一室のテラスで、夜風に当たりながら彼とわたしは柵に身体を預けていた。

「"第一従者"の俺に、"第二従者"のおまえが指図すんじゃねー!」

「男のあんたの面子を立てて、"第二従者"で甘んじてあげてるだけだもん!真の"第一従者"は、姫様と同じ女のわたしなんだからっ!」

第八皇女・練紅玉様の第一従者・夏黄文と、第二従者・わたしの痴話喧嘩は日常茶飯事。室内にいても聞こえるわたしたちの声に、室内の従者たちが窓辺に集まる。

ある者は「また始まった」と肩をすくめ、別のある者は「誰か止めに行けよ」と周囲の肩を小突いていて。夜間のテラスで会話するなら声量を抑えるよう、やんわり第三従者に注意されれば、わたしも黄文もトーンダウンせざるを得ない。

「でも…姫様の現状に、第一も第二もないでしょう?」

「そうだな…」

世界地図の東側を統べる大帝国の内戦が終わったのは、たった二週間前だ。国を割った責任を取って、わたしたちの主が慕ってやまない"紅炎お兄様"が斬首刑に処せられたのは数日前。勝軍の将たる第四皇子は数日後に即位される予定で、現在は空位となっていた。

破れた西軍の一将軍である姫様や、その従者であるわたしたちは、お咎めなしに終わっている。それどころか、むしろ"内戦の調停の功労者"として、謀反の罪を我々は許されていた。

もっとも、"内戦の調停の功労"である東軍への翻意は、わたしたちの主・第八皇女の意思によるものではない。"七海連合"の長・シンドバッドが姫様を操ったのだ。"七海の覇王"を追って南国に滞在したとき、"ジン"で姫君に彼が魔法を仕込んでいた。

気づかぬうちに密偵としてシンドバッドに利用されたことと、自分の意思に反して皇子たちや部下を裏切ったこと。二重のショックに兄君たちの処刑も加わり、私室で紅玉様は塞ぎ込んでいる。

「あのとき姫様をわたしが止めていれば…!」

シンドリアで"七海の覇王"との手合わせを止めていれば、姫様に"ゼパル"は仕込まれなかった。そうすれば、内戦には別の結末が用意されていたかもしれない。別の未来に思いを馳せると、直前まで姫様のそばにいたのに制止できなかった自分を責めずにはいられなくて。何も紅玉様ばかりが責任を感じているわけではないのだ。

「…そんなこと言ってもさ、仕方ねえよ」

「仕方ないって何?黄文は責任を感じてないの?」

能天気なことを言う黄文に、思わずわたしはきつい言い方をしてしまう。わたしはともかく紅玉様が苦しんでいる今、何でそんなことを言えるのか。姫様のお気持ちを考えれば、わたしは涙ぐまずにいられないのに。

「…俺だって責任は感じてるに決まってるだろ。だからって、起きたことを嘆いても事態は好転しない」

「そうだね…ごめん」

黄文が責任を感じていないだなんて、わたしも思っていない。"第一従者"の肩書きを重視する黄文なら、むしろ"第二従者"のわたし以上に責任を感じているはず。普段ふざけ合っていても、練家に忠誠を誓う黄文がそういう人だというのは、誰よりもわたしがよく知っている。

「権兵衛が責任を感じるのはもっともだけど…姫君を守れなかった責任は、第一従者の俺のほうが大きいから」

やはり、わたしが思った通りを黄文は口にする。思考がわかりやすい第一従者に視線を向けると、彼と目が合う。大戦そのものや終戦後の戦地の処理などに奔走していたため、ここしばらくは黄文の顔をまじまじと見る暇なんてなくて。月明かりに照らされた黄文はやけに真剣で、思わずわたしは目を逸らしてしまう。

黄文とわたしは、紅玉様の従者に抜擢された当初からの腐れ縁。肩書きが近く年齢も一緒で、入城してから誰よりも多くの時間をともに過ごしてきた。

"恋人にしか見せない一面"を除けば、異性関係を含め何でも知っている。むしろ"恋人には見せられない一面"すら、二人だけの秘密として知っていて。黄文は"もう一人の自分"といっても過言ではなかった。



「あ…みんな、もう帰っちゃったみたい」

気づけば、室内にいたはずの同僚たちがいない。洛昌の街並に視線を向けて話していたわたしたちは、いつの間にか部屋の照明が落とされていたことに気づかなかった。

「…」

わたしの言葉に、なぜか第一従者は何も返してくれない。沈黙が続けば続くほど、妙に黄文を意識してしまう自分がいて。ただの腐れ縁でしかなく、異性として見たことなんてないのに。

とはいえ、わたしたちをただの腐れ縁と周囲は思っていなかった。事あるごとに「さっさとおまえらは結ばれろ」などと、色々な人から言われている。同僚たちなら小突きながらいなせるものの、たまに紅覇様までわたしたちの仲を茶化されるから心臓に悪い。

そのようなことを吹き込む兄君の影響か、近頃は紅玉様までわたしたちを気にかけていて。黄文に対してわたしとの関係をどのように問うているかはわからない。

しかし、黄文とわたしの話になると、まるでご友人と恋愛話をされるときのように大きな瞳を姫様はキラキラと輝かせる。友人の少ない姫様が悪意なく楽しんでいると思うと、下手にあしらえなかった。

だからといって、黄文とわたしの関係がどうなるわけではなくて。姫様の第一従者と第二従者、そして腐れ縁。それ以上でもそれ以下でもない。やけに第一従者に意識が集中することに気づいたわたしは、改めて自分にそう言い聞かせた。

「権兵衛」

今は黄文と二人きりと思っていたのに彼以外の声で突然名前を呼ばれ、びくりと肩が跳ねる。振り返ると、そこには先ほどまで室内にいた第三従者。彼はわたしたちの二歳年上だが、官吏登用は一年遅かった。年功序列を重んじる官吏の規律で第三従者となっただけで、本来なら第一従者に抜擢されておかしくない器だ。

黄文と違って女のわたしを下に見ないし、それどころか第三従者として第二従者を立ててくれる。"ヴィネア"の眷族にこそなっていないが姫様の従者きっての武闘派で、眷属器なしの戦いなら黄文も太刀打ちできない。

実を言えば異性として第三従者を意識したこともなくはないが、彼とどうにかなろうとは思っていなくて。それは入城した時点で、彼が既婚者だったからにすぎない。

「どうしたの…?」

「姫が権兵衛をお呼びだ。我々ではなく権兵衛をご指名らしい」

「姫様が?…じゃあ、行ってくるね」

第一従者でも第三従者でもなく第二従者をわざわざ呼びつけるということは、女性同士だからこその用件で呼ばれたと見ていいだろう。第三従者はもちろん、あの第一従者が文句一つ言わないのは、それをわかっているから。官服の柵に接した部分を軽く手で払い、わたしは姫様の元に向かった。



「もう黄文は帰っちゃったかな…」

誰もいない廊下で一人わたしはつぶやく。紅玉様の用件はたいしたことではなかった。わたしである必要性はなかったが、塞ぎ込んでボロボロの姿を見せるなら従者だろうと同性、ということらしい。姫様の御髪からは艶が失われていたし、内戦前に気合いを込めて塗った爪紅は新しく伸びた爪に押し上げられたまま。

おしゃれが大好きな姫様にとって非常事態なのは一目瞭然で。少しでも姫様が元気になるよう爪紅を塗り直してきた結果、思ったより時間がかかってしまった。先ほどまで黄文と過ごした部屋に戻ると、テラスには見慣れた黄色い背中。第三従者の姿はない。

「黄文」

テラスに足を踏み入れたわたしが呼ぶと、びくりと黄文も肩を震わせた。第一従者の右側からは、細い煙がたなびいている。振り返った黄文は、煙を隠すように両手を後ろに回した。しかし、もくもくと頭上を漂う煙は誤魔化せていない。

「あっ、権兵衛。…姫君は?」

「黄文が心配するほどのことじゃなかったから安心して」

第三従者は戻ったのかと問えば、姫様の元にわたしが向かってすぐ彼も退室したと第一従者は答える。短く相槌を打つと「あいつが気になるのか?」と黄文が尋ねた。

「そんなんじゃないよ。それより…」

煙の正体を指摘すれば、なぜか罰の悪そうな顔を黄文は浮かべる。そして、短く葉巻と第一従者は答えた。

「葉巻?煙草じゃなくて?」

鼻に神経を集中させれば、微かにヤニの匂いがする。煙草や葉巻を嗜む黄文なんて、わたしは知らなかった。黄文がくゆらす葉巻から漂う煙のような靄が、わたしの心に広がっていく。

城内にはヘビースモーカーもいるが、彼らと違って黄文は歯茎まで真っ黄色なわけではない。むしろ姫様の第一従者としての見られ方を気にしているからか、口周りは綺麗な方だとわたしは思っていた。

どちらかに恋人ができれば任務外では距離を置き、二人ともフリーになれば距離を縮める、を繰り返してきたわたしたち。揃って恋人不在のここ数年は公私ともに二人で過ごすことも多く、少なくとも第一従者のことなら何でも知っている気でいた。自分の知らない黄文を目の当たりにしたわたしは、無意識のうちに探りを入れる。

「黄文って…葉巻吸わないよね?もしかして、今好きな人の影響?」

「頻度と量を抑えているだけで、吸うのは昔から。ただ…姫君や女のおまえの前では吸わなかっただけ」

適当な返事をしつつ、黄文らしくない言葉選びにわたしは反応した。"姫君やおまえ"ならまだしも、わたしだけ性別を強調される理由がわからない。たかが葉巻であり、葉巻を嗜む女性だっているわけで。殊にわたしを女性扱いする必要はないはずだ。

「ほら、その…あれだよ」

詳細の説明をわたしが求めると、わたしに背を向けた黄文はもにょもにょと口を濁す。それではわからないとわたしが言えば、「察しろよ」と言いつつも背を向けたまま黄文は説明してくれた。

「いつか子供を産むかもしれない身体に…悪影響があったら困るだろ?」

「えっ…子供?」

まさか第一従者にそんな心配をされるなどとつゆも思わなかったわたしは、呆気に取られてしまう。「武人なんだからこれくらい運べるよな?」なんて言われるのは常。

レーム貴族が当たり前に行う"レディーファースト"とやらを第一従者がしてくれたことなど、たったの一度もなかったのに。唐突な女性扱いを察しろなんて、今までの関係性を鑑みれば不可能にもほどがある。

「それは男性だって一緒でしょう?いずれ父親になるつもりなら、妊娠しないからって葉巻なんてよくないよ」

反発の代わりに、黄文は葉巻を咥えた。第一従者の口から吐き出された煙は、ゆらゆらと夜に浮かんでは消えていく。

以前から葉巻を嗜んでいたのは本当のようで。テラスの小さな灯りに照らされ煙をくゆらせる黄文は、やけに様になっていた。白い煙を見上げていたわたしの視線はだんだん落ちて、気づけば少し厚めの唇に到達する。ぼんやりと一点を見つめていれば、わたしの視線に気づいた黄文が葉巻から口を離した。

「な、なんだよ。そんなにまじまじと見るな」

「…ねえ、一本吸ってみたい」



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