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エプロンの君【前編】(練白龍)


「権兵衛の王子様、超イケメンじゃん!芸能人みたい」

「こんな田舎町のケーキ屋にあんなイケメンがいるなんて、誰も思わないよね〜」



権兵衛と二人の友人がいるのは、とある住宅街の小さなケーキ屋。店外を眺められるように設置されたカウンターのイートインスペースに、ケーキを注文した三人は腰を下ろす。

三人の目当ては、この店で働く従業員・練白龍。高等部に進学してもなお男っ気皆無だった権兵衛に、ようやく春が来るらしい。そう聞きつけた友人二人は、権兵衛が慕う"白龍くん"を一目見ようと彼女に同行していた。

「まだ"エプロンの君"とLINE交換してないの?LINE断られたら、インスタ聞きなよ〜」

「その呼び方やめて!そんなダッサいの、本人に聞こえたらどうすんの?」

「権兵衛さん、今日はお友達と来てくださったんですね」

友人二人に啖呵を切る権兵衛に声をかけたのは、水の入ったグラスとおしぼりをトレイに乗せた白龍。客の左側からグラスと使い捨てのおしぼりを置く白龍に、権兵衛はもちろん、友人たちも声を失う。

ミーハーな女子高生を黙らせるには十分すぎるほど、白龍の顔は整っている。先ほど友人が口にした"田舎町のケーキ屋には不相応"との表現は、的を得ていた。

「は、はい…」

首まで真っ赤にして弱々しい声で返す権兵衛に、先ほどまでの威勢はない。からかう気満々で権兵衛に帯同した二人の友人も、彼女の慕う"エプロンの君"がこれほど美形とは思っていなくて。顔の左側にある火傷痕も、その造形美の前には気にならない。

ただでさえ異性に免疫のない権兵衛が惚れるのも無理はない、と友人たちが顔を見合わせていれば、店の扉の開閉に応じてカウベルが鳴る。入店した客を一瞥するなり、三人に会釈した白龍は駆け足でカウンターに戻った。

権兵衛たちが来店した時点で、店頭にいたのは白龍を含めて二人の男性従業員。しかし、いつの間にか店頭からもう一人は姿を消している。

「白龍ちゃん!今日からの新作タルト、早速食べにきたのよぉ」

来客は権兵衛たちと同年代の女性だった。リボンのように赤い髪を結い上げた女性の制服は、都内有数のお金持ち学校のもの。幼稚園から大学までエスカレーター式の学校は、大企業の経営者や有名人の子息がこぞって通うことで有名だ。

「おうちで白龍ちゃんがお写真を見せてくれたパイも、二つお持ち帰りするわぁ」

背中越しに聞こえる女性のはしゃぎ声に、三人組は聞き耳を立てる。"白龍ちゃん"と親しげに呼ぶだけでなく、女性の口から"おうち"という単語が飛び出せば、両端の二人は中央に座る友の肩を抱いた。

「あーあ、あれは彼女確定だね。ドンマイ、権兵衛」

「実家が太くて可愛い彼女か〜。非の打ち所のない美男美女でお似合いって感じ」

"芸能人みたいなイケメン"と友人が絶賛する白龍に、彼女がいるのは当然。覚悟はしていたものの、実際に恋人を目の当たりにして、予想外に大きなショックを受ける自分に権兵衛は気づく。

出会いは偶然で、初めてこの店に来てから二月も経っていない。それにもかかわらず、本気で白龍を好きになっていたことに、権兵衛自身が驚きを隠せなかった。

三十分後。失意のどん底のなか、店を出る前に空き皿とグラスを一つのトレイに三人組はまとめる。白龍の恋人と同じ新作タルトを権兵衛も頼んだが、一切味を感じなかった。

いつもはキラキラ輝いて見えるケーキ屋の内装も、今日の権兵衛にはセピア色で。返却口までトレイを権兵衛が持って行こうとすれば、慌てた様子で白龍が駆け寄る。

「権兵衛さん、僕が片づけますから!お友達も権兵衛さんも、また来てくださいね」

いつもと変わらぬ笑顔を見せる白龍に、力なく権兵衛は頷いた。告白もできずに失恋した相手の顔なんて見たくなかったものの、無視するわけにはいかなくて。

白龍の笑顔に視線を向けてしまえば、接客用の笑顔だとわかっていても自分の気持ちを権兵衛は痛感せずにいられない。ため息をつく常連客を心配そうに見つめる白龍の視線に気づかないまま、ケーキ屋を三人はあとにした。



やけに元気のない権兵衛が頭を離れないものの、店頭のドアが閉まるのを確認した白龍は仕事に戻る。先ほどまで三人組がいた席の拭き掃除をしていると、足下にキラリと光る物が白龍の視界に入った。

腰を屈めた白龍が拾ったのは、校章のバッヂ。さすがに校章だけでは、高校の名前を特定できそうにない。しかし、権兵衛が通う高校を知らない白龍にとって、校章のバッヂは大きな手掛かりになった。

権兵衛と同じ高校二年生の白龍が通うのは、先ほど来店した一学年上の義姉・練紅玉と同じ私立高校。義姉と違って制服へのこだわりは一切ないし、他の兄姉もそこの卒業生だから、学校選びにおける自分の選択権なんて皆無に等しかったわけで。義父に敷かれたレールに乗る白龍は、他校の制服なんて気にしてこなかった。

このバッヂを落としたのが三人の誰かはわからないが、取りに戻ってくるかもしれない。そう思った白龍がレジ横の遺失物ボックスにバッヂをしまおうとすると、扉に付いたカウベルが再び鳴った。

「いらっしゃいま…姉さん」

「新作のタルト、今日からでしょう?それに、"権兵衛さん"が来ないかなと思って」

「やっ…やめてください!権兵衛さんなら、さっき帰りましたから!」

声を荒げてしまったと気づいた白龍は、視線だけで辺りを見渡す。店内の客は目の前にいる一人だけと気づけば、そっと白龍は胸をなでおろした。

実姉・練白瑛に権兵衛の存在を知られたのは、先月のこと。試験期間中にリビングでうたた寝したとき、寝言で気になる女性の名前をうっかり口にしたらしい。それを通りがかりの白瑛が耳にしてしまい、起床後の白龍は質問攻めにあった。姉の追及に折れた白龍は、渋々権兵衛のことを話したのだ。

「そうなの?残念。タルトは二つくださいね、青舜といただきますから」

「…冷やかしはやめてください。それより、姉さんを放って、青舜は何をしているんです?」

李青舜は、白瑛専属のボディガード。誰もが知る大企業・煌々商事の創業者一族に生まれたため、兄姉たちには幼少期からボディガードがついている。もっとも、訳あって白龍にはボディガードがいない。

「青舜はデートです」

「デート?一人で姉さんを歩かせて、あいつはデートですって?なんてやつだ!知っていたなら、なぜ早く俺に言わないんです?知っていれば今日のバイトも代わってもらったし、一人で歩かせるような真似はしないのに…」

レジを操作しながら姉の護衛への文句を口にした白龍が視線を上げると、白瑛の背後に客がもう一人。権兵衛だ。両膝に手をついて息を切らせる権兵衛に、先ほどの校章バッヂを白龍は思い出す。

「これ…権兵衛さんの忘れ物でしたか?」

先ほど遺失物ボックスにしまったバッヂを手のひらに乗せて権兵衛に見せれば、彼女は目を大きく開いた。

「これです!この前も失くして、買い直したばかりで…」

白龍の右手からバッヂを受け取って短く頭を下げた権兵衛は、店員から視線を逸らしたままそそくさと店を出る。このとき、ちらりと自身を一瞥した権兵衛の視線を、白瑛は見逃さなかった。

権兵衛を追いかけてきたのか、店先には彼女と同じセーラー服を纏った友人たち。二人は窓から店内を覗き、何かに興奮している様子だ。

「あの子が"権兵衛さん"ですか?可愛らしい子ですね、白龍が好きになるのもわかります」

「ですからっ、家の外でその話は…!」

姉を諌めようと強めかけた白龍の語気は、視界に権兵衛が入った途端に弱くなった。窓の外で、なぜか権兵衛が泣いていたから。



「あれ?権兵衛、またバッヂ失くしたの?」

「えっ…」

約十五分前。校章バッヂの紛失に権兵衛が気づいたのは、ケーキ屋を出て坂を下ったところで信号を待っていたとき。慌ててセーラー服の左ポケットに右手を這わせたものの、そこに金属の質感は感じられない。

権兵衛の学校では、校章バッヂの着用が校則で定められている。実は先月も、バッヂを権兵衛は紛失していた。遺失物は見つからず、月一回の服装検査に入学以来初めて引っかかったのだ。

無駄に高額な校章バッヂを再購入させられ、財布は大打撃。インスタで一目惚れして発売日までカウントダウンしていた限定コスメも、予定外の出費のせいで泣く泣く諦めた。

また失くして見つからなければ、しばらく白龍の働くケーキ屋に行けなくなってしまう。次の目的地である駅に先に行くよう友達に告げ、返事を待たずに権兵衛は来た道を引き返した。

失くしたバッヂを探しにまず権兵衛が戻ったのは、白龍の働くケーキ屋。幸運にも白龍が預かっていたようで、ケーキ屋で遺失物は見つかった。

本来なら安堵感に包まれていたはずなのに、校章バッヂを手にした権兵衛を包むのは不安。再入店したときに白龍と親しげに会話していた女性が、どうしても気になってしまう。"シフトを変えてでも一緒にいたかった"と解釈できる白龍の発言に、権兵衛の頭は真っ白になった。

青みがかった黒のストレートヘアは、ヘアケア商品のCMでしか見ないような艶を纏っていて。その女性が美人であることは、後ろ姿だけでもよくわかる。

気が動転していた権兵衛は、バッヂを白龍から受け取って、目を合わせずお礼も言わずにケーキ屋を飛び出してしまった。すれ違い様に一瞥した女性は、後ろ姿から想像していた以上の美人。最初から白龍は、自分なんか住む世界の違う男性だった。あまりの美しさに、そう権兵衛は思い知らされる。

自分を追いかけてきた友人と店先で合流すれば、後悔や諦めが一気に押し寄せて、涙が止まらなくなった。

「確かにあの女の人めっちゃ美人!というか、まじ女神!モデルか何かでしょ?あの顔にあの胸がついていたら、絶対に芸能事務所が放っとかないよ」

「自宅に呼んでいる可愛い系彼女に、ナイスバディの美形お姉さん。あれだけ顔がよければ、"エプロンの君"も遊び放題だよね〜」

店内の美男美女を窓越しに観察しながら、権兵衛の友達は好き勝手に言う。

「はっ…白龍くんを悪く言わないで!そんな人じゃないもん…」

権兵衛が知る白龍は、決して女性で遊んでいるような人ではない。とはいえ、少し前に居合わせた名門校の女子高生からも「おうちで白龍ちゃんが」と、ただならぬ関係を示唆する言葉が飛び出していて。友達の言うような遊び人の可能性も、心のどこかで権兵衛は否定できずにいた。



「そんなに気になるなら、白龍が会いに行けばいいじゃないですか」

その日の晩。店外に出てすぐ権兵衛が涙するなんて、自分が何かしたに違いない。そう感じた白龍が姉に愚痴をこぼせば、会いに行けばいいなどと、いとも簡単に白瑛は口にする。店の外で泣きじゃくっていた権兵衛に、弟の視線を追った白瑛も気づいていた。

「会いに行くって…どうやって?俺のバイト先以外で権兵衛さんとの接点はないんですよ」

「今まではそうだったかもしれませんが、制服で高校くらいわかるでしょう?」

姉の発言に、盲点だったと白龍は返す。とはいえ、次の瞬間には白龍の口から大きなため息が漏れていた。

「制服なんて見ていません。…女子と違って、制服に俺は興味ないんですから。ブレザーならまだしも、セーラー服なんてどこも同じじゃないですか」

そうは言ったものの、思いの外鮮明に権兵衛の制服姿を覚えている自分に白龍は気づく。今まで来店したとき、ほとんど権兵衛は私服姿で。権兵衛の制服姿を見たのは、初めて会った日以来だった。

「それに…制服がわかったところで、彼女の通う高校なんてわかりませんよ」

「あなたが知らないからって、私が知らないとでも?」

そう言って口角を上げる白瑛は、制服を見た瞬間に権兵衛の通う高校がわかったという。不敵な笑みを浮かべる姉は、右手のスマートフォンをしばらく操作してから画面を弟に向けた。

「この高校です」

白瑛のスマホ画面に表示されていたのは、とある私立校。トップページの写真で微笑む女子生徒の制服は、確かに権兵衛が着ていたものと同じに見える。名前からして中高一貫校のようだが、白龍はその高校の名を知らなかった。

もっとも、大学までエスカレーター式の学校で幼稚園から過ごしている白龍にとって、それは至極当然。テレビや雑誌で取り上げられるような全国区の進学校やスポーツの名門でもない限り、よその学校に白龍が関心を抱くことはない。

「…でも、制服で高校を特定するなんて、ストーカーじみていますよ」

「そこまで白龍が言うなら仕方ないですね。でも…そうこうしているうちに、"権兵衛さん"と彼女の同級生がお付き合いを始めてもいいんですね?」

そう返す白瑛は平然を装っているが、口元はニタニタしている。姉の表情に違和感を覚えたものの、望まないほうに想像力を掻き立てられてしまえば、あとに引けなくなっている自分に白龍は気づく。知らなければ"どこの高校だろう"くらいで済んだのに、学校名が割れてしまえば、場所だってすぐにわかるわけで。

「…今日は金曜日ですし、時間はあります。土日で協力できることがあったら何でも言ってくださいね」

ニタニタする口元を左手で覆いながら、弟の部屋を白瑛はあとにした。



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