毒薬 -Love is a Poison...-(ジャーファル) | ナノ


一月(077)


「マスルール様、妹いたの?」

「…妹じゃないっす」



バルバッドから帰国したマスルール様と、食堂で一月ぶりの再会を果たす。ジャーファルとの食事中に、女の子を連れたマスルール様がやってきた。マスルール様と彼女は、赤い髪と特徴的な目元がよく似ている。

「会うのは初めて?彼女はモルジアナ。食客として、今は緑射塔で匿ってるんです」

マスルール様に似ている理由は、彼女もファナリスだからと説明された。"モルジアナ"と紹介された彼女と目が合えば、わたしに彼女は頭を下げる。わたしもまた、彼女に頭を下げ返す。

「モルジアナ、彼女はゴンベエ。この王宮で副料理長として働いてます」

「それと、さっき言ったジャーファルさんの…」

そう言って、左手の小指をマスルール様が立てた。彼の指をすぐに畳ませようとジャーファルが奮闘するものの、びくともしない。小指とはいえ、ファナリスの屈強さを目の当たりにする。わたしたちの関係を理解した彼女は、「お邪魔でしたか?」とわたしに問う。

「とんでもない!せっかく会えたんだから、一緒に食べましょう」



「ゴンベエに言い忘れてたけど、モルジアナ以外にも2人、バルバッドから食客として匿うことになりました」

"モルジアナ"改め"モルちゃん"とマスルール様と別れたあと、政務室で働く国王の元に向かう。午前中の料理長は何も仰らなかったが、モルちゃんたち食客の食事は、彼らの部屋に運ばれるらしい。

しかし、バルバッドで親友を亡くしたモルちゃんを除く2人は、ショックからまともに食事に手をつけていないそうだ。それどころか、部屋からも出ていないという。

「…大切な人を亡くしたら、食事なんてしばらく喉が通らないよね」

わたしの言葉に、ジャーファルは頷く。彼と話すうちに政務室に着き、部屋の主が扉を開けた。

「ゴンベエ、もう身体は大丈夫か?」

「ええ。国王こそ、ご無事で何よりです」

国王との再会を喜びつつ、適当なところにわたしは腰を下ろす。その間に、ジャーファルの淹れてくれたコーヒーにわたしは口をつけた。

「もうモルジアナには会ったか?」

「はい。最初はマスルール様の妹かと思いました」

モルちゃんのことしか尋ねないあたり、残りの2人は依然として部屋に閉じ籠っているのだろう。彼らのことも知りたかったが、わたしの食中毒を国王が深掘りするうちに、わたしの疑問は頭から消え去った。

「ジャーファルや国王にも、ご心配おかけしました。明日からは通常業務に戻ります」

コーヒーを飲み終えてから、わたしは席を立った。もっとゆっくりしていけばいいのに、と仰るのは国王。しかし、政務室に国王がいる意味を理解する以上、彼らの邪魔をするわけにはいかなかった。

「他の八人将たちにも心配かけたから、会いに行きたいんです。ジャーファル、コーヒーごちそうさま」



「アバレオトシゴ?もらっていいの?」

ヒナホホさんのところに行くと、国王たちに先駆けて帰国していたキキリクくんたちと再会。わたしへのお土産と言って、アバレオトシゴの燻製を彼らは手渡した。

「ヒナホホさん。こんなに立派なアバレオトシゴ、わたしがいただいていいんですか?」

念のため彼らの保護者にも尋ねると、ヒナホホさんは満面の笑みを浮かべる。ヒナホホさんの言葉を待つわたしに、横からピピリカちゃんが口を出した。

「これはラメトト首長からなんだよ。ゴンベエちゃんに教えてもらった料理をイムチャックで作ったら、父様も首長も大喜びだったって」

ね、とピピリカちゃんが目配せをした先で、キキリクくんが頷く。

「だから、ゴンベエお姉ちゃんがもらってよ」

彼の言葉に、謝意を伝えたわたしはアバレオトシゴの燻製を両手で抱きしめた。



「さすがに今日は体調を優先するよ。また誘って」

「ううん、ゴンベエちゃんが元気そうでよかった。早く治してね!」

「お大事にな」

酒への小言がうるさいジャーファルを欠いた一月、夜番以外は毎日のように夜の市街地を飲み歩いた。今日はヤムちゃんとスパルトス様から誘われたが、まだ酒を飲むには体調が優れないので泣く泣く断る。

「ゴンベエちゃーん!」

スパルトス様たちと銀蠍塔の廊下で別れたあと、窓の外から名前を呼ばれた。窓の外に顔を出せば、ロック鳥に乗ったピスティちゃんとシャルルカン様。

「2人とも、これから商船警護なんでしょう?」

ヤムちゃんから聞いたことを、そのまま口にする。夜警の商船警護だと酒を飲めないため、二人ともテンションが低い。

「そうなんだよ…。また今度飲もうな!」

そう微笑んだ2人は、ロック鳥で遠くに飛んで行った。



「珍しいね、わたしの部屋に来るなんて」

早めの就寝準備をする部屋に響いたのは、外から扉を叩く音。扉を開けると、昼間の政務室以来の恋人がいた。

「バルバッド滞在中に溜まってた仕事はいいの?」

コーヒーではなくカフェオレを淹れ、2人でソファーに腰を下ろす。ジャーファルの回答は、"あとは国王が調印するだけ"。

「それなのに…逃げやがったんですよ」

帰国早々に仕事を放棄した国王に、政務官は怒りを隠さない。普段国王の相手をするシャルルカン様やピスティちゃんは商船警護で、マスルール様はモルちゃんにつきっきり、わたしは体調不良。ヤムちゃんたちを捕まえたか、1人で市街地探索のどちらかに違いない。

「国王が逃げなければ、仕事終わりのジャーファルが来てもわたしは寝てたよ」

「だから今日は国王に感謝だね」と言って、半分カフェオレの残るマグカップを置いた。わたしがマグカップを置くのを見計らったように、ジャーファルはわたしと唇を重ねる。

「…一月前に港で別れてから、ずっとこうしたかった」

すぐに離れたかと思うと、黒目がちな瞳がわたしを捉えた。2人に隙間ができたとはいえ、視界はジャーファルでいっぱい。口を動かせば、唇が触れそうになる。言いたいことを言うと、ジャーファルは再びわたしの口を塞いだ。

今度は深く、何度も何度も角度を変える。一月ぶりの感覚に酔いしれてるうちに、いつの間にかソファーの上で組み敷かれていた。それに気づくと、途端にわたしの頭は冷静さを取り戻す。

「…待って。今日はまだ、完治してないから嫌だ」

肩で息をしながら、わたしは答えた。わたしの想像以上に、"嫌だ"にジャーファルは強い反応を見せる。

「わたし以外に食中毒が広がらないように、せっかく医務官たちが努力してくれたんだから…ね?」

そう言って、ジャーファルの首に両腕を回す。隔離措置が解除されただけで、まだ食中毒から完全に回復したわけじゃない。完治していない以上、本当はキスも避けたかった。わたしの言葉に、ゆっくりと彼は身体を起こす。

「ごめんね、ゴンベエ。自分のことしか考えてなくて」

自身の身なりを整えながら、ジャーファルは謝意を示す。申し訳なさからか、そそくさと部屋を出ようとするジャーファル。

「待って、ジャーファル。…行かないで!」

紫獅塔の廊下で、ジャーファルを後ろから抱き止めた。

「…わたしだって、一月ずっとジャーファルを待ってた。わたしのせいで今日はごめんね、早く治すから」

そう彼に伝え、わたしは腕を解く。一度だけ振り返ったジャーファルと、目が合う。短く視線を絡ませたあと、無言で身体を正面に戻して互いの部屋に戻った。



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