毒薬 -Love is a Poison...-(ジャーファル) | ナノ


落雷(番外編)


それが起きたのは、珍しくシンドリアに雨が降った日の午後。

昼間はまだ晴天で、建設中の居住地区の視察をジャーファルに提案される。午後の予定が決まった俺は、森で一番大きな木の陰で昼寝をしていた。

しばらくして、葉の間を縫って頬を刺激する雨粒に俺は起こされた。瞼をこじ開けると、視界いっぱいに見えるのは俺を探しに来たジャーファル。

もたれかかる木の幹に政務官が手をかけたとき、突然大きな雷が落ちる。俺たちのいた木を雷が直撃し、ジャーファルと俺は気を失った。

雷に打たれただけで済めば、どれだけよかっただろう。落雷の衝撃で倒れた俺たちの第一発見者は、マスルール。彼に担がれた先の医務室で目を覚ましたとき、それに俺たちは気づく。

ジャーファルと俺の中身が入れ替わっていた!



目が覚めると、ゴンベエが俺の顔を覗き込む。

「ジャーファル、大丈夫?」

「え?なに言ってるの、ゴンベエ…」

心配したと俺に抱きつくゴンベエは、とても冗談を言っていると思えない。困惑する俺を一瞥すると、医務長を呼ぶと言って、寝台のそばをゴンベエは離れた。

いつもに比べて腕がやけに重く、違和感を覚える。気になって両腕に目をやると、受け入れがたい現実を突きつけられた。

左右の腕には、縄票がついている。長年俺に忠誠を誓う従者の物だと気づくには、時間はかからなかった。

疑問を確信に変えるため、首元と耳に手を伸ばす。やはり、本来あるはずの首飾りとピアスがそこにはなかった。

「お目覚めですか、ジャーファル様」

現れた医務長に、"シンドバッド"の状態を尋ねる。「シンドバッド王なら、まだ眠られています」と医務長は答えた。

俺の元を"シンドバッド"が尋ねたのは、それから約10分後のこと。

「!」

「!」

"シンドバッド"は、俺の姿を見て驚愕しているようだ。もっとも、それは俺自身も同じ。本来見えるはずのない自分が、目の前にいるのだから。俺に駆け寄った彼は、俺にしか聞こえない声で確認する。

「シン、もしかして私たち…」

「ああ、中身が入れ替わったようだな」

検査を受けて身体に異常がないのを確認したあと、八人将とゴンベエを政務室に"シンドバッド"が呼んだ。



「そんなこと…ありえるんですか?」

"シンドバッド"であるジャーファルの口から事実を告げると、魔法でも不可能だとヤムライハは言う。10年以上前からともに行動し、数々の修羅場を乗り越えたドラコーンやヒナホホさえ、理解不能といった表情を浮かべる。

「本当に、中身はジャーファルなの…?」

"シンドバッド"たるジャーファルに駆け寄るのは、ジャーファルの恋人・ゴンベエ。ジャーファルの様子をゴンベエは窺うが、しばらくして血相を変えた彼が俺に近づく。

「シン。あんた、普段からゴンベエにこんな風に見つめられてるんですか…?」

わけがわからないまま、ジャーファルに首根っこを掴まれる。自分自身に首根っこを掴まれるなど、運命の見える俺とて想像できなかった。

「ちょっと。国王…じゃなくてジャーファル、落ち着いて」

まだ事態を理解できていないゴンベエが、俺たちの間に入った。ジャーファルの視線だと、ゴンベエの顔が近いと感じる。政務官と俺で11cm違う身長が原因だと気づくのは、あっという間だった。

ジャーファルに視線を向けたゴンベエは、恋人しか知らないことを口にするよう頼む。俺が知らないことを聞き、中身が入れ替わった確信を得たいのだろう。

彼女の耳元でジャーファルが何かを囁くと、ゴンベエは瞳孔を大きく開いた。

「本当にジャーファルだ…。見た目は国王なのに」

そう言うゴンベエをジャーファルが抱き寄せると、八人将が悲鳴をあげる。端から見れば、ゴンベエを"シンドバッド"が抱きしめているからだ。本物のシンドバッドである俺ですら、その光景に違和感を覚えた。



ジャーファルと俺が元通りになるまでの期間は読めない。互いの仕事上黙っているのは難しく、八人将直属の戦闘部隊とジャーファル直属の文官にだけ、事実を伝えた。もちろん、箝口令を敷いたうえで。

最初は彼らも冗談だと思ったようだ。しかし、俺の姿で的確に仕事の指示をするジャーファルを見て、中身の入れ替わりを信じてもらった。

20kg近く軽いジャーファルの身体だと、素早く動ける。若いから、王宮の地下から上層階に駆けても息切れしない。王の威厳に欠ける色白肌と童顔は、デメリット。なにより困るのは、自由に女性と情交を結べないこと。

シンドリアの色街で評判の女性と、今夜は約束していた。ジャーファルのことだ、理由をつけて彼女を部屋から追い払うだろう。彼女はシャルルカンのお気に入りで、忙しいなか相手をしてもらう予定だった。しかし、事情が事情なので仕方ない。

ジャーファルの身体で色街に行くのも考えたが、本人に殺されかねない。最低な発想として、政務官の外見ならゴンベエを抱けるのではないかと閃く。もちろんゴンベエは嫌がるだろう。何より、人生で"今日死ぬ"と感じたことのない俺でも、ゴンベエを抱けば明日が命日になるのは目に見えた。

「早く元に戻らないかな…」



ジャーファルと身体が入れ替わって1週間。政務官の身体にも慣れてきたが、まだ違和感は残っていた。

「王サマと晩酌してるのに見た目がジャーファルさんなんて、違和感しかないですね!」

シャルルカンとスパルトス、ヤムライハにピスティと5人で、シャルルカンの部屋で酒盛りをしている。本当は市街地に出る予定だったが、あいにくの雨で王宮内にとどまった。

ジャーファルの姿で粗相をすればどうなるかは、俺自身が一番よく知っている。この悪天候のなか、マスルールは商船警護で外出中だ。

「シンドバッド様は、もうジャーファルさんに慣れましたか?」

「だいたいな。シャルルカンとスパルトスに見下ろされるのだけは、どうも不思議でまだ慣れないんだ」

彼ら2人より低身長なジャーファルの身体。今まで俺が見下ろす立場だったのに、今は彼らに見下ろされている。幼少期から彼らを知る俺は、2人に見下ろされる日が来るとはつゆも思わなかった。

「王よ、飲み過ぎです。身体はジャーファルさんなんですから!ゴンベエちゃんに怒られますよ」

「大丈夫だって」

酒席が始まって数時間経過し、日付が変わろうとする時間帯。ふと思い立ち、ヤムライハに抱きついてみる。

こんなことをしても、身体はジャーファル。普段はすぐに俺を引きはがすヤムライハも、彼女に気のあるシャルルカンも、俺に何もできない。俺は"ジャーファル"だから。

「…っ、離してください。王の変態!」

「あっ、ゴンベエ殿」

スパルトスの言葉に、思わず身体をヤムライハから離す。しかし、背後にゴンベエの姿はない。酔った頭を少し回転させ、それがスパルトスの策略だと俺は気づいた。

「スパちゃん、シンドバッド様を騙すなんて悪い子だ〜!」

彼に感謝する2人を尻目に、スパルトスをピスティがからかう。そうだそうだ!と言いつつ、今度はピスティにも抱きついてみた。ヤムライハと異なり、拒否反応をピスティは示さない。

「いくらシンドバッド様だとわかってても、外見はジャーファルさんですからね。ゴンベエちゃんが来たら、本当に怖いな…」

ピスティがそう言ったとき、王宮に大きな雷が命中する。大きな落雷の音に驚いたピスティは、きつく俺に抱きつく。彼女を支えようとしたものの、激しい眩暈が俺を襲う。蜂蜜酒のグラスを手にしたまま、シャルルカンの部屋の床に俺は崩れた。



目を覚ますと、先ほどまでの心地よい酔いが一切感じられない。遠くないどこかで、「ジャーファルさんが目を覚ました」と叫ぶ声がする。声の主は、ピピリカだ。

「ジャーファル、大丈夫?」

ピピリカや文官たちを掻き分けたゴンベエが、そっと俺を抱きしめた。視界に右手をかざすと、"ヴェパール"と"ゼパル"の指輪。

「元に戻った!」

そう叫ぶと、周囲の者たちが俺に押し寄せた。俺たち2人しか知らないことを話すよう、ゴンベエは要求する。少し考えたあと俺がつぶやいたのは、先日2人で購入した水瓶の隠し場所だった。

「本当に国王だ…!戻ったんですね…!」

よかった、と笑みを浮かべたのも束の間。俺を抱きしめる腕を緩めたゴンベエは、目の前の俺より恋人を心配しはじめた。先ほどまでの居場所を問われ、シャルルカンの部屋でしこたま酒を飲んだ旨をゴンベエに話す。

「ジャーファルの身体で、なんてことを…!」

激怒したゴンベエは、俺に掴みかかって平手を食らわせようとする。ピピリカが間に入って俺を守る間に、政務室からゴンベエは姿を消した。

「明日にでも、ジャーファルさんに謝りに行くべきですね」

呆れるピピリカの言う通り、翌朝にはジャーファルの部屋で謝罪する。寝台にへばりついて顔を青くする政務官に、こってり絞られたのは言うまでもない。



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