毒薬 -Love is a Poison...-(ジャーファル) | ナノ


余興(062)


「もうやめなさああああい!」



先ほどから、宴では我が国の政務官の怒号が響き渡っている。この国の王宮副料理長で彼の恋人・ゴンベエの退院を祝う宴の最中だ。開宴から数時間が経ち、酔いの回った若手八人将たちは、"余興"と称した政務官いじりに興じている。

「それでね、こっそり私たちの話を聞いていたジャーファルさんが出てきて、こう言ったんですよ。"…猫は猫でも、泥棒猫でしたか"って」

仕草と声を真似たピスティの話に、見ている者はどっと沸く。

「ピスティ、おまえ話を盛ってんだろ!」

「残念ながら事実に忠実なんだよ。ねぇ、ヤム?」

同意を求められたヤムライハが頷くと、さらに笑いの渦が巻き起こる。宴の犠牲者である彼が否定しないのは、彼女たちの話が誇張されていない証拠だろう。

「…あんたたち、私に何の恨みがあるんですか?」

「恨みなんてありませんよ。でも、みんなが知らない"男・ジャーファルさん"を共有せねば、という使命感がですね」

「ふざけるな」と、ピスティの一言に彼は怒る。

「止めなくていいの?ジャーファルがかわいそうだよ」

小声で俺に話しかけたのは、彼の恋人で宴の主役。彼らの話には、昏睡中の出来事などゴンベエの知らないエピソードがあるようだ。そのため、"恋人がかわいそう"と言いつつ、楽しそうに本人は余興話に耳を傾けている。

新しい話を聞くたびに頬を緩める彼女には、面と向かってピスティたちを諫める気はなさそうだ。その証拠に、余興に沸く彼らと距離を取って、今もしっぽりと俺と2人で蜂蜜酒を嗜んでいる。

「ヤムは〜?さっき2人を呼びに行ったとき、何か見なかったの?どうせシンドバッド様がいなくなってから、2人でイチャイチャしてたんでしょ?」

キャーっと1人で盛り上がるピスティの大声に反応して、隣の彼女が席を立つ。「ゴンベエちゃんが反応するってことは、何かあったんだなァ」と彼女を指さすのは、立ちあがる彼女に真っ先に気づいたシャルルカン。

図星なのか、彼らを制止する言葉はゴンベエの口から出てこない。ゴンベエの顔が赤いのは、酒のせいではないはずだ。「早く言えよ」と捲し立てる若手八人将と、「言わないで」と表情で訴えるゴンベエ。ヤムライハは交互に視線を移す。

「ヤムライハ、やめなさい!私だけならともかく、ゴンベエまでからかう真似は…」

「確かにジャーファルさんは仕方ないけど、ゴンベエさんは…」

マスルールの一言に、「また今度ね」とヤムライハはその場を鎮めた。安堵の色を浮かべて着席したゴンベエは、蜂蜜酒の炭酸割を口にする。

「本当に言われたら恥ずかしいことでもしてたのか?」と俺が茶化せば、俺に視線を移すことなく強めにゴンベエが背中を叩いた。"国王と官職"ではなく、本当に"友達"として接してくれるのを、こういう反応で強く実感する。

「…いいなあ。あの国のウイスキーボンボンを、シン様は食べたんでしょう?」

酒を飲んだあと特有のとろんとした目で、ゴンベエはこちらを見つめる。ドラコーン夫妻とヒナホホ兄妹が席を外している今、長机で酒を嗜むのは俺たち2人だけ。若手八人将とジャーファルが遠くにいるのをいいことに、声量を抑えつつ俺にゴンベエはタメ口で話す。

わたしも食べたかったと零すゴンベエに、今度某国に行ったときはお土産に買うと伝えた。ぱっと表情を明るくしたゴンベエは、小声で俺に謝意を告げる。

「お土産には国費を使えないし、この宴のために酒を買い込んで私費もないんだ。…そうだ、ウイスキーボンボンを一つだけ買って、口移しで食べようか」

もちろん冗談のつもりだった。しかし、怒ることなく、茹でダコのようにゴンベエは顔を赤くする。"トランの民"にもらった酒を口移しで飲もうと言ったときは、顔を赤くしつつ即答でゴンベエは拒否した。反応の違いの理由を考えれば、結論に至るまで時間はかからない。

「もしかして、ジャーファルと口移しで」

「…やめて、それ以上言わないで!」

さらに頬を紅潮させて俺から目を逸らすゴンベエの様子から、完全に図星らしい。元々ゴンベエは思考が顔に出やすいとは思っていたが、今のはあまりにもわかりやすすぎた。わかったよ、と笑って蜂蜜酒の入ったグラスを回しながら、ロックアイスを俺は揺らす。顔の火照りを冷ますように、炭酸の抜けた蜂蜜酒にゴンベエも口をつけた。



「2人とも、あっちで騒げばいいのに」

子供たちを寝かしつけて戻ってきたヒナホホは、そう言って若手八人将を指す。政務官いじりを止めた彼らは、今度は彼に酒を飲ませている。

「せっかく解禁されたから、今日は騒ぐよりゆっくりお酒を飲みたくて。ヒナホホさんとピピリカちゃんも、今日は一緒に飲んでください!」

他の卓にあった蜂蜜酒の大樽をゴンベエが取りに行くと、ドラコーンとサヘルも戻ってきた。彼らの手には、市街地の飲食店の料理。配達された料理を受け取りに、王宮の入口まで彼らが出ていたようだ。

「これ、食べたかったんです!ドラコーン様もサヘルさんもありがとうございます」

湯気の立つ料理を確認するゴンベエは、本当に幸せそうな顔をする。店長に会ってお礼を言わなきゃと笑う彼女は、とても可愛らしい。

ゴンベエの笑顔を間近で見る俺に、ジャーファルが目を吊りあげてるのではないか。そう思い、緑のクーフィーヤに視線を送る。酔いが回ったのか、クーフィーヤを置いた彼は卓に突っ伏していた。

ピピリカとの話に花を咲かせるゴンベエに、政務官を指差す。酔い潰れた彼を見た彼女は慌ててジャーファルに駆け寄り、「わたしが連れて帰ります」と言う。

「ゴンベエちゃんが主役なんだから」とヤムライハが制止し、「私が連れていく」とスパルトスも申し出た。しかし、自分が行くと言ってゴンベエは聞かない。

ジャーファルをゴンベエが揺すると、「歩けますよ」と彼は言う。片手にクーフィーヤを持ち、反対側の肩でジャーファルを担ぐゴンベエは、重たい足取りで大広間を出た。

「スパルトス、マスルール」

2人には、ジャーファルとゴンベエを尾行するよう頼む。万が一ジャーファルが倒れて、ゴンベエ1人で起こせない場合に備えてのことだ。

距離を取ろうと大広間から廊下の2人を見ていたスパルトスとマスルールは、しばらく経ってもなぜか微動だにしない。

「おまえら、どうしたんだ?」

2人に声をかけるものの、一切反応せず2人は立っていた。しゃがみこんだ俺は、2人の身体の隙間から廊下の外を見る。そこには、「やっと二人きりになれた」と言ってゴンベエに抱きつくジャーファル。

「ジャーファル、酔ってるよ。廊下でこんなことして、誰かに見られたらどうするの?」

大広間を出てすぐジャーファルが抱きついたようで、大広間からでも2人の会話は聞き取れた。スパルトスとマスルールの隙間から話を聞く俺に続いて、シャルルカンやピスティたちも扉の近くに集まる。

あれだけ飲んでも頭が冷静なのは、さすがゴンベエ。2月ほど断酒していたにもかかわらず、相変わらずアルコール耐性は強いようだ。彼女の問いに答えず、ジャーファルは腕に力を込める。

「"ゴンベエと2人で酒を飲んだとき、目をトロンとさせて可愛かった。あれは男が放っておかない"って…前にシャルルカンが言ってました」

卓に突っ伏すほど酔っていたのに、突然淀みなく喋りだすジャーファル。ゴンベエだけでなく、室内から見守る全員が、彼の変化に驚いていた。

「…今日はその相手がシンでした。"男が放っておかない可愛い顔"を、私ではなくシンに見せるんですね」

「…もしかして、焼きもちやいてるの?」

彼女の問いに、耳を赤くしてジャーファルは頷く。「ゴンベエちゃんの前では、ジャーファルさんって甘えん坊なんだね!」と小声で言うのは、俺の横にいるピスティ。ジャーファル可愛い、と恋人を抱きしめ返すゴンベエに、「年下なんだから甘えてもいいでしょう?」と彼は返す。

「年下とか関係なく、いつ甘えてもいいんだよ」

そう言って、ジャーファルの頭をゴンベエが撫でる。彼の腕を解いて彼の指に自身の指を絡め、「部屋で水を飲んで今日は寝よう」とゴンベエは言う。繋がれていない手をゴンベエの背中に回したジャーファルは、特大の爆弾を投下した。

「…さっき私がしたように、今度はゴンベエが口移ししてくれるんでしょう?」

バカ!と大声を出したゴンベエは、彼の背中を叩く。そのままゴンベエに引っ張られるようにジャーファルが角を曲がると、2人は視界から消えた。先に事実を知った俺を除いて、2人の会話を聞いた全員が色めきたつ。

「ジャーファルさん、ゴンベエちゃんにすけべ心丸出しじゃん」

「ゴンベエちゃんもジャーファルさんも、すごくエッチだ…!」

普段からは想像できない政務官に、2人の尾行をすっかり忘れたスパルトスとマスルールがその場に立ち尽くしたのは言うまでもない。



ジャーファルを寝かせて宴に戻ったゴンベエは、恋人に続いて宴の餌食になる。今回は若手八人将どころか、ドラコーン夫婦にヒナホホ兄妹、俺もそこに加わった。"私だけならともかく、ゴンベエまでからかう真似は許さない"なんて言ってたジャーファルが、ゴンベエのからかわれる原因を作ってしまったようだ。

翌朝の始業時間ぴったりに仕事場に現れた政務官には、酔い潰れたあとの記憶がなかった。昨夜のことを俺が話せば、顔を彼は真っ青にする。朝議を放り出してゴンベエの部屋か厨房に向かおうとする彼をマスルールが制止するという、普段と真逆の姿が見られた。

廊下で投下された爆弾のせいで口移しを知られた、とただでさえ恋人に怒っていたゴンベエ。しかし、当該時刻の記憶を彼が失っていると知って、さらにゴンベエは怒り心頭。宴から1週間、ジャーファルが声をかけても業務連絡以外でゴンベエは口を利いてくれなかったという。



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