毒薬 -Love is a Poison...-(ジャーファル) | ナノ


恍惚(番外編)


1週間の視察でシンドリアを某国皇女が訪れ、今日で3日目。シンドバッド王と八人将総出で、皇女の森林視察に同行していた。

元々、ジャーファル殿との政略結婚を狙っていた皇女。しかし、実際の政務官を見て、彼に皇女は本気になったようだ。初日から、ジャーファル殿にぴたりと彼女はくっついている。

「皇女様、ジャーファルさんにべったりだね〜」

小声で隣のピスティが話しかけた。ジャーファル殿とシンドバッド王は、皇女に何かを説明中。私たちの私語など、気に留める様子はない。

「ゴンベエちゃん、昼番でよかったな」

シャルルカンの言葉に、若手八人将全員が同調した。私たち5人には、共通解釈がある。"王宮副料理長・ゴンベエ殿とジャーファル殿は両想い"というもの。

私たちが話しあって、満場一致で見解が揃うことはほぼない。しかし、この話題については、議論する間もなく意見が揃った。

物理的な距離の近さと、2人でいるときの幸せそうな雰囲気がその理由。ピスティ曰く、皇女謁見の前に2人が手を繋いでたらしい。大広間に皇女が来る直前で、演技にしては気合が入りすぎだ。

また、2人一緒にいるときは、2人揃ってすごく柔らかい表情をしていた。国の子供たちにも好かれるジャーファル殿がゴンベエ殿と接する表情は、子供たちへのそれとは違う。また、ジャーファル殿といるゴンベエ殿は、いつにも増してニコニコしている。

「さっさと付き合っちゃえばいいのにね」

ピスティが零す言葉に、若手八人将全員で頷いた。政務官への気持ちをゴンベエ殿に確認しても、本人は認めようとしない、とシャルルカン。

「"男と2人でゴンベエさんが市街地にいた"ってジャーファルさんに言ったら、すごい顔してましたよ」

衝撃的なマスルールのタレコミに、詳細をヤムライハが問うた。しかし、その目撃情報は嘘だ、と顔色一つ変えずにマスルールは言う。

「マスルール、おまえは…」

ファナリスの嘘に呆れた私たちに、早く来るようジャーファル殿から声がかかる。シンドバッド王と皇女に追いつくと、私たちの最も知りたいことを皇女が尋ねた。

「ジャーファル殿。婚約者のゴンベエ殿を先日ご紹介いただきましたが、彼女のどこをお慕いされているのでしょう?」

単刀直入な皇女の物言いに、シンドバッド王が真意を尋ねる。

「今回シンドリアを訪れて、貴殿への気持ちが本物になりました」

そう言って自身の左腕に絡みつく皇女に、困った顔をするジャーファル殿。視察で訪問中の国賓は、無下にはできない相手だ。ジャーファル殿が否定しないのをいいことに、皇女は自身の右手の指を政務官の左手の指に絡めていく。

「ゴンベエ殿のどこを貴殿がお慕いされるかがわかれば、私も諦められます」

「何でもいいから適当に言え」と、ジャーファル殿にシンドバッド王が視線で語りかける。身体を密着させられている現状をよしとしない政務官は、ゴンベエ殿について語りはじめた。

「料理上手なところ。私も人並みにはこなしますが、ゴンベエには敵いません」

誰でも言えそうなことで逃れようとするジャーファル殿。職業料理人だから当たり前、と皇女がもっともな反論をした。

「料理だけでなく、市街地での食べ歩きもゴンベエは大好きなんです。食の細い私は同じ量を食べられませんが、おいしいものを食べるときの笑顔が可愛いんですよ」

私の横で、マスルールとシャルルカンが頷く。飲酒抜きの食べ歩きの相棒は、マスルール。酒を伴う飲食なら、シャルルカンが仲間だ。2人とも、食事中のゴンベエ殿の笑顔をたくさん見たのだろう。

「普段は王宮副料理長として非常に真面目ですが、寝顔があどけないんですよ。私よりゴンベエは3つ歳上ですが、寝顔は幼く見えますね」

婚約者らしい一面がようやく登場し、皇女は眉間に皺を寄せる。だんだん饒舌になるジャーファル殿に、若手八人将は真顔を貫くのに精一杯だ。ゴンベエ殿の好きなところを聞かれるなんて、政務官は想定していただろうか。想定していなければ、彼の言葉には台本がなく、彼の本心から出たゴンベエ殿の好きなところになる。

ジャーファル殿は隠してるつもりだが、ゴンベエ殿への好意は筒抜け。ゴンベエ殿以外は全員が気づいているのに、バレてないと思っている。普段完璧に仕事をこなすジャーファル殿とのギャップが、一層面白さを引きたてた。

「…あの2人、いつの間に寝たの?」

「シャル、やめて。笑っちゃうじゃん」

笑いをこらえるのに精一杯の若手八人将。私たちを尻目に、ますますジャーファル殿は加速する。

「もちろん、平時も可愛いんですよ。思考が顔に出やすく、表情がコロコロ変わるので、見ていて飽きません」

若手八人将にしか伝わらないように、離脱を宣言したシャルルカン。政務官に気づかれないように、後ろを向いて声を殺してシャルルカンは笑う。仕事中とは思えないほど、恍惚とした表情を浮かべるジャーファル殿。普段の仕事中の彼を知る者からすれば、そのギャップはあまりにも激しい。

「抱擁したとき、全身で感じる匂いも好きです。時間帯次第ですが、だいたいおいしそうな匂いがします。あと、おめかし姿もたまりませんね。仕事柄ゴンベエは着飾る機会が多くないので、たまに着飾るとぐっときます。あの声も永遠に聞いていられるし、ゴンベエの字もいい。きれいなんですよ」

"おいしそうな匂いがします"で、ピスティも離脱。普段のゴンベエ殿を知る者なら、料理の匂いと察しがつく。しかし、"おいしそうな匂い"は、文脈的にいかがわしすぎる。ヤムライハとマスルールは、私の隣で辛うじて耐えていた。

「友達思いで仕事熱心なところも素敵ですね。あと、ゴンベエの両親は料理界の著名人です。両親をひけらかさず、かといって自分の実績に両親を利用せず。ひたむきに努力を重ねる姿には、頭が下がります」

ゴンベエ殿を知る者なら、この点を否定する者はいないだろう。離脱したシャルルカンとピスティも、真顔で復活した。

「普段は頼りになるし料理の腕には絶対の自信を持つのに、2人になると結構甘えてくるんです。仕事では責任ある立場でしっかりしている分、1人で抱え込みがちなので。いくらでも守ってあげたくなります」

先ほど復活した2人は、再び離脱宣言。たまには私も甘えたいんですが、とジャーファル殿が付け足せば、ヤムライハも限界に達した。また、一番近くで話を聞くシンドバッド王も、そっぽを向いて身体を小刻みに震わせる。

「たまに王や八人将を誘ってボードゲームで遊ぶんですが、負けたときの悔しそうな顔もいいですよ。ちょっと意地悪したいときはコテンパンにします」

にっこりと微笑んで答えるジャーファル殿に、私も耐えきれない。マスルールの肩をそっと叩き、私も後ろを向いた。

以前異国土産にヤムライハの買ったチェスが、シンドバッド王を中心に八人将で大流行した。ゴンベエ殿も交ざったトーナメント戦の優勝者は、ジャーファル殿だ。

「いつまでも私の話をするのもなんなので、最後にあと一つだけ」

そう言うジャーファル殿に、全員の視線が集中する。

「とても唇が柔らかいんですよ」

政務官の言葉に、高速でマスルールが後ろを向いて吹き出した。マスルールが吐いた吐息に、政務官の視線が彼に向く。

「マスルール、どうしたの?大丈夫?」

「…はい。気にしないでください」

咳込みながら、マスルールは政務官の視線を逸らそうとした。まさかゴンベエ殿の唇に話が及ぶとは思わないだろう。マスルールが吹き出すのも無理ない。

「あの2人、いつチューしたの?」

「わからないけど、やっぱり両想いだったんだなァ」

「ゴンベエちゃん、いいなあ」とぼやくのは、ヤムライハとピスティ。息を殺して笑う私たちに気づいたドラコーン殿は、私たちを訝しがった。

肝心の皇女に一瞬だけ視線を移すと、プルプルと両肩を震わせている。かなりの美人で、地位も申し分ない皇女。男性の取りあいで彼女が負かされるなど、滅多にないのだろう。元々"婚約者"とはいえ、皇女に比べれば平凡なゴンベエ殿に負けるとは思っていなかったのだろう、と推測する。



"とても唇が柔らかい"発言の真相は、ゴンベエ殿の唇に指で触れただけ。それを私たちが知るのは、皇女の帰国後だ。

接吻説を否定され、若手八人将はショックを受けた。その一方で、ゴンベエ殿の唇に指で触れたきっかけは、謎に包まれたまま。私たち5人の間でさまざまな憶測が飛び交ったのは、言うまでもない。



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