毒薬 -Love is a Poison...-(ジャーファル) | ナノ


好意(050)


大陸の某国皇女の訪問を終え、シンドリア王宮には日常が戻りつつある。しかし、皇女の帰国からほどなくして、この国の政務官と王宮副料理長の間に険悪な雰囲気が立ち込めていた。皇女の帰国から十日が経ち、依然として二人の不仲は続いている。

「…何度も言うけどさァ、ゴンベエちゃんはジャーファルさんが好きなんだろ?」

「そんなこと…」

俺の部屋で狂ったように麦酒を煽るのはゴンベエちゃん。すでに何杯目飲んだかはわからない。俺の問いに弱々しく返しつつ、王宮副料理長は再びグラスに麦酒を注ぐ。

二人の間に起きたことは、ゴンベエちゃんの口から聞いている。夜番と朝番の連勤で少しでも長く寝ていたい王宮副料理長と、施錠もせずに食堂で寝ていた彼女が心配でたまらない政務官。俺には両方の気持ちがわかる。

例の皇女がシンドリアを去った今、政務官と王宮副料理長が一緒に仕事することはない。だから不仲を放置しても支障はないが、俺たち八人将は双方と親交があって。本人たちは不仲でよくても、周囲が気を遣うのだ。

互いの不在時に相手の名前を出すと、必ずと言っていいほど空気がピリっとする。だから次第に周囲も相手の話題を避けるようになっていた。

それだけではない。正直なところ、当事者以外は二人の両想いをすでに確信している。共同任務も終わり、あとは結ばれるだけと思っていたのに。傍観者としては、二人の現状が焦れったくて仕方がない。

「好きじゃないなら、なんでこれを捨てないの?」

ゴンベエちゃんの首元から、官服に隠れるチェーンを引っ張る。アバレイッカクの角と一緒に首元から現れたのは、王サマが発注した偽装婚約指輪。任務を終えて政務官との不仲に陥ってもなお、ゴンベエちゃんは指輪を身に着けている。

「だって…任務のためとはいえ国王から頂いたものだし、捨てるわけにはいかないでしょう?」

「そうかもなァ。でもさァ、それなら部屋に置いておけばいいじゃん」

俺の追及に、王宮副料理長は言葉を詰まらせていた。姉同然の存在として慕っていると語っていたルルムさんからの贈り物は、ゴンベエちゃんの宝物。"王サマからの頂き物だから"というだけで、指輪とその宝物を一緒に鎖に通して首にかけるのは違和感がある。

沈黙に正当性を持たせようと麦酒に逃げようとするゴンベエちゃんから、俺はグラスを取り上げた。理由を言わないなら返さないと意地悪してみれば、思いの外あっさりとゴンベエちゃんは白旗をあげる。

「だって、認めちゃったら…」

泣きそうな王宮副料理長に、そっとグラスを返す。先ほどと違って麦酒に逃げることなく、ゴンベエちゃんは紡ぐ言葉を考えていた。王宮副料理長が口を開いたのは、少し間を置いてから。「絶対にジャーファル様を好きになっちゃいけないと思ってた」なんて、落ち着きを取り戻したゴンベエちゃんは言い出す。

「ジャーファル様は好きになった女性を大切にするし、愛してくれると思う。でも、どんなに頑張っても…国王とシンドリアに次ぐ三番手が限界なんだよ」

ゴンベエちゃんの意見は一理ある。王サマが一番で、次がシンドリア。この優先順位が今後も揺らがないのは、俺たちがよく知る政務官の性格からして明らかだ。

「ヤムちゃんやピスティちゃんみたいにわたしは戦えないし、足手纏いになるのは嫌なの。わたしが側にいるせいで有事に判断が鈍るなら、いっそのことわたしを切り捨ててほしい」

ゴンベエちゃんはシンドリアの国民であり、政務官が守るべき対象だ。そう言って王宮副料理長のフォローに入ろうとしたが、彼女を見て俺の手が止まった。

「足手纏いになりたくないし、いざとなったらジャーファル様に捨ててほしいのに。それでも好きなの…」

堪えたものが決壊したのか、気持ちとともに涙もとめどなく流れる。どうしていいかわからず、泣くゴンベエちゃんの左肩を抱く。

「素直になれてよかったな」

真っ赤になった目で、いつも通りに王宮副料理長は微笑む。「さっきのことは絶対に口外しないでね」と言うゴンベエちゃんに同意し、部屋の奥から俺はある酒樽を引っ張る。

それは手土産に皇女が持ってきたもので、誓いの印に開けた。この国では流通しない酒の味に舌鼓を打ち、あとはいつもの馬鹿話でゴンベエちゃんと夜を明かした。



「シャルルカン、某国の皇女が手土産に持ってきた酒樽を知りませんか?」

ゴンベエちゃんがジャーファルさんへの気持ちを自覚して数日後。もう一人の当事者が俺の部屋を訪ねた。例の酒樽を必死に探しているせいで、王サマは仕事が手につかないという。さっさと酒樽の在処を見つけ、主を仕事に集中させたいようだ。

実は酒樽はこの部屋にある。絶対ジャーファルさんには言えないが。あれは王サマへの手土産で、俺の所有物ではない。珍酒への好奇心から、俺が王サマの部屋からかっぱらったのだ。

ゴンベエちゃんとの酒盛りで開けた樽は、中身を半分ほど残して部屋の奥にしまってあった。あの大きさの酒樽は普段の俺たちなら一度で飲みきる。しかし、この国で流通しない珍酒ゆえに飲み惜しんだ。

「知りませんよ。王サマ、酔っ払って自分で飲んだのを忘れたんじゃないすかァ?」

適当に繕って、俺はその場をやり過ごそうとする。しかし、シンドリアの政務官に小手先の細工は一切通用しない。口元だけで微笑むジャーファルさんは、じりじりと俺との距離を詰めた。

「シンが国賓の手土産を独り占めする器でないことは、普段から他国の酒を頂くあんたが一番よくわかってるでしょう?」

今すぐ縄票を出してもおかしくないくらい、政務官は殺気を放っている。元暗殺者が放つ不穏なオーラに観念した俺は、部屋の奥から酒樽を取り出す。怖くて政務官の顔を見られなくて、下を向いたまま俺は酒樽を彼に差し向けた。

ジャーファルさんは酒樽を開け、嵩が半分ほどまで減ったのを確認する。酒樽が閉まった音を確認して俺は顔を上げたものの、俺に向ける視線の鋭さを緩めようとはしない。

「まったく君は…」

呆れを隠さない政務官は、一人で飲んだのかと俺に問う。首を振れば共犯者を問われ、素直にゴンベエちゃんの名前を出した。

俺の口から飛び出した不仲の相手に、ジャーファルさんは身体の動きをぴたりと止めて俺を凝視する。あまりに露骨な反応を見せた政務官に、自然とニタニタしてしまう。何を笑っているのか、とジャーファルさんは怒りを滲ませて。王宮副料理長への想いを確信している俺は、わざと煽る発言をしてみる。

「ゴンベエちゃんと二人きりで飲んだんですけど、この酒を気に入ってましたよ。目をトロンとさせて、可愛かったなァ〜。あれは男が放っておかないですよ!そりゃ同僚にも軍人にもモテるわけだァ」

俺も耐えるの大変だったんですよ〜、と適当に言って緑のクーフィーヤに視線を向けると、袖余りの官服から覗く両手はプルプルと震えていて。あまりにわかりやすい反応に、余計にニタニタが止まらない。ゴンベエちゃんが好きなんでしょう?と、確信に迫るべく畳みかける。

「そんなこと…」

政務官が見せた反応も、どこかの王宮副料理長と同じ。

「皇女の前と同じように、ゴンベエちゃんに言えばいいだけですよ」

「あれは演技でしたか?」と確認すると、ジャーファルさんは言葉を詰まらせた。

「それを認めてしまうと…」

少し間を置いたあと、おもむろにジャーファルさんは床に腰を下ろす。ソファーに着席するよう俺が促すと、政務官はソファーに移動する。政務官が口を開いたのは、少し間を置いてから。「シンドリアにゴンベエさんを留めたらいけない」なんて、ソファーに座り直したジャーファルさんは言う。

「シンドリアの有事に戦闘能力を持たないゴンベエさんがいれば、私の判断が鈍ります。この先彼女が力をつけたところで、戦闘能力はその辺の一兵卒以下でしょう」

渦中の相手も似たことを言っていた気がする。

「私の力は国民を守るために使うべきなのに、ゴンベエさんが側にいて判断が鈍るなら…私は彼女を切り捨てなくてはいけない」

好きな相手を切り捨てるなんて、あまりに酷だ。そうしてほしいと王宮副料理長自身が望んだにせよ。

「…待ってくださいよ。ゴンベエちゃんも、ジャーファルさんが守るべき国民の一人でしょ?」

そう迫れば、俺の言う通りとジャーファルさんは頷く。しかし、それだけでは終わらないようで。「ただし」と政務官は続ける。

「官職と一般国民なら、優先すべきは一般国民でしょう?それに、危機が迫れば甘いことを考える一瞬が命取りになる」

俺の想像を絶するような修羅場も潜り抜けてきたであろう元暗殺者の言葉は説得力の塊。それに、かつて俺は兄との王位継承者を巡る争いで国民に多くの犠牲を出してしまった。

当時九歳と幼く考えが至らなかったにせよ、自分のせいで国民が命を落としたのは事実で。王族として生まれついた以上、幼さは言い訳にならず悔やんでも悔やみきれない。

「ゴンベエさんほどの経歴やスキルがあれば、シンドリアに危機が迫っても安全な国に匿ってもらえる。なんなら、いち早く避難先を確保できるのが彼女でしょう。だから、この国にゴンベエさんを繋ぎ止めようとしてはいけない。それでも…」

「それでも」と言いかけたジャーファルさんは、一呼吸置いてから続きを口にした。

「…それでも私の側にいてほしい、私が守りたい。そう思うのは私のエゴだから。こんなの、政務官失格だよね?」

そう言うジャーファルさんは俺に背中を向ける。素直に思いの丈を話してくれたのは、正直なところ予想外。ようやく政務官が自身の感情を認めたことで、二人の両想いは"確信"から"確定"に変わった。

「あとはゴンベエちゃんの前で素直になればいいんですよ」

そう返せば「君に言われたくない」と、ジャーファルさんは俺の方を向く。「君もヤムライハに…」とブツブツ言い始める政務官に、俺は耳を塞いだ。

「このことは絶対に口外しないでね」と、口止め料として例の酒樽は黙認される。王サマが酒樽を探しているのにどうするつもりかと問えば、「適当に市街地で見繕った酒に細工する」とジャーファルさん。彼曰く、まだ王サマは手土産の味を知らないのだから、シンドリアで買える酒と似た味ということにするらしい。

「相変わらずおっかないなァ」

「そもそも君が酒樽を盗らなければ、私もこんなことする必要なかったの!」

完璧なブーメランに頭を抱えていると、「そういえば」と政務官。ゴンベエちゃんと二人きりで飲むな。嫉妬を隠さないジャーファルさんは、酒以上の収穫だ。

「別にいいですけど、彼氏面するなら告白してからにしてくださいよ」

「…そ、そんなの君には関係ないでしょう?」

「はいはーい」

「もう要件は済んだ」と言って、顔を真っ赤にした政務官は俺の部屋を去った。せっかく奥から引っ張り出した樽をしまうのはもったいなく、一杯分をグラスに酌む。ジャーファルさんとゴンベエちゃんが早くくっつけばいいのに。相互通行の想いを知った今、二人の幸せを改めて願った。



ジャーファルさんが王サマとイムチャックに向かったのは、俺の部屋に来た数時間後。夜番で食堂にいたゴンベエちゃんを見る限り、出国前のジャーファルさんとは仲直りできなかったようだ。

極北の秘境・イムチャックなら、帰国まで一月近くかかるだろう。平然を装いつつ落胆しているゴンベエちゃんとジャーファルさんに、心からの笑顔が戻るのを待ち遠しく思いながら、俺は夕食のマシュハマムを口に運んだ。



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