毒薬 -Love is a Poison...-(ジャーファル) | ナノ


曲解(042)


無事に魔法式の検証を終え、私は食堂に向かう。いくつかのお菓子を朝口にしただけで、昨日はほぼ1日何も口にしていない。検証が終わると同時に、それまでの断食による空腹が私の全身を襲った。

10時のおやつには遅く、昼食には早いこの時間。ピーク時は空席を探すにも一苦労な王宮食堂も、この時間の人はまばらで。

黒秤塔に昨日1日引き籠っていた反動で日光を浴びたい私は、テラス席へ向かう。しかし、その途中である2人が視界に入る。初めて見る組み合わせに興味を抱いた私は、彼らに合流することにした。

「ピスティ、また男性を泣かせてるの?」

「ヤ、ヤムライハ様…っ」

私の声に振り向いたのは、王宮料理人の男性とピスティ。しかも男性は泣いている。ピスティの前で泣く男性の顔と名前は、私も知っていた。王宮料理人には、採用時に八人将との顔合わせが義務づけられているから。しかし、ゴンベエちゃんのように官位を持たない彼と、顔合わせ以外で話したことはない。

ヤムおはよう!と呑気に言うピスティと、ひたすら泣き続ける王宮料理人の対比は何とも異常。ピスティに一言声をかけて朝食と紅茶を取りに行き、彼女の横に私は腰を下ろした。今度は何をしたのかと改めてピスティに問えば、「ヤムは誤解している」と彼女はむくれる。

「彼を泣かせてるのは私じゃないから!ゴンベエちゃんだよ」

彼こそが例の"求婚事件"の男性、と続けるピスティ。彼女の発言によって、徹夜で検証を終えた疲れで垂れ下がっていた瞼がカッと見開く。

先月の謝肉宴で八人将の4人と王の心を鷲掴みにしたのが、ピスティの語る"求婚事件"だ。ゴンベエちゃんの入国1周年を祝う宴の準備中だったジャーファルさんと、王たちから逃げていたスパルトス。そして事前に話を聞いていた私を除く5人は、王宮副料理長のゴシップに大いに沸いた。

「毎日ジャーファル様が淹れたカフェオレを飲みたい」と政務官に告げたゴンベエちゃんの発言を、求婚と曲解した王宮料理人がいる。これが"求婚事件"の概要。

もちろんゴンベエちゃん本人に求婚の意はなかったし、ジャーファルさんだって求婚されたとは思っていないはずで。目の前の男性こそがその"求婚事件"の張本人と知れば、私の探求心が強く刺激されて。

「それで、あなたをゴンベエちゃんが泣かせた理由は?」

私の問いに、ぽつりぽつりと彼は話しはじめた。


40分ほど前。昼番勤務中の王宮料理人たちは、1時間の休憩に入っていた。しかし、目の前の彼はきりのいいところまで仕事を続けていて。昼番勤務中の同僚に1人遅れ、10分ほど経ってから彼は休憩に入った。

同僚たちが見当たらず同席するのを諦めた彼が1人で座れる席を探していたところ、食堂の奥に非番の想い人を発見。できれば相席できないかと近づいたところ、ゴンベエちゃんは1人ではないことに気づく。王宮副料理長と仲よく頬を寄せ合うのは、シンドリア王国のNO.2。しかも、4人掛けの席に2人並んで座っていた。

普通に考えれば、4人掛けなら対面に座るはず。わざわざ隣に座って頬を寄せ合うなんて、"政務官と王宮副料理長"の関係では考えられなくて。きっと深い仲に違いない。そう判断して涙に暮れていた彼に声をかけたのが、私の隣でシナモンたっぷりのチャイを飲むピスティだったという。


「…さすがにそれは曲解が過ぎない?」

目玉焼きにくっついたベーコンを飲み込んで、率直な感想を私は口にした。

「4人掛けの席に2人並んで座るのは珍しいけど、決してありえないわけじゃないし…ほら、本を一緒に読みたいときとか」

「それを仰るならそうですけど…!一緒に朝食を摂るなんて、深い仲の証でしょう?」

私の意見を肯定しつつジャーファルさんとゴンベエちゃんを男女の仲に仕立てたい王宮料理人は、言いたいことを言って鼻を啜る。確かに昼食や夕食をともにするよりは、朝食をともにするほうが親密なのは確か。とはいえ、あの2人であれば、偶然食堂で顔を合わせて相席しただけの可能性もあるわけで。

「どうしてヤムライハ様は…!さっきから俺の意見を否定するんですか?」

再び涙を零しはじめた王宮料理人に呆れた私は、ピスティに目配せする。「私にそんな目を向けられても困る」と言いたげなピスティは、落ち着くよう項垂れる彼に声をかけた。

「ゴンベエちゃんはともかく、その時間にジャーファルさんが朝ご飯っていうのもね…?ありえないとは言わないけど、可能性としては相当珍しいし」

「それはですね…!ジャーファル様とゴンベエが昨晩褥をともにして、非番のゴンベエだけゆっくり起きたからなんですよ…!」

食堂で隣り合って座るだけで褥をともにしたとまで言えるなんて、曲解どころか妄想だ。再び隣に私が視線を向けると、私の言いたいことをピスティは察したようで。ため息をついたピスティが口にしたのは、「そう私も思ったんだけどね」という想定外の枕詞。

「ゴンベエちゃん、昨日と同じ服だったんだって。2人とも昨日は夜番で、汚れの位置も一緒だから間違いないって」

「…なるほど。でも本当に深い仲なら、好きな人の前でいつまでも汚れた服を着ないんじゃない?2人の部屋は歩いてすぐの距離にあるわけだし」

「ですから…!どうしてヤムライハ様は…ううっ」

なぜ私が責められなければならないのか。三度泣き出す王宮料理人に、呆れを通り越して怒りが湧いてくる。せめて2人を私が目撃していればいいものの、彼の言う席に2人の姿はなくて。目撃者でない私は何とも言えない。そう言おうとしたところで、今度は向かいの王宮料理人が口を開いた。

「ジャーファル様、カフェオレを二つ淹れていたんですよ。それ…ゴンベエの求婚を受け入れた証拠じゃないですか」

言いたいことを言い終えた彼は、しおしおと泣く。そもそも、カフェオレで求婚したという話は王宮副料理長が否定している。否定してなかったところで、いくら何でもカフェオレごときで求婚の返事と決めつけるのはおかしい。ジャーファルさんとゴンベエちゃんの距離の近さが気になる私でも、それはわかっている。

「私には手に負えない」と視線でピスティに語れば、「同感」と返ってきて。2人してため息をついて泣き止んだ王宮料理人に目を向ければ、私たちの背中側にある壁時計に彼は目を向けている。

「休憩時間が終わるので戻ります」と私たちに告げ、目や鼻を赤くしたまま王宮料理人は立ち去った。厨房直通の扉の奥に消えた彼を見届けたあと、ピスティが口を開く。

「あの2人が寝たとは思わないけどさ」

"頬を寄せ合う"が気になると口にするピスティに、私は頷いた。ジャーファルさんはもちろん、想い人で上司のゴンベエちゃんをあの王宮料理人が見間違えるとは思えない。つまり、頬を寄せ合っていたのは本当ではないかと私は考えている。ピスティと私は、目で会話した。

「ゴンベエちゃんの部屋に行こう」

「いいよ」

魔法式の検証が終わったばかりで身軽な私は、ピスティの誘いに即答する。明日になれば、再び研究漬けの日々が待っていて。今日くらいは気分転換したかった。

「あと15分で食べるから待ってね」



紫獅塔に戻った私たちが向かった先は、言わずもがなゴンベエちゃんの部屋。扉を叩くと、部屋の主の声が返ってくる。私たちの名前を告げると扉の奥から聞こえる足音が大きくなり、勢いよく扉が開いた。

「ヤムちゃん、ピスティちゃん!こんな時間にどうしたの?」

そこには、"今湯浴みをしました"と言わんばかりの格好をしているゴンベエちゃん。タオルで頭部を巻き、吸水性に優れたローブを羽織っていた。濡れ髪だけでなく漂う石鹸の香りや火照った顔からも、王宮副料理長が湯浴みを済ませたばかりなのは容易にわかる。

「すぐに紅茶を淹れるから、適当に座って」

ゴンベエちゃんに誘われるがまま、私たちは室内に通された。いつ見ても、この部屋の簡易厨房と机周り以外は整頓されている。しばらくするうちに、おいしそうな紅茶の香りが部屋中に漂いはじめた。

「ゴンベエちゃん、この時間に湯浴みしてたの?」

先陣を切ったのはピスティ。起床後ではなく就寝前に湯浴みするゴンベエちゃんの生活習慣を、私たちは知っていた。紫獅塔の私室には湯殿がついている。ヒナホホさんや将軍の大部屋や王の部屋以外は部屋の間取りは一緒で、入ったことがなくてもゴンベエちゃんの部屋の湯殿の場所はわかっていた。

湯殿に繋がる扉の前には、洗濯籠が置かれていて。籠からはみ出しているのは、生成り色の生地からしてシンドリアの官服。あの官服を脱いで先ほどまで湯浴みをしていた、と考えるのが自然だろう。

「昨日は夜番だったんだけど、すごく忙しくて。疲れたから湯浴みせずに寝ちゃったの」

少し間を置いてから、ピスティの問いにゴンベエちゃんは答えた。"湯浴みせずに寝た"と王宮副料理長は言うものの、寝台には人の寝た形跡がない。それを私が指摘すると、「何が言いたいの?」とゴンベエちゃんは眉間に皺を寄せる。

私たちの知る話を伝えるべきか迷うが、怒らせてしまいそうで言えない。「ジャーファル様とはそんな関係じゃない」と、頬を膨らませる王宮副料理長が目に見えていた。

「何でもないよ。昨日の夜に探偵小説を読んだから、推理ごっこをしたくなっただけ」

ピスティが適当に返すと、納得した様子をゴンベエちゃんは見せる。無理な言い訳だと思っていたものの、17歳の女の子なら探偵ごっこも通用するらしい。

「それより…2人は起きたら寝台を綺麗にしないの?」

「寝るのは私だけだし、手間をかけて直す必要を感じなくて…」

「そうそう!別に皺が寄ったままにしても寝心地に影響するわけじゃないし〜」

ゴンベエちゃんの指摘に、ピスティも私も声を詰まらせる。研究に明け暮れる私は、寝台の皺を均したり掛布団を上げたりする暇があるなら実験の準備をしたくて。

連れ込んだ男性が綺麗好きなときにしか布団を直さない。そう過去に言っていたのはピスティ。私以上にどうしようもない。私たちの発言に呆れた顔を見せる王宮副料理長は、自身のティーカップに口をつけた。


「紅茶ごちそうさま」

「ゴンベエちゃん、またね!」

15分後。昼時の市街地に出かけるという部屋の主は、これから着替えるという。さすがにお出かけの準備を邪魔するつもりのない私たちは、紅茶を飲み干してすぐ退散した。紅茶のお礼をして扉を閉めると、ピスティと私は小声で盛り上がる。

「ゴンベエちゃん、"何が言いたいの?"って怪しすぎない?」

そう口にするピスティは、ニタニタと悪い笑顔を浮かべていて。おそらく同様に私の顔もニタニタしているに違いない。

「最初はあいつの話バカにしてたけど、案外本当かもね〜」

「それ私も思った!ゴンベエちゃんが寝たの、ジャーファルさんの部屋だったりして」

魔法式で使った頭は、こういうゴシップで解すのが一番。昼食時真っ只中の食堂に戻った私たちは、2人の関係にあれこれ考えを巡らせた。



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