毒薬 -Love is a Poison...-(ジャーファル) | ナノ


終了(033)


非番の朝。食堂で朝食を摂っていると、朝食を乗せたお盆を手にしたゴンベエがやってきた。

「おはようございます。ご一緒してもいいですか?」

「もちろん」

対面に着席した王宮副料理長に今日の予定を聞くと、昼番で数時間後には働き始めるという。俺の予定も共有したあと、やけに畏まった声でゴンベエは俺を呼ぶ。あと三月で俺の部屋に通うのを終了したい。そう王宮副料理長は切り出した。

「三月も経てば、ヒナホホさんの部屋に通って一年になりますし…それに、もう教えるべきことはほとんど教えたので」

むしろ思っていたよりも時間がかかったくらい。そうゴンベエはつぶやく。
ピピリカの不器用さを考えれば、"本当はもっと早く終わる予定だった"と王宮副料理長が口にするのも納得だ。むしろ兄の立場としては、想定より早かったとすら思える。

「ピピリカさんもキキリクくんも飲み込みが早いし、下の子たちには彼らでも十分教えられると思います。それに…あとは練習あるのみかなって」

ゴンベエの言い分は一理あった。たとえお世辞だろうと"練習あるのみ"と言われた以上、王宮副料理長に時間を割かせるわけにはいかない。

「わかった、今までありがとうな。残りもよろしく」

俺の言葉に、笑顔でゴンベエは頷いた。二月経てば、王宮副料理長がシンドリアに来て一年になる。時の流れの早さに驚かずにはいられない。ゴンベエと会ってからのことを思い出すと、一つの疑問が芽生える。

「ゴンベエ!」

それを確かめようと、コーヒーを取りに立ち上がる王宮副料理長を呼び止めた。

「どうしました?ヒナホホさんもコーヒーおかわりします?」

しかし、疑問は喉元で止まってしまう。小首を傾げるゴンベエに、何でもないと返すのが精いっぱいだった。



「ヒナホホさん、それは複雑な女心ってやつですよ」

商船警護の最中。一緒に任務につくピスティに、今朝ゴンベエとの会話で芽生えた疑問をぶつける。乗り物が得意でなくロック鳥に乗る同僚から降ってきたのが、先ほどの発言だった。

「ピピリカさんにとって、自分の知らないスパちゃんのお兄さんの過去を知る女がゴンベエちゃん。ゴンベエちゃんにとって、スパちゃんのお兄さんの最後の女がピピリカさん。これで合ってますよね?」

「その通りだけど」

俺の返答を聞くなり、大きな鳥に全身を預けるピスティはニタニタし始める。

「ゴンベエちゃん…スパちゃんのお兄さんが好きだったとか?」

予想だにしないピスティの推理に、思わず俺は大声をあげた。甲板の海兵が全員俺を見ているのに気づき、思わず俯く。

「ゴンベエちゃんがササンを離れたのは親の都合だし、嫌いになって別れてないなら複雑なんじゃないですか〜?」

ピスティに相談したのは、ピピリカとゴンベエの距離感。俺の部屋に王宮副料理長が通う日以外、二人が会う様子はない。もちろん俺のいないところで仲よくしている可能性はある。しかし、少なくとも妹からそういう報告を受けたことはなかった。

ゴンベエは五歳離れたヤムライハや十歳差のピスティとは仲よくしている。しかし、一歳しか年齢が違わないピピリカとゴンベエは、お互いに"さん"付けで敬語だ。このことからも、二人が仲よくしているようには思えなかった。

「ゴンベエちゃんからそういう話は聞いてないし、憶測の域を出ないですけどね〜」

ミストラスの最期を思えば、あれから十年経ってもピピリカの心の傷が癒えないのは無理もない。しかし、ゴンベエがミストラスに執着する理由はないだろう。そう口にすると、ふふっとピスティは目を細める。

「…スパちゃんのお兄さん、ゴンベエちゃんの初恋の人だったりして」

酒の肴を手に入れたと言わんばかりにピスティは声を弾ませて。上空を見なくても、ピスティがニタニタしているのは手に取るようにわかった。



子供たちを寝かしつけた夜。自室の窓際にあるテーブルで、ピピリカと紅茶を飲んでいた。妹に声をかけられ、ふと顔を上げる。

「ゴンベエさんのと私のと、何が違うのかな…」

同じレシピで作っているはずなのに、とピピリカは肩を落とす。卓上に並ぶのは、今日の昼に妹が作ったお菓子。もちろん、ゴンベエに教わったルルムのレシピだ。

「ピピリカ、ゴンベエは菓子職人ではないけど料理のプロだ。テクニック的な部分ではルルムより上手いだろうしあまり気にするな」

「…そうだね。何年も料理の腕を磨き続けているゴンベエさんと同じようになんて言っちゃダメだよね、私は素人なんだから」

「そういえば、あと三月で毎週通うのを終了したいってゴンベエに言われた」

まず、事務的な連絡事項から妹に伝える。理由を話せば、納得した表情をピピリカは見せた。

「私もまだまだゴンベエさんに教えてほしいけど、早く仕事に専念してほしいし仕方ないね」

キキリクが駄々をこねるかもしれない、と妹が口にひする。かなりゴンベエに懐いてる長男坊は、毎週ゴンベエの来る日を心待ちにしていて。駄々をこねないにせよ、落ち込むのは目に見えていた。

「兄ぃ、なにか悩んでる?」

頭を抱える俺の目を、ピピリカがまっすぐな目で見つめる。先ほどまで、自分の料理の出来に頭を悩ませていたとは思えない。女の勘の鋭さに、俺は舌を巻く。悩みというには大袈裟だが、妹とゴンベエの関係について考えていた。

二人が仲よくするに越したことはない。ピピリカが妹だから心配していたが、二人ともいい大人だ。もしミストラスに関係なく性格が合わないとか嫌いとかでも、弟たちの前でさえ表に出さなければ不仲でも構わない。とはいえ、すでにピピリカは俺の異変を察知していて。適当に繕ってごまかすしかない。

「あ…今日の商船警護はやけに疲れたなって」

「そんなに南海生物が出たの?」

「疲れてるなら兄ぃは早く寝なよ」と言って会話を切り上げるのを期待していた。しかし、適当に繕った理由に、むしろピピリカは興味を示す。

「いや…ある海兵の相談に乗ってたんだけどな」

「なになに?私も聞きたい!」

「女の一般論として…初恋の相手って特別か?」

率直に聞くか迷ったものの、俺はピピリカに切り出した。これを逃せば、次に聞けるチャンスはないと感じたからだ。想定外の質問に戸惑いながら、妹は肯定の意を返す。「娘について海兵に相談されて」など、怪しまれないよう適当に繕う。

「…娘?」

「その娘は過去に将来を誓った彼氏を亡くしていて、かなり年月は経つけどその男を忘れられずにいるらしい。 しかし、最近になって娘とその男が出会うより前からその男を知ってる女が娘の前に現れた。一見二人の関係は良好そうだけど、なんとなく距離を感じているんだと。で、相談してきた海兵からすればその女も姪みたいな存在で、できれば娘と仲良くしてほしいんだってさ」

自分ではうまく誤魔化したつもりだった。しかし、生まれてからほとんどの日々をともにした妹だ。俺の小手先の嘘など通用しなかった。

「…ゴンベエさんのことだね?」

直球で問われ、観念したように俺は頷く。

「私の知らないミストラスをゴンベエさんが知ってるのは複雑だけど、事実は変えられないから。それに…ゴンベエさんのことは彼からも聞いてたの」

初めて聞く話に、詳細をピピリカに要求する。

ササン国外にミストラスが興味を持ったきっかけは、官職の娘で同い年の"ゴンベエちゃん"。生まれたばかりのスパルトスに付きっきりでミストラスの面倒を見れない両親に代わり、宛がわれた遊び相手らしい。

同い年ながら、幼くして複数の国で暮らしていた"ゴンベエちゃん"。彼女の話す世界に、ミストラスはすっかり魅せられた。

"ゴンベエちゃん"の話にあまりに夢中なったミストラスが外界に出ようとするのを恐れたのは騎士王。二人を離すべく、親子ともどもササンを去らせたという。騎士団にいる限り、二人が顔を合わせない可能性は限りなくゼロに近かったのだ。

表向きは"ゴンベエちゃん"の両親の希望による退職だが、実態は違うことは幼いミストラスも気づいていたようで。憧れの世界を教えてくれる存在を失ったことで、かえって外界への興味が強くなったらしい。

「その"ゴンベエちゃん"とあのゴンベエが同一人物ってのは…いつ気づいた?」

「ゴンベエさんの話を最初に兄ぃから聞いたとき…かな?親も王宮料理人で、ミストラスを知ってるって聞いたから。義母様やルルム姉以外の女性の話をミストラスから聞くことは滅多になかったから、"ゴンベエ"って名前も覚えてたし」

「そうだったのか…もし今まで嫌な思いをさせていたら悪いが、ピピリカはゴンベエのことは嫌いか?」

俺の問いにすぐに妹は否定する。否定したピピリカの声が大きく、子供たちがぐずりかけた。

「本当は私はゴンベエさんとミストラスのことを話したいけど…遠慮してくれてるんだと思う」

「私もゴンベエさんに遠慮してるけどね」とピピリカは付け足す。そのとき、部屋の扉を叩く音がした。扉を開けると渦中の王宮副料理長。

「夜遅くにごめんなさい。ヒナホホさん、ピスティちゃんから聞きましたよ」

「…あのお喋りめ」

すべてを察した俺は、部屋にゴンベエを通した。



「…というわけだ」

ピスティに話したことも、洗いざらい二人に話す。続けて、ピピリカがミストラスからゴンベエのことを聞いていた件を伝えた。

「ササンを出たの、やっぱりわたしのせいだったんだ…」

予期せず知ることになった別件に、王宮副料理長は頭を抱える。しかし、ササンを追い出されなければルルムに会えなかった、とすぐにゴンベエは気を取り直す。

「そもそもミストラスとわたしは恋人ですらなかったので、嫉妬も何もありません。ただ、二人で幸せになってほしかったとは思いますけど。なにより…ミストラスが命懸けで守ったピピリカさんを嫌えるわけがないでしょう?」

ミストラスが初恋の相手なのか、とゴンベエにピピリカが問う。妹の疑問に、ゴンベエは首を振った。

「あのころのわたしには、恋なんて無縁でしたから。ただ、他国の話をするたびにキラキラ目を輝かせるミストラスは幼心にもとても可愛かったです」

「ゴンベエさん。そのミストラスの可愛さ…とてもわかります!」

意気投合した二人は、夜な夜なミストラスについて語り明かしたという。急速に距離を縮めた二人に、早々に寝た俺が翌日安心したのは言うまでもない。



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