毒薬 -Love is a Poison...-(ジャーファル) | ナノ


泥酔(032)


市街地でゴンベエと飲んでいたある日。仕事を放置した俺を探しに来たジャーファルに見つかり、俺は王宮に連れ戻される。

「ゴンベエさんには申し訳ありませんが、これから仕事させますので」

「いえ…わたしも知らなかったとはいえ、すいませんでした」

王宮の入口で、政務官は王宮副料理長に頭を下げた。パパゴレッヤ酒の大樽を抱えたゴンベエも、慌ててジャーファルに頭を下げる。しかし、官職としての自意識を強く持つ王宮副料理長は、俺たちより先に動こうとしない。それに気づいた政務官は、俺を引きずって政務室に連行しようとする。

「待て、ジャーファル!おまえはゴンベエにあの大樽を抱えて部屋まで運ばせる気か?」

俺の言葉に政務官は足を止め、振り返って王宮副料理長に視線を向けた。

「ゴンベエさん。シンを政務室に連れて行ったあと、文官を派遣しますから。少しの間、そこで待っていてください」

ゴンベエが頷くのを待ち、再びジャーファルは俺を引きずる。政務室に入るとすぐに施錠され、元暗殺者の鋭い眼光で監視されながら俺は仕事を進めた。

政務室には政務官以外の文官も何人かいて。ピピリカを筆頭に、政務室に詰めている文官たちは俺の泣き言にも動じぬよう訓練されている。そのため、ジャーファルが書類確認に集中する間に逃走しようとしても、文官たちは逃がしてくれないのだ。

政務官の部下であることは間違いない。しかし、あくまで主は俺だ。俺より直属の上司に従う文官たちを若干不満に思いつつ、俺は仕事を進めた。



「終わった!」

最後の書類に調印を終えた俺は、思いきり背伸びする。ジャーファルの書類確認を待つ。量に関係なく酒を嗜んだ頭で調印した書類だからか、政務官の確認は普段より時間を要する。

「最初からこうすればよかったんですよ」

この言葉は書類に問題がない合図。文官たちを退勤させたジャーファルは、その場から動かぬよう俺に指示する。ここからは、毎回恒例の説教タイムだ。

「あんたって人は、毎回なんで仕事をやらないんだ!王のあんたにしかできない仕事を回しているんだから、サボった仕事をいつか片づけるのはあんたですよ?」

心地いい酔いが身体に回り、反省云々よりもこの場をさっさと収めたい。早くゴンベエと飲み直したい俺は、適当に反省したふりをする。しかし、さすがにジャーファルには通用しない。

「あんたが勝手にサボるだけならいい…いや、よくないけどいいんです。しかし、ゴンベエさんを巻き込まないでいただけますか?」

「さっきも言ったけど、ジャーファルはゴンベエに甘くないか?」

早く説教を終わらせたい一心で、話を逸らす。とはいえ、ジャーファルがゴンベエに甘いと思うのは嘘じゃない。しかし、俺の質問にジャーファルは否定の意を示した。

「そんなことはありません。強いて言えば…無意識のうちにシンのサボりに巻き込まれる被害者だから、ゴンベエさんを庇いたくなるだけです」

明日の公務に響くので早く寝てください。そう言い残し、ジャーファルは部屋を去る。部屋の主が去った政務室で、俺は大きなため息をつく。仕事ですっかり酔いは醒めてしまっていた。

今頃、ゴンベエは一人で大樽のパパゴレッヤ酒を堪能しているはず。王宮副料理長の部屋に行こう、と政務室の扉を開ける。するとそこには、先ほど私室に戻ったはずのジャーファル。

「…言い忘れてました。今からゴンベエさんの部屋に行こう、なんて考えないでくださいよ」

寸分の狂いもなく俺の行動を指摘した右腕に面食らいつつ、理由を問う。質問したのは俺なのに、「こんな時間に女性の部屋に行くなんて、どういうつもりですか?」と聞き返されて。政務官の壁時計に視線を移せば、すでに新しい日が始まりを告げていた。

「二十三歳にもなってジャーファルはガキだな。大人の男女の時間はこれからだろ?」

俺の発言に、もうゴンベエに手を出したのかとジャーファルは尋ねる。政務官らしくない問いに、俺は一瞬怯む。ゴンベエは俺と簡単に寝る女性でない。それくらい、ジャーファルもわかっているはずだ。

「ジャーファルも、どうすればゴンベエが俺に靡くか考えてくれよ」

政務官は呆れ以上に嫌悪を色濃く滲ませる。今までも、女性関係の話でジャーファルにいい顔をされた記憶はない。しかし、今回の態度は今までと比べてもどこか異質だ。

「王宮で働く女性はスタンプラリーではありません」

自分から聞いたくせに、怒りを含んだ声でジャーファルは言う。睨み続ける元暗殺者に降参し、ゴンベエの部屋に行くのを諦めようとしたとき。王宮副料理長の部屋から人が出てきた。大樽を抱えたゴンベエだ。おそらく、飲み終えた大樽をゴミ捨て場に持って行くのだろう。

「あっ、国王とジャーファル様だ〜」

一人で大樽の八割近くを飲んだのか、完全にゴンベエはできあがってる。王宮副料理長はかなり酒に強い。しかし目の前のゴンベエには、普段八人将や俺に会うときの緊張感はなかった。

「ゴンベエさん…これを一人で?」

ジャーファルの問いに、赤らんだ顔でゴンベエは頷く。半分くらいで止めるつもりだったのに、気づいたら飲み干していたという。

「飲みながら酒の肴を作っていたら、あっという間になくなっちゃって…」

そう口にする王宮副料理長は、生粋の料理好きだ。酔って気分が高揚しているからか、ふにゃふにゃとゴンベエは笑う。

「これを捨てに行くので、おやすみなさい」

呂律は回っているが、王宮副料理長の足取りは安定しない。今にもゴンベエは転びそうだ。注視していると、小さな段差に躓いた王宮副料理長は身体ごと床に落ちていく。

こけた拍子に大樽はゴンベエの手から離れたようで、紫獅塔の廊下に転がる。床に倒れる王宮副料理長を守るべく、彼女の元に駆けたのは俺。しかし、俺が駆けつける前にゴンベエを救ったのは、足下に放たれたジャーファルの縄票だった。

「気を付けろよ、酔っ払いは想像を越えた動きをするからな」

「あなたを見ていれば、それくらいわかりますよ!」

王宮副料理長の元に俺が着くと、キーキー言いつつも政務官は彼女に絡む縄票を回収する。



ジャーファルが大樽を抱え、俺がゴンベエを背負う。二人で向かうのは、王宮の外にあるゴミ捨て場。理由はわからないが、ジャーファルから痛い視線を感じる。視線の鋭さは、先ほどまでの仕事の監視中といい勝負だ。

首元から漏れるゴンベエの吐息は、パパゴレッヤの甘い香り。長期間熟成した果実酒だからか、果物そのものよりも芳醇な香りがした。

ゴミ捨て場に大樽を捨ててから、ゴンベエの部屋に彼女を運ぶ。「酔い潰れた女性を襲うほどシンが飢えてないのはわかっていますが、念のため」とジャーファルも同行する。従者のひどい言い分に、文句の一つも言いたくなった。しかし、俺には酒と女性にはそれなりの前科があって。否定できないのがなんとも悲しい。



「職業病ですね」

「…だな」

ゴンベエの部屋に入ると、卓上には小分けにされたおつまみ。王宮副料理長が口にした"酒の肴"は、恐らくこれらのことだろう。調理器具はすでに洗ってあり、とても泥酔した人間の業とは思えなかった。薄く湯気の立つアバレウミウシの煮物を容器から取り出し、一つ口に運ぶ。

「あんた…勝手に上がりこんだ女性の部屋で何をしてるんです?」

俺の背中で眠るゴンベエに配慮しつつ、ジャーファルは小声で俺を諫めた。依然として俺に鋭い視線を向ける従者の口にも、煮物を一つ放り込む。

「…おいしいですね」

政務官が煮物を味わううちに、俺は王宮副料理長を寝台に運ぶ。横たわらせてから掛布団を肩までかけると、平時よりあどけない顔でゴンベエは微笑む。早く出ようと俺を促すジャーファルは、とても柔らかい表情をしていた。



「申し訳ありません…全然覚えていなくて」

翌朝。普段通りにゴンベエは食堂を訪れた。ジャーファルと俺に会うなり、「仕事は終わりましたか?」と王宮副料理長が問う。ジャーファルが昨晩のことを説明すると、ゴンベエの顔はみるみるうちに青ざめて。真っ青な顔で王宮副料理長は謝罪する。

「…確かに大樽がないと思って。でも、ゴミ捨て場に行った記憶がないから…おかしいと思ったんです」

「そうですか。結構酔っていましたから、今日は無理しないでくださいね」

心配そうにゴンベエに視線を合わせたジャーファルは、カフェオレを飲むかと彼女に問う。政務官の問いに、王宮副料理長は満面の笑みを浮かべて頷く。「俺にもカフェオレを」と政務官に伝えたところで、ジャーファルは席を立つ。気づけばゴンベエと二人きりになった。

「ごめんなさい、二人で飲むお酒だったのに一人で飲んじゃいました」

申し訳なさそうにする王宮副料理長に、気にしなくていいと俺は口にする。「今度こそ国王の仕事を確認してからですね」とゴンベエは笑った。食堂では不特定多数に聞かれる可能性があるため、王宮副料理長は敬語と敬称を崩さない。

「ゴンベエ、いつになったら俺と寝」

そこまで言ったところで、元暗殺者の射抜くような視線を感じた。やはり、ジャーファルはゴンベエに過保護な気がする。砂糖やミルクの入ったポットと三つのマグカップが乗ったお盆を手に、政務官は戻ってきた。

「コーヒーはブラックとお聞きしましたが、カフェオレの好みはわからなかったので」

ジャーファルに謝意を告げ、王宮副料理長はマグカップを受け取る。

「カフェオレは砂糖を一、二個入れるのが好きなんです」

言葉通りに角砂糖を一つ入れ、ティースプーンで混ぜてからゴンベエはマグカップに口をつけた。

「おいしい!」

一口飲んだだけの王宮副料理長は、ジャーファルが選んだコーヒー豆と牛乳の種類を正確に言い当てる。とても相性がいいだの、温度感が抜群だのと、ご機嫌取りを疑うくらいゴンベエは政務官を褒めちぎっていて。あまりに絶賛するので、遠目からでもわかるくらいジャーファルは照れていた。

「毎朝このカフェオレで一日を始められたら幸せですね」

角砂糖を追加したカフェオレを口にし、ゴンベエが頬を緩める。その背後で、サラダ皿を交換していた王宮料理人が泣きそうな顔をしていた。



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