毒薬 -Love is a Poison...-(ジャーファル) | ナノ


飲会(017)


「最近市街地にアバレオトシゴの唐揚げが名物の酒場ができたらしいんだけど、めちゃくちゃうまそうじゃね?飲みに行ったついでに食べようぜ!」



終業時間直後。王宮の中庭を歩く俺の耳に、先輩の声が響いた。すぐに帯同の意を示すのはフットワークの軽さは八人将随一のピスティ。そう遠くないどこかにいるであろう先輩から、俺にも召集命令が飛んでくるのは時間の問題だ。

そう思っていれば、俺の耳のよさを理解してるのか「マスルールは現地集合な!」と先輩。いくら他より五感が研ぎ澄まされているファナリスとて、どこにいても聞き取れるわけではない。思っているより近距離にいる先輩から隠れようとしたものの、ここはだだっ広い王宮の中庭。図体の大きい俺が隠れるのは至難の業だ。

「絶対来いよ!」

振り返って上を見ると、食堂の窓から顔を出した先輩が手を振っていた。先輩が指定した酒場は二人で歩いているときに見つけた酒場で、場所は俺も把握している。

「…先輩の奢りっすよ」

もちろん先輩に俺の声など聞こえるはずがない。本当は食堂で軽く飯を食って寝たかった。しかし、行かなければ先輩やピスティが部屋まで押しかけてくるのは目に見えていて。

二人を部屋に招き入れて一晩泊める羽目になるのと、市街地まで出向いて新しい酒場を開拓するのと。どちらがいいかなんて自明。拒否権がないのを察した俺は、先輩たちが王宮から出てくるのを待った。



噂の酒場に到着すると、開店間もないにもかかわらずすでに多くの国民で賑わっている。なんとか三人で座れる空席を見つけ、麦酒を二樽注文した。

「ヤムライハさんとスパルトスさんは?」

「ヤムは実験が佳境らしくて、スパちゃんはシンドバッド様の外交にお供してる」

ピスティの説明に納得したところで、店主が麦酒の樽を持ってくる。ついでに料理の注文を取ろうとする店主に、待ってましたとばかりに先輩がアバレオトシゴの唐揚げを注文した。しかし、店主から返ってきたのは予想外の答え。

「申し訳ございません…アバレオトシゴの唐揚げは本日終了しております」

「はァ〜?」

先輩の叫び声が店内に響き渡った。開店間もないのに看板商品が品切れなんて、という先輩の嘆きも理解できなくほない。しかし南海生物の捕獲には制限もあり、一日の提供量に限度がある。それは一般国民以上に、八人将である俺たちの方が知っていることで。店主に文句を言う選択肢などなかった。

「アバレオトシゴの唐揚げを楽しみに終業時間まで耐えてたのに…!あんまりだァ」

「申し訳ありません、先ほど最後のアバレオトシゴを出してしまいまして」

先輩の嘆きに、店内の視線が俺たちに集中する。子供のように駄々をこねる先輩に口を挟んだのは、彼より三歳年下のピスティ。

「シャル…アバレオトシゴは次回にしよう。今日はヤムもスパちゃんもいないし」

「アバレオトシゴの唐揚げで、もう口がいっぱいなんだよォ…」

アバレオトシゴの唐揚げを諦めきれない先輩を見て、店主はオロオロする。さすがにこのままでは、店にも他の客にも迷惑だ。麦酒代を支払って、さっさと先輩を店からつまみ出そう。そう思ったとき、都合よく俺たちの救世主が現れる。

「あの…よろしかったら一緒にいかがですか?」

声の方を振り返ると、王宮料理人のゴンベエさん。彼女の手には、微かに湯気の立つアバレオトシゴの唐揚げ。これが最後の一皿だったのは、想像に難くない。

「ゴンベエちゃん!…ゴンベエちゃん、ありがとう!」

遠慮の"え"の字もない先輩は、駆け寄った先のゴンベエさんに泣きつく。救世主に縋りついたと思えば、せっせと先輩は麦酒の樽を一つ彼女の卓に運ぶ。あれよあれよという間に、相席は既成事実化する。王宮料理人の横に座った先輩は、「おまえらも来いよ」と目配せした。

「仕方ない」

「行こう」

ピスティと目で会話し、もう一つの樽を俺が抱えて二人に合流する。ゴンベエさんの卓には見慣れない料理がずらりと並ぶ。

「ゴンベエちゃん、一人で飲んでたの?」

昼番明けで食べ歩きをしていた。そうゴンベエさんはピスティの問いに答える。

「せっかく友達になったんだから、誘ってくれればよかったのに…」

しょげるピスティを王宮料理人が宥めていると、彼女に店主一枚の紙を渡す。それを見て顔を輝かせたゴンベエさんは、礼を告げて店主に頭を下げた。おそらく何かのレシピだろう。

「冷めないうちに食べましょう!」

ゴンベエさんの発言で、みんな揃ってアバレオトシゴの唐揚げを口に運ぶ。アバレオトシゴを食す機会はたまにあるが、唐揚げは初めてだ。

「麦酒がすすむなァ…ゴンベエちゃん、本当にありがとう!」

何度も何度も先輩はゴンベエさんに礼を告げる。そんなにアバレオトシゴの唐揚げを楽しみにしていたのか、と先輩の様子に俺は内心驚く。謝意を告げられた側の王宮料理人も、満更ではなさそうで。アバレオトシゴの唐揚げを頬張る先輩を眺めながらニコニコしていた。

「ゴンベエちゃん、シャルのためにありがとね!」

少しして先輩が離席したタイミングで、ピスティが改めてゴンベエさんに感謝を伝える。俺たちより早くここに来たということは、王宮料理人もアバレオトシゴの唐揚げを心待ちにしていたわけで。俺たちで四等分することになったのだから、どんなに繕おうと内心は複雑に違いない。

「ううん、わたしもこうして一緒に食べられてよかったよ」

「…先輩に遠慮しなくていいっすよ」

俺が口を挟むと、遠慮していないと言ってゴンベエさんは首を振る。

「あんなに料理を待ち望んでいた方が、おいしいって喜んでくださるなら。シャルルカン様に限らず、ああいう姿を見られるのはわたしの料理ではなくても同じ料理人として嬉しいんです」

そう言って、麦酒に口をつける王宮料理人。いい意味で"先輩や話し相手の俺が八人将だから"という気遣いは感じられない。



「ゴンベエさん、王宮で全然見かけなかったすけど」

先輩が戻ってきたあと。途切れた会話の合間に、俺は気になっていたことを放り込む。王宮料理人の就任式で顔を合わせて以来、全然その姿を見ていなかったのだ。

「この一週間は毎日働いていて、厨房と私室を往復するだけの生活でしたから。明日と明後日が初めての非番なのです」

そう答えたあと、ゴンベエさんは麦酒を飲み干す。樽の近くにいた俺は斜向かいの王宮料理人の元に行き、樽を持ち上げて空のグラスに麦酒を注ぐ。謝意を告げながら微笑むゴンベエさんは店員を呼び、葡萄酒と料理を追加注文した。

「ゴンベエちゃん、結構お酒強いんだね!」

「強いかはわからないけど…弱くはないと思うよ」

ピスティの問いに返し、また王宮料理人は麦酒に口をつける。二人の会話で気になったことを俺が問おうとすると、俺が聞きたかったことを俺より先に先輩が尋ねた。

「ゴンベエちゃんさ、ピスティと俺らで態度違くね?」

聞かれた本人は、目をぱちくりさせている。

「…それはもちろんです。ピスティちゃんは友達で、シャルルカン様とマスルール様は八人将ですよね?」

「私も八人将だよ」と、ピスティは口を尖らせた。そのタイミングで、先ほどゴンベエさんが注文した葡萄酒の樽が卓の横に運ばれる。空いた麦酒の樽の回収を待って、先輩は話を続けた。

「俺たちは友達じゃないの?こうやってプライベートでも会う仲なのに?」

先輩の言葉に、わかりやすくゴンベエさんは言葉を詰まらせる。

「"プライベートでも会う仲"というか…アバレオトシゴの唐揚げ目当てで先輩が押しかけただけっすけどね」

「押しかけてなんかねーよ!ゴンベエちゃんが"一緒に食べよう"って言うからさァ」

「ともかく…わたしは"一介の官職"です。八人将のあなた様方とは立場が違いすぎます」

「ヤムと私のときも同じこと言ってたよ〜」と笑うのはピスティ。記憶を辿れば、王宮料理人の就任式に辿り着く。確かに立場が違うと言って、ゴンベエさんは八人将の女性陣と友情を育むのを拒んでいた。

「立場が違いすぎても、ピスティやヤムライハさんとは友達なんすよね?」

意地悪かと思いつつ王宮料理人に尋ねると、彼女は頷く。ゴンベエさんは口を尖らせながら、「ヤムちゃんとピスティちゃんには"女友達が少ない"って言われたので」と付け足した。

ただでさえ王宮には女性が少ない。さらに八人将であるがゆえ、二人と他の女性には距離があるのも事実。もっとも、ピスティの場合は他にも原因があるのだけれど。

女性の魔導士はシンドリアにも多くいる。しかし自分が八人将だから、どうしても"上司と部下"になって"友達"にはなれない。そうヤムライハさんもかつて酒の席で嘆いていた。

「男性の官職は多いですし、わたしでなくたってい」

「そうやって"男だから"、"女だから"って判断するの…やめない?」

もっともらしいことを言いながら、ゴンベエさんの肩に先輩が左腕を回す。右にいる先輩を一瞥して、左肩に乗った先輩の腕を王宮料理人はやんわり払った。

「わかりました…シャルルカン様もマスルール様も、わたしのお友達です」

ゴンベエさんの言葉に顔を綻ばせる先輩は、葡萄酒での乾杯を促す。もちろん俺も友達認定されて悪い気はしないが、口には出さない。

「マスルールくん、嬉しそうだね」

ニタニタ顔のピスティへの反応に困り、俺は誤魔化すように葡萄酒に口をつけた。



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