毒薬 -Love is a Poison...-(ジャーファル) | ナノ


不足(番外編)


ある日の二十一時。一週間近くまともに休みを取らず、ヤムライハは魔法の研究に打ち込んでいる。そんな同僚を心配して彼女の私室に来たのは、ゴンベエと私。

「やっと…魔法式が完成したあああ!」

高笑いしながら部屋の床に魔法陣を書くヤムライハは、言ったら悪いが相当不気味だ。私たちに気づく気配のない天才魔導士に声をかけられる雰囲気ではない。開けっ放しになっていた私室の扉の外で、ヤムライハの様子をゴンベエと私は窺う。

「ちょっとだけ試してみようかな…」

ヨレヨレの格好で杖を手にしたヤムライハは、魔法陣の中央でさっと杖を一振りする。真珠が埋められた杖の先は魔法陣の中央で光り、そこから放たれた光が床を走りはじめた。

「あ、あれ…?」

どうやら光が床を這うのは想定の範囲外らしく、ヤムライハは目をぱちくりとさせている。くるくると魔法陣の外側を周回した光は、壁に反射しながら進行方向を変えていく。幾度の進路変更を繰り返してまばゆい光が向かう矛先は、扉の外にいた私たち。

「ジャーファル、危ないっ!」

光に飲み込まれる間際、ゴンベエが私を突き飛ばした。

「ごめんなさい、ジャーファルさん!まさかいるとは思わなくて…」

光が消えたあと、廊下に転がる私の元にヤムライハが駆け寄る。天才魔導士に抱き起こされながら気にしなくていいと返す私は、恋人の姿が見えないことに不安を覚えはじめた。

「あれ…ゴンベエは?」

「なにいってるの、ジャーファル。わたしはここにいるでしょう?」

恋人の声が聞こえたのは、私の足下。ふと視線を下げると、信じられない姿がそこにはあった。王宮料理人専用の袖幅の狭い官服は、紫獅塔の廊下に脱ぎ捨てられている。その襟から顔を出していたのは三歳ほどの女の子。それがゴンベエだと気づくには、時間はかからなかった。



「めちゃくちゃ可愛い〜!」

「確かに面影はあるが…本当にゴンベエ殿なのか?」

ヤムライハによって緊急招集されたシンと八人将が、三歳児の恋人をぐるりと囲む。ゴンベエをこんな姿にした天才魔導士は顔面蒼白で、解除魔法を編み出すべく机に齧りついている。

「このピアスがあるので、間違いないと思います」

三歳児なった王宮副料理長の耳たぶには、ホワイトデーにかつて私があげたピアス。まだ目の前の光景を信じきれていないスパルトスにピアスを見せるべくゴンベエの耳に触れれば、ピクリと彼女は身体を震わせる。

目の前の三歳児が私の恋人である証拠として、その無意識の反応は十分すぎた。もっとも、そう思うのは私だけ。

「ジャーファル、かおちかづけて」

いつものように話しかけるゴンベエに応え、三歳児に顔を寄せる。小さくなった恋人を改めてよく見ると、かつてイムチャックでラメトト首長に見せていただいた写真のゴンベエに似ている気がした。そんなことを考えていれば、"わたしがゴンベエだよ"と主張するかのように小さな恋人から口づけられて。

「ゴンベエ、大胆だな」

私たちを隣でからかうシンに鋭い視線を向けると、ゴンベエに名前を呼ばれた。振り向けば、じっと私を見つめるゴンベエ。大人のゴンベエもよく見せるその表情は、私が触れるのを待つときのものだ。

「いくらゴンベエでも…三歳の子を相手にそういう気分にはならないよ」

思ったままを告げれば、プルプルと震えるゴンベエは泣き出してしまう。泣くほどのことではないだろう?と、ゴンベエを宥めるのはドラコーン殿。ゴンベエ曰く涙腺の緩さは三歳児のそれで、少し悲しい程度でも涙が止まらないようだ。

「でもよォ、ゴンベエちゃん。王宮にいる三歳の女の子に、普段ジャーファルさんがコーフンしててもいいの?」

「…いやだ。いくらジャーファルでも、それはきもちわるい」

シャルルカンの問いに、こちらが傷つくくらいゴンベエは嫌悪感を丸出しにする。ゴミを見るような恋人の眼差しは、半年ほど前までこの国に滞在していた第八皇女の従者への視線を彷彿とさせた。三歳どころか成人女性だろうと、恋人以外にそういう気は起きないのに。

「そういえば、あしたひるばんなんだけど。どうしよう…」

眉を下げてぽつりと王宮副料理長がつぶやけば、机に向かうヤムライハがすごい勢いで振り向いた。壊れた機械のように謝罪を繰り返す天才魔導士に、「きにしないで」とゴンベエは口にする。

「あしたはひばんにしてもらうよ。りょーりちょーにせつめいするから、いっしょにヤムちゃんもきてくれる?」

「もちろん!ジャーファルさん、ゴンベエちゃんお借りしますね」

そう言って軽々と三歳のゴンベエを抱きあげたヤムライハは、部屋を出ていく。主不在の部屋に取り残されたシンと我々八人将は、顔を見合わせて大きなため息をついた。



中身が二十九歳とはいえ、私室に三歳児を一人寝かせるのは不安で。今夜はゴンベエを私の部屋で寝かせる。小さくなった王宮副料理長を抱えて寝台に潜り込めば、ぴったりと私の胸元に彼女は身を寄せた。

「ジャーファルでいっぱい…しあわせ」

縄票を外してから左手で恋人の髪を梳くと、幸せそうに彼女は目を細める。二十九歳の恋人も同様の表情を見せるが、三歳の恋人はいつも以上にあどけない。

こうしてぴったり密着されても、唇すら寄せず平時と同様に接する私に不満なのか。ぷっくりとゴンベエは頬を膨らませてえいた。しかし見た目年齢相応の恋人の可愛らしさは、本人の期待に反して私の父性を刺激するだけ。

「普段だって寝るときはこうして抱きしめてるのに、物足りないの?」

「ちがうよ…でも、なんかいわたしがキスしても、ぜんぜんジャーファルがキスしたりふれたりしてくれないんだもん。そこはものたりない」

ゴンベエの言う通り、この部屋に来てから彼女は何十回も私に唇を重ねていた。しかし、シンや八人将がいる場でも言った通り、三歳の女の子にキスされようと盛り上がるはずはなく。あまりに不満気な恋人の期待に応えるべく一度だけ自分から唇を重ねてみたものの、「きもちがこもってない」とかえって彼女を泣かせてしまっていた。

ふと胸部に触れた右手に視線を落としてみれば、そこにはもちもちの手。"おてて"という言葉が似合う手には愛らしさこそ感じる。しかし、数えきれないほど料理をしてきたあの手では、私が触れてほしいと感じる手ではない。

「今はこれで我慢して。おやすみ、ゴンベエ」

やわらかい右手の甲に短く口づけ、もう一度小さな恋人を胸に引き寄せた。



翌日。ゴンベエのリクエストに答え、王宮託児所に連れてきた。三歳の恋人を見守るべく、今日は私も暇をいただいている。たまたま仕事に余裕があったからよかったものの、しばらくゴンベエの魔法が続く可能性も考慮しなくてはならない。

キャッキャと同年代の子とおままごとで遊んでいるゴンベエは、本当に楽しそうだ。オモチャの野菜でとんちんかんな料理を作る友達に苦笑いしつつ、「おいしい!」と"息子役"を演じている。

「遊びに行きたいってせがまれたと思えば、託児所だなんて…びっくりしました」

「ゴンベエって、幼少期に同年代の友達いなかっただろ?だから、三歳の身体で同じ年頃の友達と遊びたかったんじゃないか?」

一番下の子を迎えに来たヒナホホ殿と一緒にゴンベエを眺めていれば、ぽつりと彼がつぶやく。それは予想外の考えで、思わず私は聞き返した。

「あの両親の元で幼少期からがっつり料理修行してたらしいからな。託児所に預けられたのは、両親がともに仕事の日だけだったみたいだし。それに、ミストラスは同い年だったけど…俺より年上のルルムが親友だなんて、年齢の近い友達がいなかった証拠だろ?」

十歳離れたピスティとゴンベエは、互いに"親友"と認めている。しかし、それはいい大人たちの付き合いだからできることであって。十歳以上年上の相手を"親友"と呼ぶのは、十歳に満たない女の子にとって一般的でない。

「あれ?ゴンベエ、今日はピアスしてないのか?」

「…ええ。ここに来る前に外したいってせがまれたんです」

三歳の力ではうまくピアスを外せないようで、私が外したのだ。王宮託児所で遊ぶ友達を傷つけないため。そう言われれば、今まで肌身離さずゴンベエが身に着けていた贈り物でも、外さない選択肢はなくて。

「ジャーファル!三さいだとすぐつかれちゃう、だっこして!」

トコトコと私の元に駆け寄ってパッと両腕を上げる恋人は、見た目年齢相応に甘えるようになった。軽く抱きあげれば、私の頬にぴったりと自身の頬をゴンベエが寄せる。

密着するもちもちほっぺたに刺激されるのはやはり父性であって、頬を寄せる三歳児相手に異性としてのときめきを覚えることはない。恋人ではなく、娘だと思っているくらいだ。ゴンベエとの子供だったら、もっともっと可愛いのだろうか。そんなことが、ふと脳裏をよぎった。

「ゴンベエ、随分楽しそうだったな」

ヒナホホ殿がゴンベエの頭を撫でると、気持ちよさそうに彼女は目を細める。三歳児曰く、海兵としての任務も多くこなすヒナホホ殿の手は硬いらしく、私が撫でるのとは別のよさがあるらしい。

「はい!おもってたよりたのしかったです」

楽しかったと最初は声を弾ませていたゴンベエの口数は、次第に減っていく。完全に黙った恋人の顔を見ようにも頬をくっつけられていれば表情は窺えなくて。頬が濡れていることに気づいたのは、そっと顔を離そうと思った矢先だった。

「ゴンベエ…?また泣きたくないのに泣いちゃ」

「ううん…三さいのわたしができなかったことができて、すごくうれしいの。でも、三さいのときはジャーファルもこんなふうにあそべなかったし、わたしよりもっとたいへんなことをしてたとおもうと、わたしばっかり三さいじになってたのしんでるのがもうしわけなくて…」

どんなに見た目が三歳児でも、やはり中身は二十九歳のゴンベエ。本来の恋人が透ける涙に、不覚にもときめいてしまう。ヒナホホ殿に挨拶したあと、ゴンベエの背中をさすりながら王宮託児所を去った。



「ドラコーン殿!ゴンベエを見ませ…」

どうしても私の手が必要な問題がある、と政務室詰めの文官から声をかけられたのは十九時頃。天才魔導士の魔法失敗および王宮副料理長の幼児化はトップシークレットで、文官でその秘密を知るのはピピリカだけ。

普通の三歳児なら一人にしておけないものの、中身は二十九歳のゴンベエ。彼女を信じ、私の部屋で待つよう彼女に言いきかせて仕事に向かった。しかし、二十時過ぎに戻れば部屋はもぬけの殻。手当たり次第に八人将の私室を訪ね、恋人を見つけたのは最後に訪れたドラコーン殿の部屋だった。

「あら、ジャーファル様。どうされました?」

「"どうされました?"じゃなくて!ゴンベエ、どうして私の部屋から出たの?じっとしててって言ったでしょう?」

サヘル殿の膝に座るゴンベエの髪は濡れていて、身体からは薄っすら湯気が漂う。私の部屋でもできるはずなのに、わざわざドラコーン殿の部屋で湯浴みを済ませていたのは一目瞭然だ。

「だって…さすがにひとりでゆあみするのはふあんで。サヘルさんならあんしんだから」

「私が戻るまで待てばよかったでしょう?」

サヘル殿の膝で気まずそうな表情を浮かべる恋人に視線を合わせ、できるだけ優しく話しかける。ちょっとした悲しみで意思に反して泣いてしまう今のゴンベエを、できる限り刺激したくなかった。

「ジャーファル様に身体を洗ってもらうなんて、恥ずかしくてできない。そうゴンベエちゃんは言ってましたよ」

「は?そんなことで?だいたい湯浴みなんて、この二年近」

「それいじょういわないで!そろそろ二十一じだし、ドラコーンさまもかえってきちゃうから。わたしたちはジャーファルのへやにもどろうよ」

焦ったようにゴンベエが私を遮るものの、彼女の発言は一理ある。赤蟹塔で多忙を極めるドラコーン殿が私室に帰ってまで、私たちの揉め事には付き合わせたくない。サヘル殿の膝からゴンベエを抱きあげた私は、ほんのりと湯気を漂わせる彼女とともに私室に戻った。



「ジャーファル、ねむい…あしがだるくてあるけないよ」

「託児所でたくさん遊んだからじゃない?寝かしつけてあげるから、寝台においで」

二十一時。目をしぱしぱさせるゴンベエを抱き上げて寝台に寝かせてから、私も隣に潜る。明日は早朝から市街地に視察に赴く用があり、今日は私も就寝予定。寝具の冷たさと違う温もりの気持ちよさに三歳児を抱き寄せると、突然彼女の身体が光り出す。

目を開けられないほどの強い光が部屋を包んだのは一瞬。弱まる光に合わせて目を開いていくと、胸のあたりに違和感を覚える。光とともに、どこかに小さな恋人は消えてしまった。代わりに私の目の前に現れたのは、二十九歳の恋人。

「ゴンベエ、元に戻…」

ぴったりと胸に密着するゴンベエに、この一日は存在を消していたものがふつふつと込み上げてくるのに気づいてしまう。気づけば二十四時間ぶりの恋人に齧りついていて。三歳の恋人も可愛かったが、やはり目の前のゴンベエ以外考えられないと再認識する。

「"寝かしつけてあげる"って言ってたじゃない…」

「ごめん、無理だよ。前言撤回」

首筋に唇を寄せてみれば、非番前夜の恋人とも違う華やかな香り。サヘル殿の石鹸の匂いを纏うゴンベエを堪能できるなんて、最初で最後な気がしてしまう。それならなお、寝かしつけるなんて不可能で。

「キスしたり触れたりしてくれなくて物足りないんでしょう?今から満足させてあげる」

「物足りないなんて言ってないし、今日は脚がだるいんだ」

言い切らないうちに唇を塞いで顔を離せば、三歳になってすぐ私に口づけた後と同じ表情を見せる恋人。相変わらず思考が顔に出やすいゴンベエに笑いを堪えながら、彼女の右の対耳輪に唇を押し付けた。



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