毒薬 -Love is a Poison...-(ジャーファル) | ナノ


犬猫(番外編)


"世界をルフに還す魔法"の一件から半年後。ジャーファルさんとゴンベエちゃんがマスルールくんに会いに行くと聞き、私も愛犬を伴ってレームを訪ねた。

レーム王宮に着くなり顔を合わせたマスルールくんは、"ファナリス兵団"の仕事が残っていると零す。すぐには片づかないようで、ジャーファルさんたちの待つ場所に案内してくれた。

「せっかく来ていただいて悪いすけど、待っててください」

案内など女官にでも任せればいいものの、わざわざ私を案内してくれた元八人将の末弟。仕事に戻る彼の背中を見届けてから、そっと私は扉を開ける。通された先は王宮の応接間で、ソファーに寛ぐ先客が二人いた。

手にする巻物を読むゴンベエちゃんと、それを一緒に眺めるジャーファルさん。王宮料理長は恋人の肩に頭を預けていて、彼は彼女の肩に腕を回している。

巻物に書かれた何かを指摘するジャーファルさんは、決まって恋人の耳元に顔を寄せ、そのあと耳やこめかみにキスを落とす。くすぐったそうに身を捩りながら彼氏を見つめるゴンベエちゃんも、見つめられてはにかむジャーファルさんも、とても幸せそうで。二人だけの世界に入っている彼らは、私など眼中にないらしい。

ゴンベエちゃんはゴンベエちゃんで、視線は手中の巻物に向けられたまま。恋人を見つめるジャーファルさんの眼差しは、"それでも構わない"と物語っていて。二人を見ていれば、それほどまでに私も殿方に想われたい気持ちが募る。

恋人がシンドリアに来る前なんて、部屋の主不在の政務室で隠れていても、扉を開けた瞬間に政務官は私たちを察知した。それにもかかわらず、今のジャーファルさんにはゴンベエちゃんしか見えていない。

その証拠に、ジャーファルさんが私に気づいたのは入室から一分ほど経ってから。私に視線を向けると、ゴンベエちゃんの肩に回した腕をさっとどかす。いくらジャーファルさんが平然を装ったところで、巻物に視線を向ける恋人は彼の肩に頭を預けたままなのに。

恋人に少し遅れてゴンベエちゃんが私に気づけば、さっと彼女も頭をどかした。八人将時代から二人のイチャイチャを何度も見せつけられてるのに、こういうところは昔から変わらない。

「ヤムちゃん!久しぶりだね」

「二人は相変わらず仲よさそうで」

そう言えば、ジャーファルさんとゴンベエちゃんは顔を見合わせてはにかんでいる。私の計算が正しければ、二人が出会って八年以上。交際期間は七年を超えるにもかかわらず、互いを想う二人の気持ちは変わらないようだ。

二人はまだ結婚していない。以前さりげなくジャーファルさんに探りを入れたところ、"少なくとも一年は待ちたい"と話していた。何を待ちたいのかは聞かなくてもわかるし、ただ一年が過ぎる可能性が圧倒的に高いのも二人はわかっている。それでも、こればかりは二人の気持ちの問題だ。

そうでなくても、ゴンベエちゃんは料理修行の二年間を気にしていた。役職持ちながらシンドリアを空けたことに引け目を感じていたようで。帰国後二年間は将軍たちに恩返しする、と意気込んでいたのは私も知っている。

それもあって、一年待たないにしても"恩返し期間"中の結婚にはかなり消極的と聞く。"恩返し期間"に結婚したって、将軍もサヘルさんも咎めはしないのに。むしろあの二人なら、国を挙げて全力で結婚を祝ってくれるはずだ。

ゴンベエちゃんが気を揉む"恩返し期間"は、つい先日終えたばかり。今後もシンドリアで暮らし続けるか、いつ結婚するかなども含め、実は未定なことの方が多いらしい。

「いいなぁ〜。それより二人とも、私の婚活聞いてくださいよ…って、ちょっと!」

一向に進展しない婚活の愚痴を聞いてもらおうとしたところ、私の腕にいた愛犬がキャンと鳴いて床に飛び降りた。うちの子が向かった先はジャーファルさんの足元で、彼の膝下を前足でガシガシと掻いている。

「この子、ジャーファルに懐いてるね。抱っこしてあげたら?」

恋人に懐く私の愛犬に目を細めるのはゴンベエちゃん。彼女に言われるがまま抱き上げた犬を、ジャーファルさんは自身の腿に乗せる。

ジャーファルさんの腿に頬を擦り寄せながらしっぽを振る愛犬は、先ほどまでと打って変わって大人しくなった。通信器越しにジャーファルさんにうちの子を見せたことはあったが、ここまで初対面の人に懐くのは珍しい。剣術バカなんて、月に一度は顔を合わせているのに未だに吠えられている。

「ジャーファルの膝の上が気に入ったんだ。ふふふ…わかるな、すごく落ち着くよね」

恋人の腿に頬を擦り寄せるうちの子を、ゴンベエちゃんが惚気ついでに撫でようとした。しかし、愛犬はゴンベエちゃんにキャンキャンと吠えている。スパルトスやヒナホホさんも吠えられていたが、これほどではなくて。

吠えるだけに留まらずガルルルと唸られているのだから、ゴンベエちゃんの嫌われ具合は剣術バカといい勝負かもしれない。突然の威嚇に王宮料理長は怯み、さっと右手を引く。ゴンベエちゃんの手が離れれば、愛犬はジャーファルさんの腿に自身の顔を擦りつけて大人しくなった。

「ゴンベエちゃん、ごめんね。普段は人に威嚇なんてしないんだけど…」

「大丈夫だから心配しないで。お昼に食べたカレーのスパイスが犬にはよくなかったのかも」

「でも…それなら私が威嚇されないのはおかしいよ。ゴンベエと同じものを食べたんだから」

「確かに」と眉をハの字に下げたゴンベエちゃんが笑えば、ジャーファルさんの顔をめがけて愛犬が前足を高くあげる。ジャーファルさんの顔を捕らえると、彼の顔回りをペロペロと舐め始めた。

特に唇がお気に入りのようで、執拗に舐め続ければジャーファルさんがうちの子の胴を掴んで抱き上げる。剣術バカはもちろん、スパルトスにもマスルールくんにもしない愛犬の行為に目が点になっていた私は、ようやく我に返った。

「ジャーファルさん…その、す、すいません…」

「くすぐったいけど大丈夫。さっきからヤムライハは謝ってばかりだね」

ジャーファルさんに謝ったあと、彼から預かった愛犬にはお説教を食らわせる。飼い主の腕に抱かれているのに、うちの子はジャーファルさんに身体を向けてしっぽを振り続けていて。懲りない愛犬にため息をつく私をよそに、タオルで顔を拭きつつ「犬は可愛くていいね」とジャーファルさんは目を細める。

そんな恋人の横で眉間に皺を寄せるのはゴンベエちゃん。席を立って私の前に来たと思えば、うちの子はメスかと小声で王宮料理長が問う。私が頷くと、愛犬に目線の高さを合わせてゴンベエちゃんは渋い顔をした。

「…ジャーファルにああいうことしちゃダメ。わたしが嫌なの」

シンドリア時代はピスティや私にも嫉妬しなかったゴンベエちゃんが、犬相手に嫉妬を見せるなんて。人間以外を相手にやきもちを焼く姿など、予想だにしなかった。

もっとも、忠告に素知らぬ顔のうちの子は、再びゴンベエちゃんに威嚇している。頭上にクエスチョンマークを浮かべるジャーファルさんは、先ほどより少し距離を詰めて着席した恋人に愛犬に放った一言を問う。しかし、ゴンベエちゃんは何でもないと慌ててはぐらかす。

「ヤムライハ。ゴンベエは何を?」

「言わないで!恥ずかしい…」

顔を真っ赤にして私に迫るゴンベエちゃんに、思わずニタニタしてしまう。

「え〜っ?どうしよっかなー」

「ヤムちゃん!」

少し私が意地悪していると、応接間の扉が開いた。

「ゴンベエさんっ」

「久しぶりだね、元気?」

扉を開けたのはマルガちゃん。レームに来たときに、何度か私も顔を合わせていた。かつての修行者によくしてもらったらしく、マルガちゃんはゴンベエちゃんによく懐いている。

「ゴンベエ、ジャーファルさん。久しぶり」

「ティトス様もお変わりなさそうで」

レームの元"マギ"ティトス・アレキウス様の腕には白猫が一匹。その猫がぴょんとティトス様の腕を離れると、大きくジャンプしてマルガちゃんと会話するゴンベエちゃんの胸に飛び込んだ。

「この前レームに来たときは会えなかったから、久しぶりだね」

後頭部をゴンベエちゃんが撫でれば、気持ちよさそうに白猫は小さく鳴く。先ほどのうちの子と対照的に、白猫は南国の王宮料理長の首元に頬を擦り寄せた。白猫の頭が上下するたびに、首元に着いた鈴が音を奏でる。

「猫も可愛いな。ゴンベエと猫なんて、ずっと見ていられる組み合わせだよ」

「…へえ、恥ずかしげもなくゴンベエの彼氏は惚気るんだ」

ぽつりとつぶやいたジャーファルさんの一言を、しっかりと拾うのは元"マギ"。ニタニタする彼に、ゴンベエちゃんと彼女の恋人は揃って顔を赤くした。「どういうこと?」と、そんな二人を見て問うのはマルガちゃん。

「今まで何度も何度も"ジャーファルさんが大好き"って、ゴンベエは言ってたでしょう?同じように、ジャーファルさんもゴンベエが大好きなんだって」

「ティトス様!恥ずかしいのでおやめください!」

ティトス様の解説に、首まで真っ赤にする南国の王宮料理長。彼女を一瞥したマルガちゃんは、私たち大人と違って一切悪意のない笑みを向ける。

「それって、すごく幸せだね!」

「マルガちゃん…うん、すごく幸せだよ」

マルガちゃんの目線の高さに合わせて腰を屈め、自身に向けられたものと同じ笑顔を返すゴンベエちゃん。すると、しばらく彼女の腕で大人しくしていた白猫が、彼女の首筋をペロペロと舐め始めた。

「ちょっと、くすぐったいよ…」

「この子、ゴンベエさんの首大好きだよね。いつもペロペロしてる」

"普段通りの光景"と言わんばかりに微笑むマルガちゃん。彼女の言葉に、うんうんとティトス様も頷く。しかし、ジャーファルさんの視線は恋人ではなく私に向いていて。

「ヤムライハ。すぐにでも結婚したければ、君はもっと近くを見るべきだと思う」

「それ、会う人みんなに言われるんですけど。どういう意味ですか?」

ジャーファルさんに話しかけられたと思えば、彼もここ数年ずっと言われ続けていることを口にした。真意を問おうとすると誰もが口を噤むため、"近くを見る"の意味がわからないのだ。近くを見ようとマグノシュタット学院内の独身男性魔導士と会食を重ねても、成果は芳しくない。

「ひゃあっ」

声の方を向くと、ゴンベエちゃんの首に白猫が噛みついている。先ほどまで私の婚活話に付き合ってくれていたジャーファルさんは、素早く恋人の声に反応した。

ゴンベエちゃんの元に駆け寄ったジャーファルさんが白猫の首根っこを掴むと、先ほどの愛犬同様に白猫が彼を威嚇する。それに驚いたジャーファルさんは、恋人から猫を離して素早くマルガちゃんに手渡す。

「ありがとう、ジャーファル…ねえ、歯形ついてる?」

ゴンベエちゃんは首を横に傾け、白猫が噛みついたところを恋人に見せる。近寄らずとも視認できるほど、しっかりと首筋に犬歯の痕が残っていた。

「うん、くっきり痕になってる。痛くない?」

「今は大丈夫…スフィントス様のところに行って、薬もらってくるね」

そう言って、ゴンベエちゃんは応接間から出ていく。扉の閉まる音がするのを待ち、マルガちゃんがジャーファルさんに頭を下げた。

「気にしないで、マルガちゃん。ゴンベエは大丈夫だし、噛みつかれたくらいでこの子を嫌いにならないから」

子供ウケ抜群の笑顔でジャーファルさんが返せば、マルガちゃんの表情もやわらかくなる。白猫がマルガちゃんの腕で気持ちよさそうにするのを見て、ジャーファルさんが彼女に一つ問うた。

「マルガちゃん、もしかして…この子はオス猫かな?」

ジャーファルさんの質問に、これまた純粋な笑顔をマルガちゃんが見せる。

「うん!男の子だよ」

ジャーファルさんはマルガちゃんの答えに、大きなため息をつく。どうりで自分に懐かないわけだ、と小さな声でつぶやいた。

「でも、ティトスお兄ちゃんには懐くよ」

「僕は毎日一緒だからね」

ふふふとティトス様が微笑む一方で、頭を抱えるのはジャーファルさん。

「ゴンベエが猫にもモテるなんて…」

「まったく…似た者同士というか何というか。うちの子にゴンベエちゃんも妬いてましたよ」

「えっ、どういうこと?」

ゴンベエちゃんに悪いと思いつつ秘密をばらしていると、部屋の扉が開く。この部屋に戻ってきたのは、八型魔法特化型魔導士を訪ねていた渦中の人物。首全体を隠すように包帯が巻かれていて、先ほど私が目にした噛み痕以上に痛々しい。

見た目以上の大事と思ったのか、マルガちゃんは目を潤ませながらゴンベエちゃんに謝罪する。大丈夫と言って、南国の王宮料理長はマルガちゃんの頭を撫でながら笑う。恋人が自分の隣に戻るのを待ち、ジャーファルさんは彼女の耳元に顔を寄せる。

「ゴンベエの気持ちが知れて、すごく嬉しいよ」

「え…?気持ちってどういうこと?」

上機嫌の恋人を前にクエスチョンマークを頭上に浮かべるゴンベエちゃんの背後で、扉の開く音がした。振り向けば、私たち三人がレームを訪ねた目的の人物。

マスルールくんに遅れてやって来た彼の家族も合流し、私たちは楽しいひとときを過ごした。もっとも、婚活について有用なアドバイスは誰からももらえなくて。元八人将の末弟に問うても、"近くを見る"の意味がわからないままだったのは言うまでもない。



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