毒薬 -Love is a Poison...-(ジャーファル) | ナノ


会議(014)


「…これ、ルルムの?」



お菓子を口にした国王の言葉に、わたしは頷く。もっとも、ルルムちゃんのレシピで作ったお菓子を会議に持っていこう、と提案したのはわたしではない。料理長を探して厨房を訪ねたヒナホホさんと、厨房の入り口でばったり会ったときだった。

「ゴンベエ、料理長の出勤まで時間あるか?」

「時間、あるにはありますが…どうされました?」

ヒナホホさん曰く、およそ5時間後に八人将会議が開かれる。その際に提供するお菓子を作ってほしいというのが依頼だった。しかし、そのお菓子にも一つだけ注文があるという。その注文こそが、ルルムちゃんに教わったお菓子の指名だった。

「この前俺の部屋に来たときに作ってくれたお菓子あるだろ?」

「あのお菓子でいいんですか?この前のお菓子は…かなり簡単なものなんです。国王や八人将にお出しするなら、もっと手の込んだものの方が…」

「いや、あれがいい。あれはルルムがよく作ってたんだ。シンドバッドやジャーファルもよく食べてたから、あいつら喜ぶと思うぞ」

ヒナホホさんの部屋では聞けなかった情報に、わたしは思わず目を見開く。そんなわたしを見て口角を上げるヒナホホさんの目も自信に満ちていて。こういう経緯があって、ヒナホホさんの家族に作ったのと同じものをわたしは作った。



「ルルムと同じ味だ」

「どうして…ゴンベエさんがこの味を?」

最初に口に含んだお菓子を急いで飲み込み、矢継ぎ早に尋ねるのは国王とマスルール様。無口な印象のマスルール様の食いつきのよさに、内心わたしは驚く。

「ルルムちゃんから教わったので…」

「"ルルムちゃん"?」

姉同然の女性の名前を出せば、国王とマスルール様は声を揃えて反応した。声にしないだけで驚いているのは他の八人将も同様らしく、背中越しにも会議室中の視線が自分に集まるのを感じる。

八人将の反応からしてルルムちゃんのことは会議室にいる人は全員知っているのだろう。そう判断したわたしは、イムチャックでのルルムちゃんとの関係を国王や八人将たちにも説明した。

「そうだったのか」

納得した様子を示しつつ、二つ目を求める国王はバスケットに手を伸ばす。

「ルルム殿から料理まで教わっていたとは。サヘルも喜ぶと思うぞ」

「今度サヘルさんにお会いするときも、お持ちしますね」

「え、ゴンベエはサヘルとも面識があるのか?」

ドラコーン様夫人・サヘルさんとは2日前の市街地で偶然出会った。ヒナホホさんといたところに夫婦と遭遇し、4人でレストランで食事したのだ。

あれ以来サヘルさんとは会えていないが、今度は2人で会う約束もしている。そういう経緯でドラコーン様だけがわたしとヒナホホさんの間柄をいち早く知っていたことも、この場で話した。

「それならそうと、早く言ってくれればよかったのに…。俺たち、心配して損したなァ」

「心配…?」

ふう、と大きく呼吸して脱力するシャルルカン様にわたしが詳細を問う。わかりやすく肩を震わせたエリオハプトの剣士は、若手八人将に視線で助けを請うた。しかし、誰一人としてシャルルカン様に救いの手を差し伸べる者はいない。

「シャルルカン」

ヒナホホさんの声でシャルルカン様の表情に諦めが濃く宿る。「怒らないから」と付け加えられれば、観念したようにエリオハプトの剣士は"心配"の詳細を口にした。わたしたちの一緒にいる場面の目撃情報だけでなく、"規格外"や旅館での逢瀬といった事実無根の噂。

「何度も言っているが、俺に後妻を娶る気は一切ない」

彼らの言い分に呆れながらも、わたしとの関係をヒナホホさんが否定する。ヒナホホさんに再婚の意向がないことは、わたしも彼から直接聞いていた。万が一ヒナホホさんにわたしが恋愛感情を抱いてしまっても、彼と結ばれようとは思わない。今も昔もルルムちゃんの想い人であることに変わりないはずだ。

「おまえら、俺だけじゃなくてゴンベエにも言うことあるだろ」

「…ごめんなァ、ゴンベエちゃん」

「いえ、お気になさらないでください」

今回は変に言いふらされることもなく、若手八人将内で話題になっていただけ。こうして噂が嘘であることも明らかにしたわけで、実害らしい実害はなかったといっていい。

「ゴンベエさん、もっと食べていい〜?」

台車の下段のバスケットを目ざとく見つけたピスティ様の言葉でテーブルに視線を向けると、二つのバスケットはすっからかん。見つかってしまえば隠しようがなく、ヒナホホさんをわたしは一瞥する。下段のバスケットの中身はヒナホホさん一家のために作ったお菓子だから。

「しょうがないな」と笑いながらも、ヒナホホさんはピスティ様に許可を出した。はしゃぎ声をあげながら台車からバスケットを取り出したピスティ様は、最後のバスケットを卓上に置く。

このお菓子を待ち望んでいたのは、どうやらピスティ様だけではないらしくて。バスケットが卓上に置かれるなり、ヤムライハ様やスパルトス様の手もお菓子に伸びた。

「王よ、本題に入ってもよろしいでしょうか」

ルルムちゃんのレシピとはいえ、自分が作ったお菓子の評判がいいのは喜ばしいことだ。しかし、ただお菓子と紅茶を配るためだけに会議室に来たわけではなくて。わたしは国王の方を向き、拱手する。

「実は…ヒナホホさんから任務を仰せつかりました」

「任務?具体的には何を?」

「ヒナホホさんの子供たちとピピリカさんに、ルルムちゃんから教わったことを伝えること…です」

イムチャックでもシンドリア商会でも、ルルムちゃんとピピリカさんが行動をともにする機会は多かった。一見2人が一緒にいれば、義姉から学べる機会は多くあったように思える。

しかし、実態は逆。2人が一緒にいた期間の大半、ルルムちゃんは身重だったり子育てで多忙だったりして。義姉から教わるより義姉の世話をするほうが多く、義姉から学ぶ機会はほぼ皆無。そうピピリカさんから聞いていた。

「王宮料理人としてシンドリアに貢献すべきところ申し訳ございません。ただ…わたしは生前のルルムちゃんに数えきれないほどお世話になりました。ルルムちゃん本人には恩返しできませんが、自分にできることとして子供たちやピピリカさんに還元できるものがあれば還元したいと考えています」

私情を一通り話し終えたわたしは下を向き、一度呼吸を整える。改めて国王に視線を向けてから今回の主題をわたしは口にした。

「ただ…子供たちやピピリカさんと都合を合わせる必要があるので、厨房での勤務時間を減らしていただきたいのです」

すでに料理長にも話をつけたと付け足せば、国王は快諾する。いくら八人将のヒナホホさんが絡んでいるとはいえ、"一介の官職"、しかも正式な入宮前の新人のわがままだ。それをあまりにあっさり受け入れてもらえたことに、わたしは驚かずにはいられない。

「ゴンベエの頼みを聞いたのに、どうしてゴンベエが驚いてるんだ」

理由を説明すれば「確かにな」と言って国王は笑う。

「でもこの任務はゴンベエにしか務まらんだろう?それにルルムには俺も世話になったし、料理長と話がついているなら断る理由がない」

改めて国王から承諾の言葉をもらい、わたしは拱手して頭を下げる。そんなわたしの横で国王を呼ぶのはヒナホホさん。

「ゴンベエの部屋を緑射塔に手配してると思うんだが、ゴンベエの移動時間や労力を考えると紫獅塔がいいと思うんだ」

確かに任務のたびに料理道具一式を手に移動することを考えれば、ヒナホホさんの部屋の近くに住めることはありがたい。しかし紫獅塔は国王や八人将などの私室があり、出入りできる人間も限られている。そんな場所に"一介の官職"が暮らすなんて、許されるのだろうか。

わたしの視線は国王に向く。しかし、わたしの不安は杞憂だったようで。ヒナホホさんの言葉に国王も納得する様子を見せている。"伝説の冒険者が建立した国"という時点で予想はしていたが、シンドリアにおける国王の裁量は想像よりはるかに大きい。

「ジャーファル。悪いが、紫獅塔に空き部屋があればゴンベエに手配してもらえないか?」

自身の向かいに座る政務官に国王が声をかける。しかし、ジャーファル様は俯いたまま動かない。普段の政務官なら、すぐに文官を呼んで紫獅塔の空室を調べさせるはず。シンドリアに来て日の浅いわたしですら、そう感じていた。

ジャーファル様の右手には、お菓子が残っている。一口齧っただけのそれを見て不安になったわたしは、ゆっくりと長卓の上手側まで移動した。長卓の左端に座って微動だにしない政務官のそばに向かう。

「ジャーファル様、お口に合わなかったでしょうか?」

わたしは跪き、緑のクーフィーヤを覗き込む。

「…」

すべてを悟ったわたしは、立ちあがってジャーファル様の背中に手を回した。

「他のお菓子も作るので、ご要望がありましたらいつでも教えてくださいね」

ルルムちゃんが作ったお菓子ならわたしも作れるはずだ。そう付け足すと、ジャーファル様は小さく頷く。

「…今日くらいは、政務官の手を煩わせないでおこう」

そう言って国王は自ら部屋の外に行き、文官を呼んだ。



紫獅塔の空き部屋を確認する命令を受けた文官が戻ってきたのは約15分後。文官曰く、紫獅塔に空き部屋はある。しかし長らく空室続いた部屋で、入居前に念入りな清掃が必要な状態らしい。すぐに掃除するよう国王が命令すると、紫獅塔の方角に文官は駆けていった。

「国王、ありがとうございます」

わたしが謝意を伝えていると、閉まったばかりの扉がもう一度開かれる。扉の奥で息を切らせていたのは、先ほどと別の文官。

「ただいまイムチャックから戻りました。こちらが…ラメトト首長から預かった書簡です」

その声に、文官の確認結果を待つ間も微動だにしなかったジャーファル様が身体を起こす。心配そうに政務官を見つめるわたしに、「すぐに確認しますから」と鼻に赤みを残したまま彼は言う。

書簡に目を通すジャーファル様の横顔を眺めながら、会議室に来る途中でヒナホホさんに言われたことを思いだした。

<特にジャーファルは、ルルムから実の息子のように勉強や礼儀を教わったからな。一緒にいた時間が長い分、キキリク以上に喜ぶと思うぞ>

ルルムちゃんとジャーファル様が"実の母子"のような関係だったなら、ヒナホホさんとは"実の父子"のような関係なのだろう。わたしがヒナホホさんに視線を移せば、「言った通りだろ?」と彼は微笑む。

ヒナホホさんと目で会話をしていると、ジャーファル様に名前を呼ばれた。身辺調査の結果に問題はなく、明日にでも就労許可を出せるという。イムチャックでの行動に問題があるとは思わなかったが、こうして身辺調査を受けるのは初めてのことで。やっと働けることにわたしは安堵する。

そろそろ会議を再開しないか、と頃合いを見計らって声をかけたのはドラコーン様。わたしの登場でルルムちゃんに話が及んでヒナホホさんの任務に紫獅塔の空き部屋、就労許可と話は脱線に脱線を重ねていて。

自分の空のティーカップを一瞥してから、今度こそ邪魔にならぬようわたしは退席を試みる。しかし「たいした内容ではないから」と国王に同席を促されたわたしは、結局最後まで八人将会議に出席した。



八人将会議の終了後、ヒナホホさんと向かったのは食堂の隣にある厨房。空のバスケットに溜まったお菓子のかけらを捨ててティーセットを洗い、今度はヒナホホさんの部屋でお菓子を作り直す。一家からの焼きたてのお菓子の評判は前回に輪をかけてよく、バスケットを見つけたピスティ様に心の中で感謝した。



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