毒薬 -Love is a Poison...-(ジャーファル) | ナノ


打算(152)


「次は、レームに行くんだ」



ゴンベエちゃんの料理修行が終わり、出国を翌日に控えた夜。マスルールの元に行くと言いながら、友人は不安そうな顔を浮かべる。あいつのところなら心配事なんてないだろうに。今はレームに身を寄せるファナリスは、南国の王宮副料理長とその恋人によく懐いていたはず。俺は俯くゴンベエちゃんに理由を問うた。

「実は…この期に及んで、レームにまだ修行許可を得てないの」

マスルールに連絡すればいいのに、と思ったままを俺は返す。しかし、通信器を持っていないとゴンベエちゃんは口にする。まさかシンドリアの王宮副料理長が通信器を持っていないとは思わず、俺は驚きを隠せない。

ゴンベエちゃんが来るときはヒナホホさんから連絡をもらっていた。この二月の間に連絡先を交換すればいい。そう思いながらも王宮にいればすぐに会える関係もあり、連絡先の交換は実現しないままで。二月をともに過ごしながら、通信器を持っていないことを今の今まで俺は知らなかったのだ。

"国際同盟"加盟国の王たる俺には、優先的に通信器が支給された。しかし、あくまでゴンベエちゃんは一般の民と同じ扱いらしい。

「シンドバッド様に頼めば、一つくらいくれるっしょ?シンドバッド様とゴンベエちゃんの仲だろ」

俺の言葉に、ゴンベエちゃんは少し考え込む素振りを見せる。

「友達なら商品を買って支援したいから…パルテビアに寄ったときに買うつもり」

南国の王宮副料理長の一言に、妙な引っ掛かりを俺は覚えた。二人の関係は、あくまで"王と官職"。国を離れて主従関係を解消しても、かつての主にゴンベエちゃんが"友達"として接することはない。

旧世界の会談会場で見せた練紅炎たちに対する恭しい態度からも、それは明らかだ。いつの間に、ゴンベエちゃんは前国主を"友達"と形容するようになったのだろう。

「それじゃあ、マスルールには俺が連絡しよっか?」

俺の問いに「お願いしていい?」と、ゴンベエちゃんは即答した。その場で何度か交信を図るが、ファナリスは応答しない。普段からマスルールの応答率は決して高くないものの、こういうときに限って応答しないなんて。結果を伝えると残念そうな顔をしたが、ゴンベエちゃんは俺に謝意を告げた。



「…ねえ、シャルルカン様」

先ほどまでの雰囲気から一転して、俺を呼ぶゴンベエちゃんの顔は真剣だ。

「シンドバッド様が…"国際同盟"が決めた四つの法律について、シャルルカン様はどう思う?」

ゴンベエちゃんが口にしたのは、帰国直後に発表された"新世界のルール"。先程までとは打って変わって真面目な話題に、酒で酔い始めた頭を俺は回転させる。"国際同盟"常任理事の兄貴に告げ口するわけではないし、本音を聞きたいとゴンベエちゃんは言った。

「…ゴンベエちゃんこそ、どう思ってんの?」

相手の意見を問う前に自身の意見を言うべきだ。自分の考えを整理するための時間稼ぎのためにも、俺はそう伝える。「そうだよね、ごめん」と、俺に謝罪するゴンベエちゃん。

「まず、わたしの意見から言うね…大前提として、法律自体には反対じゃない。奴隷も兵役もなくなるし、シンドリア商会の魔法道具で労働力を補完できているから。各国を転々として生きるわたしにとって、通貨の統一はとても助かるし」

しかし、ゴンベエちゃんには一つの懸念があった。大きくなる商会の力と反比例する、国家権力の弱体化だ。

「色々なものが国に集まるのは、国家に力があるからでしょう?料理も資源も文化も。でも…商会が国家以上の力を持てば、今まで国に集まっていたものが今度は商会に集まる。そしたら、国家がただの"土地の枠組み"に成り下がる気がして」

「もっとも、"王族に国家権力が集まってほしい"って願う官職のエゴもあるけど」とゴンベエちゃんは付け足した。友人に同調しつつ、俺も自分の意見を口にする。

「シンドバッド様が退位するとき、"これからは国という小さいことに囚われず生きなさい"って言っただろ?国が小さいことだとは思わねえし、これからも小さくなっちゃいけないと思う」

俺の言葉に、シンドリアの王宮副料理長は力強く頷く。少し間を置いてから、「あくまでわたし個人の予想だけど」とゴンベエちゃんは話し始めた。



「この世界では…圧倒的な力をシンドバッド様が持つ一強状態になると思う」

前の世界でも、強大な力を持つ一人だったシンドバッド様。レームのシェヘラザードや煌帝国の"炎帝"と並んで、"七海の覇王"は目立っていた。

"通信"と"移動"を掌握したシンドバッド様の商才には、ただただ驚かされる。非常に高額な飛空挺の導入は、大国を中心に進められていた。レーム貴族でも名家に数えられる資産家には、個人での保有を検討している者もいるらしい。もっとも、噂レベルの話であり、真偽は不明だ。

ただ、外交上地理的に不利なエリオハプトとしても、飛空挺の存在は非常にありがたい。個人レベルでの飛空挺の所有が金持ちのステータスになるのも頷ける。

対照的に、通信器は一般の民にも手の届く価格設定。ただし、シンドリア商会の資金力で増産体制を整えても生産が追いつかないほど、注文が殺到しているらしい。そのため、一般の民に届くには時間がかかると聞く。

「飛空艇と通信器が発表された時点で、世界の中心はシンドバッド様だよ」

いくら何でもそれは大袈裟すぎないか?と俺が尋ねれば、「シャルルカン様は危機感が足りない!」と、逆にゴンベエちゃんに叱られてしまう。「ご友人とはいえ、王になんて口を」と、近くの給仕たちが南国の王宮副料理長を咎めた。慌てて俺が彼らを制し、ゴンベエちゃんに話を続けるよう頼む。



「いい?"国際同盟"一強じゃないからね」

"国際同盟"一強ではなく"シンドバッド様"一強、とゴンベエちゃんは強調する。

「まず…"国家間の移住の自由"には、飛空艇が欠かせないでしょう?」

"国家間の移住の自由"によってパルテビアに人々が移住する、とゴンベエちゃん。パルテビアに商人が集まるのは、シンドリア商会繁栄の証だ。シンドバッド様の脅威となりうる商会や個人は、今のところ存在しない。商売敵が移住したところでシンドバッド様は痛くも痒くもないはずだ、とゴンベエちゃんは言う。

「パルテビアに人が移れば、その人たちが元々住んでいた国は人手不足になるでしょう?それを補うのは何だと思う?」

奴隷も兵も、"国際同盟"が決めた法律で禁じられている。考えられるのは、ただ一つ。

「魔法道具…?」

「そう。飛空艇と通信器以外の商品もチェックしているけど、どれも競合商会に比べてシンドリア商会が頭一つ抜けてる…詳しいことは知らないし、憶測で言うべきじゃないけど、きっとヤムちゃんが一枚噛んでると思う」

「…あいつが?」

バカ女の顔を思い出せば、だんだん腹が立ってくる。俺にはちっとも連絡をよこさないくせに、シンドバッド様とは頻繁に連絡を取り合っているなんて。魔法学院の関与がゴンベエちゃんの憶測でしかないことを、完全に俺は忘れてしまう。

"国家間の移住の自由"を認める以上、国民の移住に国家は介入できない。すべてはシンドバッド様の手中にある。ゴンベエちゃんが言いたかったのは、そういうことだ。



「ゴンベエちゃんは…そこまでシンドバッド様が計算していたと?」

少し間を置いて、ゴンベエちゃんは頷く。クシャリを頬張り、飲み込んでから修行者は口を開いた。

「…シャルルカン様にとっては当たり前だったかもしれないけど、"金属器"があれほどの威力を持つなんて、わたしは知らなかったから。アズワンダムを見るまではね…」

要するに"金属器"を見くびっていた、とゴンベエちゃんは言う。一つあれば国を壊せる"金属器"を、シンドバッド様一人で七つ。内戦前の煌帝国は、皇族全員で七つ以上の"金属器"を所有していた。

「七つも"金属器"があれば、悪立地の新興国でも他国がシンドリアを無下にできないのも頷けるし、煌帝国だって周辺の小国を軒並み平定していくよね。"金属器使い"が一人いたところで、膨大な"金属器"を有する国に対抗できるはずがないもん」

そう告げてため息をついたゴンベエちゃんは、ぱっと顔色を変えて慌てて謝罪する。"ヴァッサゴ"の金属器を所有する兄貴がいるエリオハプトも、ゴンベエちゃんの言葉を借りれば「複数の"金属器"を有する国に対抗できるはずがない」。大理石の床に頭を擦りつけようとする修行者を、俺は慌てて制した。

もっとも、エリオハプトに関しては決して失礼だとは言い切れない。今でこそ貴重な水源としてアズワンダムの恩恵を受けているものの、アズワンダムの存在やかつて八人将だった俺自体が"シンドバッド様に敵わない"と国が認めた証でもあって。

「でも、シャルルカン様は安心して。エリオハプトが大打撃を受けることはないはず。"国際同盟"理事のアールマカン様がいらっしゃるし、現国王のシャルルカン様は元八人将だから」

元々他国に比べて王家の権力が強いエリオハプトでは、無理な改革推進は得策ではない。そうゴンベエちゃんは付け足す。無理な改革推進は国家の分断を招くから、エリオハプトでの構造改革は"七海の覇王"とて慎重にならざるを得ないだろう。それが、ゴンベエちゃんの考えだった。

南国の王宮副料理長の指摘はもっともだ。シンドバッド様と俺が出会う数月前に父が崩御し、兄貴と俺で王座を争った。兄貴の政策に批判的な保守層が俺を祭り上げただけにすぎないものの、国家の分断を招いたのは紛れもない事実。

それに、一昔前のエリオハプトで起きた一連のお家騒動を、シンドバッド様は知っている。そういう前例があるから、ゴンベエちゃんの言う通り、シンドバッド様でも急進的な改革を要請してくることはないだろう。

「ごめん、最後の夜なのに真面目な話をしすぎたね」

「えっ?俺と真面目な話するのダメなの?」

思ったままを返せば、そういう意味ではないと修行者は笑い飛ばす。単純にシンドリア時代のような楽しい話題がいい、とゴンベエちゃんは口にした。

「ねえ、ちゃんとヤムちゃんと連絡取ってるの?」

「なっ…何で俺からバカ女に連絡しねーといけないんだよ」

「知らないよ〜?マグノシュタットには、魔法をバカにする男性なんていないんだから!ヤムちゃん好みのヒゲの素敵な年上男性がいたら、あっという間だと思うよ」

バカ女との仲について尋ねる南国の王宮副料理長の顔は、ニタニタしている。ゴンベエちゃんの指摘はもっともで、俺は何も言い返せない。弟としか見られていないことや進展などないことなど、ゴンベエちゃんに相談しながら夜は更けた。



翌早朝。レームに向かうゴンベエちゃんを見送るべく、レーム属州・カタルゴとの国境沿いまで見送りに行く。宴のあとも何度かマスルールに連絡を試みたが、最後まで応答はなかった。

「やっぱり、レーム王宮まで送ろうか?俺がついていったほうがレームとの話も早いだろうし」

「いえ、ここで結構です。国境沿いまでお見送りいただくのはシャルルカン王が初めてですし…何よりレームへの修行許可の取り付けはシンドリアの外交の一環です。エリオハプトの力をお借りするわけにはいきません」

ゴンベエちゃんの通行許可証に捺印すると、カタルゴ側の駐屯所の番人が国境の門を潜るよう彼女に促す。

「気をつけてな。マスルールに会ったらよろしく!」

「はい。シャルルカン王、ありがとうございました。お元気で!」

カタルゴに向かって小さくなるゴンベエちゃん。彼女の背中を、地平線に消えるまで俺はじっと見つめていた。



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