毒薬 -Love is a Poison...-(ジャーファル) | ナノ


引抜(136)


洛昌から国王が帰国されたのは、紅炎様の斬首刑施行の晩。

両軍合わせて約3万5千人の犠牲者を出した煌帝国の内戦は、白龍様率いる東軍の勝利で幕を閉じた。紅明様と紅覇様は流刑され、紅炎様と紅明様の眷族たちも投獄されるらしい。しかし、西軍を率いた3人の皇子と2人の皇女の処遇はまるで正反対。

内戦調停に功労した"七海連合"の協力者として、2人の姫君たちは謀反の罪を許された。しかし、どの国際情勢について書かれた巻物に目を通しても、どのようにして内戦調停に2人の姫君が功労したかは記されていない。

内乱平定に貢献した2人、ましてや姫君たちの功績ならば、本来は大々的に報じられるもの。それが一文で済まされるのは異例中の異例で、何かしらの裏があるはずだ。

もっとも、東軍の援軍だった"七海連合"の西軍拠点の通過を白瑛様が許可されたのは、わたしもよく知っている。西軍にとって、第一皇女の行為は裏切りに他ならない。残党の復讐を防ぐため、白瑛様の功績が伏せられたと考えれば妥当だろう。

対照的に、依然として不可解なのは第八皇女。紅炎様たちを紅玉様が裏切る理由なんて、想像できない。どんなに考えても、紅玉様の功労が何なのか、わたしには一切見当がつかなかった。



あくまでわたしは"一介の官職"。船旅を終えてシンドリアに戻ってからは、国際情勢について書かれた巻物で情報収集している。より詳細な情報を国王や八人将が握っていると分かっていても、彼らに尋ねはしなかった。

友達や恋人としての立場を使って情報を聞き出すのは違うし、その辺は彼らとて弁えている。巻物に記されている以上の情報をわたしが得るのは、ほぼ不可能だ。

何より、事実をわたしが突き止めたところで、もうこの世に紅炎様はいない。紅玉様の謀反が許された理由を解明したところで、紅炎様は戻ってこないのだ。紅明様や紅覇様にも、もう二度とお会いできないだろう。

昨日の"ルフの瞳"越しの通信で国王から打診された白龍様の即位式への出席は、正直なところかなり迷った。しかし、最終的にわたしが選んだのは出席。わたしの背中を押したのは、白龍様を見守りたいという自己満足の使命感だ。

「ゴンベエ、シンが呼んでます」

部屋の扉を叩く音が聞こえて扉を開ければ、ジャーファルがいる。今夜大事な話があると国王が仰っていたため、昼番終わりに夕食と湯浴みを急いで済ませ、呼ばれるのを待っていた。扉を閉めてから部屋を施錠して腰の巾着に鍵をしまい、ジャーファルとともに国王の部屋に向かう。

「…顔色、だいぶよくなったね」

「うん、ありがとう」

国王の部屋に向かう間、わたしの半歩前をジャーファルが歩く。仕事中でもプライベートでも、いつも恋人が歩いていたのはわたしの真横。

わずかだが確実に開いた距離に、寂しさを感じていた。自分の非をわかっているからこそ、わたしは取るべき行動になお躊躇う。

「今のわたしが好きなのはジャーファルだけだよ」と言いながら、紅炎様越しに白雄様への気持ちをジャーファルにぶつけた。あれから10年以上経って、もう白雄様への恋愛感情はない。白雄様を大切に思う気持ちは変わらないが、もう彼との日々は"思い出"になっている。

白雄様への気持ちに踏ん切りをつけるまで、10年近くを要した。次の恋愛を始めさせてくれたジャーファルは、わたしにとって代えがたい存在だ。

しかし、ジャーファルを傷つけたのはわたし自身。昔話として白雄様について話しただけでなく、煌帝国側に立ってしまった。国王やジャーファルの作りあげたシンドリアを、わたしが否定したも同然だ。

紅炎様たちが大切な存在であることは間違いない。しかし、今のわたしが好きなのはジャーファルだけ。それを恋人に伝えなくてはと思うと、わたしの歩幅は大きくなる。

考えるより先に、彼の右手を握っていた。突然のわたしの行動に、驚きや困惑の色をジャーファルは浮かべる。

「今までたくさん心配かけて、たくさん傷つけてごめんなさい。何度も繰り返すけど、わたしが好きなのはジャーファルだけだから」

「…ゴンベエ?どうしたの、急に」

<これから話す内容や、わたし自身を受け入れる必要はない>

煌帝国時代のわたしを知って幻滅したら、離れても構わない。白雄様のことを話す前にそう恋人に告げたのは、他でもないわたし自身。しかし、これからもジャーファルと一緒にいたい気持ちを、わたしは自覚していた。

「ここ数日ずっと考えてたの。…過去のことや将来のこと。自分勝手なのはわかってるけど、わたしは」

そこまで言うと、立ち止まったジャーファルの左手がわたしの口を覆う。意味がわからず恋人の顔を見上げれば、国王の話のあとで聞くと政務官は告げた。

ジャーファルの発言の意図はまったく読めないが、ひとまず頷けば彼の左手が口から離れる。「行こう」とジャーファルが告げ、再びわたしたちは歩きはじめた。

今度は2人で横に並んで、わたしの左手を恋人の右手が握る。思わずジャーファルを見るが、彼の視線は前を向いたまま。

「誰かが見てたらどうするんですか」と、王宮の廊下で普段の政務官は手を繋ぎたがらない。そんなジャーファルから握られた手に、なぜか嬉しさよりも戸惑いが勝ってしまう。



国王の話は、わたしの予想をはるかに超えていた。あと2週間で国王が退位し、第二代シンドリア国王にはドラコーン様が就任。ドラコーン様を除いた八人将は、近いうちに全員シンドリアを去るという。

マグノシュタットでヤムちゃんは学長に就任し、魔導士と非魔導士が共存できる国づくりに励む。ヒナホホさんにスパルトス様、シャルルカン様とピスティちゃんは自国に戻り、親や兄上を継いで王になる。生まれ故郷・パルテビアに戻る国王は、"新しい改革"を行う。ジャーファルとマスルール様は、国王とともにパルテビアに行く。

「そんな…!急すぎます」

「ジャーファルを含む八人将に話したのも昨日だ。しかし、次の目標に向けてみんな動き出している」

先ほど覚えたジャーファルへの違和感に、わたしは合点した。わたしの話を後回しにしたのも、普段は嫌がるのに仕事中に手を繋いでくれたのも、2週間後には離ればなれになるからだ。

「重要なお話をお聞かせいただき、ありがとうございます。しかし…これほど重要な話を、なぜ"一介の官職"であるわたしに?」

八人将すら、前日まで知らなかった話。わたしの直属の上司である料理長が、この話を聞かされていたとは思えない。今日の昼番は料理長と一緒だったが、そんな重大なことを隠しているような素振りは見せなかった。

「ゴンベエにも、パルテビアに一緒に来てほしい。主として、1人の友としての希望だ」

「…いたしかねます」

「えっ」

国王たちの表情からして、わたしが断るのは想定の範疇。しかし、さすがに即答は予想外だったと推測する。

「なぜだ?マスルールや俺もいるし、何よりシンドリアを離れてもジャーファルと一緒にいられるんだぞ」

「そういう問題ではありません」

詳しく説明してほしい、と告げる国王にわたしは頷く。一度深呼吸をして、まっすぐ国王に視線を向けた。

「わたしは"王宮"料理人です。どの国でも、その国を統べる"王"や"皇子"に、わたしたちは忠誠を誓って働きます。王や皇帝の元での勤労こそが、わたしたち王宮料理人の誇りです」

わたしが言いたいことを、国王もジャーファルも理解したようだ。ここ数十年で国家体制が何度も変わったものの、今のパルテビアは皇帝の治める帝政国家。

パルテビアの地でわたしが忠誠を誓うのは、王家の人間だけ。1人の人間・シンドバッドとして王位を失う国王を尊敬する気持ちは変わらないが、忠誠は誓えない。わたしは王宮料理人だから。

「ゴンベエが来るなら、パルテビア皇帝に話を通す。もっとも…おまえほどの料理人なら、俺の仲介などなくても採用されると思うが」

それならいいだろう?と、国王はわたしの様子を窺う。そんな国王の強い眼差しに、「少し時間をください」と答えるのが精いっぱいだった。



「ジャーファルは、パルテビアに行くんだよね?」

答えはわかっているが、ジャーファル自身の口から今後を聞きたい。そう告げると、あっさりと答えを政務官は口にした。

「はい。シンとパルテビアに行きます」

「ありがとう。…ちゃんとジャーファルの口から聞けてよかった」

紫獅塔に戻りながら、わたし自身の意見をジャーファルが問う。国王にも言わないから本音で話してほしい、と付け加えて。

「国王に言った通り、少し考える時間が欲しい。…別に、断る口実を探すわけじゃないよ。そもそも国王の退位と八人将の辞任って、本来こんな短時間で決まるものではないし、シンドリアの根幹が揺らぐ大きな話でしょう?」

「確かに、ゴンベエの言う通りだ」

「ジャーファルも八人将のみんなも、国王のスピード感に慣れてるだけだよ。…国王の生前退位って、他の国なら短くても半年くらいかけて準備するくらい大事なんだから」

南の小島を大きな国にしたのは、他でもない国王のカリスマ性。ドラコーン様では…いや、シン様以外は誰だろうと、どうしても見劣りする。

次期八人将に就任する者たちは、わたしもよく知る人ばかりで、みんな頼りになる人たちだ。しかし、彼らとて現在の八人将に比べると引けを取ってしまう。

「国王や八人将だけでなく、シンドリアも建国史上最大の転換期を迎えるから。"シンドリアの官職"として、身の振り方をわたしも考えたいんだ」

「…そっか。話してくれてありがとう」

そう言うと、紫獅塔の廊下でわたしをジャーファルが抱き寄せた。胸の中のわたしを記憶させるように背中を這う腕に、くすぐったさを感じる。

「ジャーファル…部屋に行こう。紫獅塔とはいえ、誰かに見られたらどうするの?」

「…ごめん。引継業務の準備があるから、このあとすぐ政務室に戻らなくちゃ」

そう告げて、自身の身体をジャーファルは離す。自分を包んでいた温もりが消えるのが寂しくて、踵を返そうとする恋人の官服の袖を無意識にわたしは掴んだ。

「あ、ごめん。つい…」

「今から仕事に行くって言ってるのに、どうしてゴンベエはそういうことするかな…」

困り顔を見せつつわたしに再び身体を向けたジャーファルは、わたしの腰を引き寄せて短く口づける。その身のこなしの早さに、わたしは目を閉じることすらできなかった。

「ゴンベエ、おやすみ」

「…おやすみ、ジャーファル」

さっと顔を離したジャーファルは、白羊塔の方角に向かう。振り向きざまに名残惜しそうにわたしの目を見つめる恋人に、胸が締めつけられる。付き合いはじめて丸3年近く経っていて、見つめられる眼差しでときめくなんて久々で。

ジャーファルを想う自分の気持ちに改めて気づかされるものの、一緒にいられる時間はそう長くない。こんな時間が続くのはあとどれくらいだろう、と考えずにはいられなかった。



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