毒薬 -Love is a Poison...-(ジャーファル) | ナノ


前夜(122)


煌帝国との会談を五日後に控え、港から船が出る。シンドリアに残るヤムが、私たちを見送るのが見えた。

会談の会場は、レームと煌帝国の勢力圏の境界にある、マグノシュタット近隣の無人島。会談の所要時間も議題も不透明だ。そのため、シンドバッド様はもちろん、どことなく私たち八人将もピリピリしている。

「ゴンベエちゃんは大丈夫?」

料理人として会談に帯同するゴンベエちゃんに、私は声をかけた。魔導士は立入禁止のため、八人将ながらヤムは不在。会談に向かう数少ない女性のゴンベエちゃんとは、同じ寝室を宛がわれてる。

「うん…気遣ってくれてありがとう。ピスティちゃんこそ、初日から疲れてない?」

彼女の気遣いに、大丈夫と短く返す。決して嘘ではなかった。私のやることといえば、普段通り航路にいる動物を手懐けるくらいだ。

シンドバッド様やジャーファルさんに比べ、私の会談関係の任務は少ない。気に揉むことが少なくて済むだけだ。

「会談の内容や煌帝国との政治的な駆け引きは全然わからない。でも、料理でみんなを元気づけるくらいなら、わたしも協力できるよ。食材さえあれば何でも作るから、遠慮なく教えて」

「ありがとう、ゴンベエちゃん」



つつがなく船旅は進み、無人島への到着を翌日に控えた夜。ジャーファルさんは、ストレスで苛立っている。シャルや私が政務官の前で少しでもふざければ、海に突き落とされそうだ。王宮から持ってきた仕事をこなし続け、シンドリアを発ってから不眠不休が続いていた。

普段の仕事から切り替え、シンドバッド様とジャーファルさんは会談の準備を始める。しかし、互いの体臭のひどさに気づいた2人は、すぐ身体をのけぞった。

「風呂入った方がいいな…。ジャーファル、そのまま近づくと間違いなくゴンベエに嫌われるぞ」

「そうですね…。私が女性でも、こんな臭い男は嫌です。あと、あなたのそのみすぼらしいヒゲ剃ってください。七海の覇王の威厳4割減です」

シンドバッド様にジャーファルさんが進言する。すると、世話係として乗船する女官たちが、2人のヒゲを剃りはじめた。

「練紅炎はいいな〜、ヒゲが似合って」

「へ〜、練紅炎ってヒゲ男なんですか」

「そう、超似合ってんだよ〜。俺もヒゲ生やそうかな。どう思う?」

ヒゲを剃ってもらいながら雑談する2人。そこに、夜食の杏仁豆腐を運ぶゴンベエちゃんが通りかかった。

「ヒゲのない紅炎様のほうが、かっこいいですよ」

ゴンベエちゃんは、無自覚に爆弾を投下する。他の男性に向けられた恋人の"かっこいい"発言と蓄積された疲労で、ジャーファルさんから漂う負のオーラが尋常ではない。それをシャルが指摘すれば、「うるせえ」と一蹴された。

「煌のやつらってみんなガタイいいんですよ、迫力負けしますよ」

「えっ…?そうかな…?」

「そんなことないですけどね」と、私の視界の奥でショーグンとゴンベエちゃんは笑う。ヤムと戦地に赴いたため、煌帝国の顔触れをショーグンは知っているのだ。

「シンの立場を私が弱くするのはマズイ。なんか迫力ある感じにして下さい」

「俺もカッコよくしてくれ。練紅炎よりもダンディで、かつムー・アレキウスよりもキュートで若く見える感じに」

練紅炎もムー・アレキウスも、私は見たことない。しかし、どのみち無茶ぶりをシンドバッド様が仰ってるのはわかる。ダンディな髭の似合うキュートで若く見えるシンドバッド様なんて、まったく想像がつかない。

「あっ、王よ」

「ジャーファル殿、明日の件で…」

ちょうどそこに、ヒナホホさんとスパちゃんが通りかかった。国のツートップの奇想天外な髪形に、周囲も2人も慌てふためく。ジャーファルさんに激甘なゴンベエちゃんですら、軽く引いているように見える。

2時間の仮眠をとれば、2人は正気に戻ったように見えた。このあと、さらに大きな悲劇が2人を襲ったのは、また別の話。



「じゃあ、シャルルカンにマスルール、"ヤンバラ"と先に行ってるから」

嵐のような一夜が明け、先に無人島に着いたのはシンドリアの船。協定通りに七つすべての"金属器"を台に置いてから、会場にシンドバッド様が向かった。

「ゴンベエ」

恋人にジャーファルさんが声をかけたのは、乗船後初めてかもしれない。それくらい、慌ただしくジャーファルさんは働いてた。

「会談が終わったら、ゆっくり過ごす時間を取るから。申し訳ないけど、船上で待っててください」

「わかってる。…待ってるからね」

チューもなく、短い抱擁だけで2人は離れる。久々に触れたのなら、チューの一つや二つすればいいのに。私たちにジャーファルさんも合流し、練紅炎たちを迎えに行った。

ロック鳥に乗った私が、煌帝国側の船を上空からくまなく確認する。練紅炎と思しき男性を乗せた船には、アリババくんしかいない。モルたんたちは、後方の別の船に乗っていた。



「お待ちください、閣下。協定通り、すべての"金属器"はここに置いてから、会場へお進みください。我々"八人将"が、責任をもってお預かりいたします」

「もちろんです、そちらも同様になさるのならばね。そして、"金属器"が主から離れれば"眷属器"も使えなくなる…」

「これで心置きなく語らえるというわけですね」

ジャーファルさんの言葉に、第二皇子・練紅明と思しき男性が答えた。にこやかな笑顔を浮かべるジャーファルさんと練紅明は、視線の先に火花を散らす。

「紅炎様」

煌帝国側の眷族の1人が、練紅炎に声をかけた。どうした?と主が問えば、その眷族はシンドリアの船を指さす。

「あそこにいるのって…もしかして…」

その眷族が指さす先には、船の檣楼でクッキーを貪るゴンベエちゃん。私たちに背を向けて海を眺めるゴンベエちゃんは、自身に集まる両国の視線に気づかない。

煌帝国の眷族は、後ろ姿だけでゴンベエちゃんを判別できるようだ。東国をゴンベエちゃんが離れて8年ほど経つはずなのに、それほど彼女と親しかったのだろうか。それが私は気になってしまう。

「ゴンベエちゃーん!」

その眷族は大声で檣楼にいる女性を呼んだ。こちらに顔を向けたゴンベエちゃんの表情は、ここからでは全然わからない。少し間を置いてから、何かに気づいたゴンベエちゃんは、クッキーとマグカップを檣楼に放置して甲板に降りた。

「紅炎様、紅明様。ご無沙汰しております」

甲板に降りたその足で下船したゴンベエちゃんは、二人の皇子を前に拱手する。

「…先日はごちそうさまでした」

先に言葉を発したのは、第二皇子。練紅明の真意を理解できず、周囲もゴンベエちゃんも頭上にクエスチョンマークを浮かべた。

「シンドリアを神官殿が訪ねたとき、アバレヤリイカの燻製を作ったのはあなたでしょう?」

練紅明の言葉に、ゴンベエちゃんは真意を察したらしい。煌帝国の"マギ"・ジュダルが何か言っていたか、と練紅明にゴンベエちゃんは尋ねる。

「いえ。私好みの燻香で燻製できるのは、ゴンベエくらいですから。今の煌帝国にはあなたのレベルの料理人がいなくて、困ってるんですよ」

練紅明の人となりは、私にわからない。しかし、王宮料理人としてゴンベエちゃんがひどく優秀なのは、誰の目にも明らかだ。煌帝国ほどの国の皇子であれば、相当舌が肥えているはずで。料理の腕を褒められたゴンベエちゃんは、満更でもない顔をする。

「おい、ゴンベエ。これ…」

いきなりゴンベエちゃんに近づいた練紅炎が、彼女の両耳に触れた。練紅炎の親指が触れる先には、ゴンベエちゃんにジャーファルさんがあげたピアス。ファーストピアスが取れてから、肌身離さずゴンベエちゃんが身に着けているものだ。

「ちょっと、ゴンベエから離れてください。彼女はうちの官職です」

2人の距離の近さに耐えかねたのか、練紅炎から恋人をジャーファルさんが引きはがす。表情を変えることなく、一瞬だけジャーファルさんに練紅炎は視線を移した。自身の耳たぶを指さしながら、ゴンベエちゃんに練紅炎が問う。

「それは、"新しい男"からか?」

練紅炎の質問に、両国が息を飲んだ。どこまで煌帝国側が知っているかは、わからない。しかし、ゴンベエちゃんに練紅炎の知る"古い男"がいたことが明らかになる。

全員が固唾を飲み、ゴンベエちゃんの答えを待った。



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