毒薬 -Love is a Poison...-(ジャーファル) | ナノ


親睦(120)


煌帝国との会談まで、あと一月。会談を議題にした会議中に王を訪ねたのは王宮副料理長だった。

「会議中でしたか…あとで出直します」

普段は王や八人将とも仲のいいゴンベエ殿だが、官職としての立場は弁えている。頭を下げて王宮副料理長は扉の外に向かい、王も彼女を止めようとはしない。しかし、扉を閉めようとするゴンベエ殿の腕をジャーファル殿が掴んだ。

「その格好なら仕事中でしょう?わざわざ厨房を抜けて来るなんて、何か重要な報告でも?」

ゴンベエ殿の官服は部分的に茶色く汚れている。恋人の問いに頷いた王宮副料理長は、王に許可を仰ぐように目配せした。

「どうした?こっちで話を聞くよ」

政務官に促されて王に歩み寄るゴンベエ殿からは、甘い香りが漂う。チョコレートソースかキャラメルソースか、そうした類に違いない。

「急かすようで申し訳ありませんが、会談に行く船の乗船人数はお決まりでしょうか?そろそろ船に積む食材を発注したいので…」

王宮副料理長の申し出に、「まだ伝えてなかったのか?」と血相を変えたジャーファル殿が王を睨む。政務官曰く、正式な人数を決定したのはアリババが故郷に向かった頃。

ゴンベエ殿に伝えるよう王に頼んだものの、彼女の耳に届いていなかったようだ。王は二人に「悪い」と告げるものの、その顔に反省の色は見られない。伝わっていないものは仕方ない、と政務官は大きくため息をつく。

後ろを向いたジャーファル殿は、席の後ろにまとめていた巻物の束を物色する。いくつかの巻物を開閉したのち、一本の巻物を手にした政務官は王宮副料理長に視線を向けた。

「これが乗組員の一覧です。人員交代はあるかもしれませんが、これで人数は固定します」

受け取っていいのかと問うゴンベエ殿に、政務室に原本があるとジャーファル殿。開いた一覧に目を通した王宮副料理長は、ぱっと目を輝かせた。丸めた巻物を左脇に挟むや否や、ゴンベエ殿は政務官の右手を両手で包む。

「…名前がわかればアレルギー対策もできるから、すごく助かる。こういう細かいところに気が利くのは、さすがジャーファルだね」

にこりと微笑む恋人に、会議中なのを忘れてジャーファル殿は耳を赤くする。一覧を左脇に挟んだ副料理長は、なぜか政務官から手を離そうとしない。

政務官の真横にいる王は、そんな二人を見てニタニタしはじめた。反対側の王の隣にいる八人将の最年少は平常運転。二人の姿に大きなため息をつくのは、マスルールの左隣のヤムライハだ。ジャーファル殿の左隣のヒナホホ殿は「朝から熱いな」と静観している。

「ゴンベエ、仕事に戻らなくていいのか?」

"二人の世界"に入った恋人たちに声をかけたのは、私の左隣のドラコーン殿。彼の声に二人とも我に返り、ぱっと距離を取った。

「そうですよね、すいません…じゃあ、わたしはこれで」

「会議中に失礼いたしました」と言って、足早にゴンベエ殿は部屋から去る。扉が閉まるのを見届けたあと、耳に赤さを残したジャーファル殿は何事もなかったかのように会議の進行に戻った。

茶々こそ入れないものの、シャルルカンとピスティはニタニタしながら進行役を眺めているに違いない。そんなの、右を向かなくても手に取るように伝わる。

「あんたたち、会議中ですよ!ちゃんと聞け!」

「ちゃんと話聞いてますよ。ねぇシャル」

「そうっすよ、細かいところに気が利くジャーファルさん」

ゴンベエ殿の発言を使った政務官いじりに、縄票を投げつける勢いでジャーファル殿は二人を注意する。

「今のはジャーファルは悪くないと思うぞ」

怒り心頭の政務官に助け舟を出したのは他ならぬ王。主の言葉に「は〜い」「すいませんでしたァ」と、私の右側から反省の色のない謝罪が聞こえる。ジャーファル殿が仕切り直して会議を再開させると、ようやく二人は真剣な顔に戻った。



会議が終わり、シャルルカンと市街地におりる。今日は久々の快晴で、せっかくだから外に出ようという話になったのだ。昼食を摂る店を探していると、あるレストランのテラス席に知った顔が二人。私に遅れて二人に気づいたシャルルカンが、彼らに声をかけた。

「ゴンベエちゃんとアラジンが二人でいるなんて、珍しいなァ」

「シャルルカンお兄さんと、スパルトスお兄さん!」

同じ場に二人がいても、ジャーファル殿やアリババも同席することが多い。二人きりでいるのは見たことなかった。もっとも、王宮副料理長と"マギ"が二人きりにならないのは偶然ではなくて。

どうやらゴンベエ殿にとって、アラジンの第一印象が最悪だったらしい。その場に居合わせたマスルールから、一部始終を聞いていた。もちろんアラジンは政務官にこってり絞られたと聞く。

二人きりにならぬよう、初対面以降ゴンベエ殿が"マギ"を警戒していたのも知っている。さらに言えば、アラジンと恋人を二人きりにさせないよう、ジャーファル殿が周囲にけしかけていたのも。

何も子供相手にそこまでする必要はないだろう。ヒナホホ殿やドラコーン殿はそう呆れていた。しかし、子供好きの政務官がそうするくらい、恋人の身体に触れた代償はあまりに大きかったようだ。

「アリババくんやモルさんがいなくて寂しいから、ゴンベエおねいさんに一緒にいてもらってるのさ」

せっかくシンドリアで距離を縮めたオルバたちも、アリババと一緒にバルバッドに行ったから。そう言ってゴンベエ殿は笑う。

アラジンには師匠のヤムライハがいる。とはいえ、彼女は彼女でマグノシュタットの復興支援に奔走していて。戦地からの帰国後もヤムライハは頻繁に魔導国家に出かけている。

来月の会談において、あるルールが設けられた。金属器や魔法の使用禁止。このルールに伴い、魔導士は会談参加自体を禁止されている。そのため会談中のシンドリアは天才魔導士に一任するため、彼女はこの国を出られない。

「これからお昼ご飯なら、二人も一緒に食べない?」

この店はシャルルカンも私も来たことがなかった。しかし、王宮副料理長がいるなら料理のクオリティーは心配ない。ゴンベエ殿の誘いをありがたく受け入れ、四人で食卓を囲むことにした。

「二人で会うのは久しぶりだけど、ゴンベエおねいさんは優しくなったよね」

「わたしは変わってないよ。それより、今のアラジンくんなら昔ほど強く警戒する必要はないかなって」

隣の空席を繋げて四人席にし、シャルルカンと私は腰を下ろす。アラジンたちはすでに注文済のようで、一度下げたメニューを再びこの席に持ってきてもらう。シャルルカンと私は、料理の一覧から適当に選んだ料理名を店員に告げた。



「この四人も…なかなか珍しい組み合わせだよなァ」

先に店にいたアラジンとゴンベエ殿の料理が席に運ばれた。湯気の立つスープを口に運ぶ二人を眺めながら、シャルルカンがつぶやく。スープを口に含みながら二人は頷くが、少し違うことを私は考える。

この顔ぶれが珍しいというより、アラジンたちと私が少人数でともにいること自体が珍しい。シャルルカンはアリババを弟子にとってるし、アリババを中心にゴンベエ殿もアラジンたちと縁がある。ヤムライハやマスルールも同じ。

しかしピスティや私は彼らを弟子にしていない分、三人とは距離がある。ピスティと三人は年齢も近いし、そもそも社交的な彼女はすぐに三人と打ち解けたのだけど。

銀蠍塔の鍛錬で手合わせして、互いの弱点を指摘したりよかった点を褒めたりはする。しかし、今回のように任務も稽古も関係ない一個人としてじっくりアラジンと話す機会は滅多にないのだ。そういうこともあり、心のどこかで"師匠組"を羨ましく思うこともあった。

私とて一応ゴンベエ殿を弟子にしているものの、シャルルカンたちほど本格的に稽古をつけてない。王宮副料理長と私の非番が合わないと稽古にならず、最近は週一または隔週ペースになっている。それにゴンベエ殿の目的はあくまで護身で、戦闘向きの技術はほとんど教えていなかった。

「いつもアリババが間に入ってくれるから、ゆっくりアラジンと話す機会ってないんだよなァ〜」

「シャルルカンですらそう思うなら、私なんてもっと接点がないからな」

アラジンとの疎遠ぶりを二人で張り合っていると、シャルルカンと私の注文した料理が運ばれる。私はヤギ肉のソテーで、シャルルカンはサンマの塩焼き。

「じゃあ、今日は"アラジンくんと二人の親睦を深める会"ということで」

そう言うゴンベエ殿は、葡萄酒の樽と葡萄ジュースを注文する。昼から私が飲酒することはほとんどない。しかし午後は非番だ。それなら一杯くらいいいだろう。朝番だった王宮副料理長も、飲酒しても何ら差し支えはない。

「俺、午後も仕事なんだけど…。ゴンベエちゃん、俺がジャーファルさんに怒られてもいいの?」

「じゃあ、お酒はスパルトス様とわたしが二人で飲むよ。ね?」

同意を求めるよう、こちらをゴンベエ殿が一瞥する。王宮副料理長に賛同の意を示すと、一杯だけと誘惑に負けたシャルルカン。

そういううちに、葡萄酒と葡萄ジュース、四つのグラスが運ばれた。アラジンは自分で葡萄ジュースを注ぎ、葡萄酒はゴンベエ殿が注ぐ。

「乾杯!」

王宮副料理長の音頭に合わせ、四人でグラスをぶつけた。



「この国はきれいなおねいさんが多いよねえ。ヤムさんとか」

「なっ…アラジン、おまえ…!」

「シャルルカンお兄さん、僕はヤムさんがきれいって話しかしてないよ」

狙ってるとしか思えないアラジンの発言に、ゴンベエ殿と私は葡萄酒を吹き出しそうになる。墓穴を掘ったシャルルカンに、いい加減好意を認めたらどうだと進言するのはいつものこと。しかし、素直に認めようとしないのもいつものことで。ゴンベエ殿も私も進展のなさに呆れるしかない。

他にも、私たちは他愛のない話で盛り上がった。たとえば、シンドリアに暮らして長い私たちにとって当たり前でも、"マギ"には新鮮に映るものが多くあって。遠い昔、ササンからシンドリアに来たときは同じようなことを私も感じたことを思い出す。この昼食を機に、少しアラジンとの距離が縮まったように感じた。

ただでさえ酒好きのエリオハプトの剣士だ。同じ卓でゴンベエ殿や私が葡萄酒を何杯も飲む横で、一杯で我慢できるはずなくて。気づけば何杯も葡萄酒を口にしていて、レストランを出る頃にはシャルルカンの顔が赤くなっていた。

王宮に戻ったエリオハプトの剣士は、運悪く王宮の入口でジャーファル殿と鉢合わせてしまって。シャルルカンはもちろん、ゴンベエ殿と私もこってり政務官に叱られたのはここだけの話。



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