毒薬 -Love is a Poison...-(ジャーファル) | ナノ


打診(116)


シンドリアに国王とドラコーン様が戻った翌日。国王不在の前回と料理を入れ替え、改めて"ヤンバラ"をもてなす晩餐会が開かれている。

晩餐会は終盤に差しかかり、挨拶のため料理長とわたしは大広間に向かった。挨拶の前に甘味の果物を出せば、うんうんと国王が頷く。

「いつ見ても、料理長の飾り包丁は芸術的だな」

「これ、トトもできるようになりたい」

前回の晩餐会から料理長の飾り包丁に強く興味を示すのは、料理が得意というトトさん。見る人を虜にする料理長の飾り包丁は、何度見てもため息が出るほど美しい。

果物を買ってはわたしも練習するが、彼の域には遠く及ばないと感じる。シンドリアに来てほぼ4年経つが、未だに料理長には嫉妬してしまう。

「では、わたしたちは失礼いたします」

"ヤンバラ"と国王に挨拶して、大広間をあとにする。先に食卓から下げられた皿を洗うべく、わたしと料理長は厨房に直行した。



翌日は夜番で、少し遅めに起床。寝台の上で腕を後ろに回せば、ポキポキと関節が鳴った。見たり触ったりしなくてもわかるほど、パンパンにふくらはぎがむくんでいる。

短期間で2回"ヤンバラ"をもてなす晩餐会を開いたため、疲労からくる倦怠感が全身に溜まっていた。

「昨日の疲れが取れてない…」

昨晩はマッサージやストレッチはもちろん、スキンケアすらしないで寝てしまったのを思い出す。シンドリアに来たころは1晩眠れば1日くらいケアを怠っても問題なかったのに、今は全身が悲鳴をあげていた。

もうすぐ20代が終わり、来月には30歳になる。そろそろ国王を見習ってアンチエイジングを始めるべきかもしれない、と思いながらわたしは食堂に向かった。



「それで今日はバナナジュースなんだ〜」

物珍しそうに、一緒に朝食を摂るピスティちゃんが言う。朝食では、基本的にコーヒーかカフェオレしかわたしは飲まない。

しかし、倦怠感が気になるわたしが選んだのは、疲労回復効果を狙ったバナナジュース。最初に気づいて指摘したのは、わたしたちの対面に座るマスルール様だ。

「ピスティちゃんは、20代すらこれからだもんねえ」

ピスティちゃんとの10歳の年齢差を感じる機会は、思いの外少ない。そもそもの身分差のほか、アルテミュラとの文化の違いなど、年齢以外の違いが大きすぎる。そのため、相対的に年齢差は気にしたことがなかった。

パンケーキにメープルシロップをかけ、その上から表面に薄い膜を張るようにバターを塗る。碁盤の目状にナイフを入れ、先に一口大にしてから一切れを口に含む。

「ゴンベエちゃん、おはよう!」

わたしに声をかけたのは、ピピリカちゃん。彼女の官服や時間帯からも、ピピリカちゃんは仕事中に違いない。

「シンドバッド王とジャーファルさんが、ゴンベエちゃんを探してたよ」

「えっ」

わたしを彼らが探す理由に心当たりはあるか、2人の八人将に問う。しかし、芳しい回答は返ってこない。

「何の話かは知らないけど…大事な話みたい。朝ご飯が終わってから行くって、ジャーファルさんに伝えとくね」

「うん、ありがとう」

政務室に2人がいると告げ、食堂の外にピピリカちゃんは消えた。食後でいいと言われたものの、国王を待たせるわけにはいかない。

国王の友達だろうとジャーファルの恋人だろうと、わたしは"一介の官職"だから。プライベートならまだしも、ピピリカちゃん曰く大事な話だ。

「ゴンベエさん、そんなに急がなくても」

「そういうわけにもいかないでしょう?…せっかくのんびりご飯食べてたのに、2人ともごめんね」

もっとゆっくり食べればいいのに、とマスルール様とピスティちゃんは声を揃える。国王とドラコーン様、ヤムちゃんの不在で、3人の穴を埋めるように開戦中は八人将も多忙な日々を過ごしていた。

そのため、こうして八人将の2人とゆっくり過ごせるのは久々で。2人を急かしているわけではないにせよ、何となく申し訳なくなる。

パンケーキとバナナジュースを胃に流し込んだわたしは、急いで政務室に向かった。



「会談への同行…ですか」

国王曰く、三月後に紅炎様との会談が行われる。レームと煌帝国の勢力圏の境界にある、マグノシュタット近隣の無人島が会談会場らしい。

「議題はアラジンが握っていて、所要時間すらわからない。無人島だから現地に店などはなく、長期間まともな食事を摂れない懸念がある」

ジャーファルの広げる地図を見る限り、シンドリアから無人島までは、シンドリア所有の一番速い船で5日。食事のためだけに帰国するには、あまりに非現実的な距離だ。

「ヤムちゃんの魔法や"魔装"でひとっ飛びとは…」

「ダメだ」

国王は即答する。口にした"魔装"に一瞬国王の表情が曇ったのを、わたしは見逃さなかった。

「今回の会談は、"金属器"も軍隊もなしと取り決めた。…詳細をゴンベエには話せないが、先日と同じ一触即発になりかねん」

"金属器"や軍隊と同列の扱いとして、魔導士の立ち入りも禁じた、と横からジャーファルが口を挟む。この禁則に従い、八人将にもかかわらずシンドリアでヤムちゃんは留守番らしい。

「何より、会談には"ヤンバラ"にも同行してもらう。粗末な食事で俺たちは構わなくても、それを国賓に出すわけにはいかない」

二国間の会談に"流浪の民"を招聘する理由は、なんとなく見当がつく。先ほどの取り決めを煌帝国が遵守するとは限らない、と国王は考えるから。

"金属器"も軍隊も、魔導士すら不在の会談。おそらく、"魔力操作"できる"ヤンバラ"が、会談会場で最強に近い存在になるのだろう。

「…なるほど」

「期間未定の国外任務を料理長に任命するわけにはいかず、国賓の"ヤンバラ"を連れる以上は平の王宮料理人を連れるわけにもいかない」

だから、副料理長のわたしが適任者。消去法的に選んだと強調するように、わざと国王は言葉を選んだ。

「ゴンベエは帯同してくれるか?」

"一介の官職"には、拒否権などない。そんなの、ヒナホホさんの双子ちゃんでもわかるはずだ。しかし、わざわざ国王はわたしに確認する。

「もちろんです。一流の料理でシンドリアの評価を下げないのも、王宮料理人の仕事ですから」

それはよかった、と国王は笑う。まともな料理を"ヤンバラ"に出さなくてはいけない、以外の意図も国王にはあるはずだ。しかし、国王の真意はわからない。

「悪いが…会談会場にはゴンベエも同行させられない。取り決めた人間以外の立ち入りは禁止なんだ」

「承知いたしました」

会談に加わるつもりなど、最初からわたしにはなかった。官職として最低限の政治に対する学習意欲は、わたしにもある。しかし、国王や紅炎様たちが顔を揃える場に、わたしが足を踏みいれる権利はない。

あくまで、王宮料理人は厨房や食堂で働く人間。政は門外漢と肝に命じるよう、幼少期に両親から口酸っぱく言われた。

「会談が近くなったら、改めてご相談させてください。船に積む食材の発注がございますので」

夜番の出勤時間が迫るため、話を終わらせる方向にわたしは進める。

「わかった。…それと、八人将と俺以外には、くれぐれも会談のことは内密にしてほしい。ピピリカやサヘル、料理長にも」

会談の件は伏せてわたしの帯同を料理長に伝える、とジャーファルが言う。

「仰せのままに、王よ」

拱手とともに頭を下げ、わたしは政務室を出た。船の厨房設備は確認済みで、操作には問題ない。気が早いと思いつつ、船上で提供する料理を考えながら、夜番の支度をしに私室に戻った。



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