毒薬 -Love is a Poison...-(ジャーファル) | ナノ


犯人(084)


「"真実の水人形劇"!」



煌帝国の皇女様と我が国の王のルフが混ざった水に、透視魔法をかける。この魔法の目的は、王にかけられた淫行疑惑の真相を知ること。ムクムクと主の姿になった水人形によって、二人の様子が再現された。再現場面は、王の煌帝国滞在の最終夜に開催された別れの酒宴。

「これはさっき、二人が血を一滴ずつ垂らして、彼らのルフが入った水よ。それに私が魔法をかけたの…事件の夜の行動を再現するようにね。ルフに語りかけ、見えないものや離れた場所や、昔のことを教えてもらう"透視魔法"の一種よ!」

関係者が円になって水人形を見守るなか、私は水人形に再現開始の合図を出した。王の水人形は宴席で楽しそうにしている。宴に参加する王を部屋の戸の奥から見つめるのは、皇女様の水人形だ。

水人形から視線を外せば、固唾を飲んで水人形劇の行方を見守る両国の人々。その外側から、どこか冷めた目で水人形劇を見つめる人がいる。ゴンベエちゃんだ。

先ほどから王宮副料理長の様子がおかしい。具体的には、煌帝国の人々が下船した頃からだ。静かに不機嫌を滲ませていたゴンベエちゃんが嫌悪を丸出しにしたのは、第八皇女の従者に対して。

王宮副料理長は各国の皇族との付き合い方を十分心得ているはず。しかし、ゴンベエちゃんは皇女様の従者に対して嫌悪感を隠そうとしなかった。

王宮副料理長と私の付き合いは二年以上になる。しかし、あれほど嫌悪を剥き出しにするゴンベエちゃんを見たのは初めてだ。それに、王宮副料理長に対する皇女様の発言も気になる。

<煌帝国の第一皇子・練紅炎をたぶらかし、皇女様の従者に殺人未遂をはたらいて逃走した罪人、と彼女は言う>

私の知るゴンベエちゃんはそんな人ではないし、何かの間違いに違いない。第一皇子との関係はさておき、彫り物が入った従者を殺そうとしたというのは無理がある。そう私は考えていた。

王宮副料理長が煌帝国にいた頃となれば六、七前になるとはいえ、女性の料理人と男性の武人だ。それに女性の平均的な身体的特徴のゴンベエちゃんに対して、例の従者は男性でも大柄な部類。寝首を掻くようなやり方でない限り、王宮副料理長があの従者を殺せるはずがなかった。

何より、料理や栄養に長けているのは言わずもがな、ゴンベエちゃんは毒薬の知識も持つ。本気で黄色い服の従者を殺そうと思えば、王宮副料理長は証拠を残すことなく彼の息の根を止められたはず。

親友であることを抜きにしても、私はゴンベエちゃんは限りなく白に近いと思っている。しかし、煌帝国の者たちは王宮副料理長の"噂"を知っているようだ。練紅炎との仲はともかく、皇女様の従者との間に揉め事があったのは確実だろう。そう私は踏んでいる。

あるタイミングで、王宮副料理長の眉間の皺が一層深くなった。アラジンくんの声から察するに、皇女様の水人形が倒れたのだろう。倒れたままの姿勢で、皇女様の水人形は宙に浮いた。

「ほら見ろ!俺はなにもやってねーだろ?」

「スミマセン!」

王と皇女様の水人形は、王の寝所で横並びになって眠ったまま。前科があるとはいえ、王を疑った私たち八人将は平謝りするしかない。私の魔法が証明した真実は王の潔白。王の視線は困惑を見せる皇女様に向けられた。

「ご覧の通り、私たちには何もなかった。あなたの身も名誉も、何一つ傷ついてはいないのです」

「そ、そう…」

「姫君!騙されてはなりません!」

王の話に耳を傾ける皇女様を制止したのは、"夏黄文"と呼ばれる彼女の従者。王宮副料理長が嫌悪を隠そうとしない相手だ。王を庇うように事を進めた、と夏黄文が私に言いがかりをつける。私はともかく、魔法の信憑性を疑う従者。彼に対する私の心証は、この一言でぐっと悪くなる。

「罪を認めなさい、シンドバッド王よ…」

「もうやめて、夏黄文」

従者を諫めたのは主。

「その魔法は、きっと正しいわ。本当は、自分でもおかしいと思っていたの…」

皇女様曰く、件の朝は服も髪もまったく乱れていなかった。しかし、取り乱して騒ぎが大きくなり、収拾がつかなくなったという。

「ごめんなさい…」

王に頭を下げた皇女様は、泣き出してしまった。自身の早とちりが原因とはいえ、公衆の面前で恥をかいて涙を流す皇女様がかわいそうになる。

「しかしよ、てことは姫サマを気絶させて、王サマの横に寝かせた犯人は別にいるってことだろ?」

「おかげで、危うく戦争になりかねなかったわ。そんな悪質なことを…いったい誰が…?」

シャルルカンの言う通りだ。王が皇女様に淫行を働かなくても、気絶させた彼女を王の寝所に運んだ人間がいる。しかし、私の魔法で追及できるのはここまで。シンドリアに来た従者に犯人がいなければ、私の魔法でもわからない。

「姫君!丸め込まれてはなりません!シンドバッド王に責任を取って…結婚していただくのであります!」

泣き続ける皇女様などお構いなしに、従者が進言する。ちらりと後方を見ると、依然として冷ややかな視線を夏黄文に送る王宮副料理長がいた。

「スミマセン、全部夏黄文さんがやりました」

皇女様の部下二人によって、明らかになった事件の真犯人。姫君がかわいそうになったことや、あくまで皇女様の部下であること。これらが内部告発の理由らしい。

「シンドバッド王を陥れた反逆者を取り押さえろ!」

「ちっ、ここで捕まるわけにはいかん!」

シンドリアの兵たちは、反逆者を取り押さえにかかる。我が国の兵に抵抗を見せた夏黄文は、鞘から刀を抜く。皇女様の従者が抜いた刀は眷属器のようで、刃先に光が点った。鞘から抜かれた夏黄文の刀が地面に落ちたのは、その直後。留学で入国した白龍皇子が、右手で刀を落としていた。

「は…白龍皇子殿下…」

「もう茶番はいいでしょう…」

ずっと静観していた皇子の登場に、煌帝国の兵たちも驚きを隠せない。兵たち以上に驚いているのは私だ。先ほどまでとは打って変わって、王宮副料理長が複雑そうな眼差しを皇子に向けているから。かつてゴンベエちゃんが煌帝国にいたのは知っている。しかし、皇子との関係は私にはわからない。

そもそも王宮料理人の性質上、皇族と面識があるのは不自然でないどころか当たり前。先ほども練紅炎の名前があがったことからも、皇族とゴンベエちゃんが職務外でも近しい関係にあった可能性はある。もっとも、王宮副料理長が白龍皇子に向ける視線は、恋愛対象に向ける甘いものではない。

一連の騒動を従者の不義だと認めた皇子は、王に拱手して膝を折った。他国の王に対して皇子の膝を折らせたことで、夏黄文も大人しくなる。

「この水魔法も正しいと見える。そうだろう?夏黄文」

「…ハイ」

煌帝国にもよく似た透視魔法があると言い、私の魔法の信憑性を認める皇子。夏黄文と違って、この皇子はいい人のようだ。白龍皇子は国を代表して謝罪しつつ、留学目的での滞在を許してほしいと王に頼み込む。煌帝国の人間に淫行疑惑をかけられたにもかかわらず、"七海の覇王"は二つ返事で皇子の滞在を許可した。

「仕方なかったんだよ…。僕みたいな卑しい汚らわしいクズが…夢を見るには〜」

「夏黄文!そんなこと言わないで…。夏黄文は立派ないい子よ!」

次に泣き始めたのは、地面に崩れ落ちた夏黄文。子供をあやす母のように、皇女様は従者を慰めた。



ゴンベエちゃん以外にも、夏黄文を睨みつける人がもう一人。王宮副料理長の恋人だ。政務官は墨彫りの従者を睨むだけでなく、わざわざ彼に歩み寄って唾を吐いた。

「ジャーファルさん、仕事中なのにわかりやすく苛立ってるね〜」

私の隣で、ピスティが呑気な声をあげる。ゴンベエちゃんの異変を気にかけつつ、ピスティたちと一緒に私は王宮に戻った。



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