冴えるウルトラマリン

「先輩、好きです。付き合ってもらえませんか」

 大学に入ってから始めたアルバイト、春から入った高校一年生の後輩は仕事覚えも早くて真面目で、何より顔が好みだった。もちろん仕事に私情は持ち込まなかったけれど、指導係に指名された時は内心ガッツポーズを決めたものだ。ミーハーで何が悪い。
 わからないことは積極的に聞いてくれるし、こちらの指摘もしっかりと受け止めてくれる姿勢は教える側としても大変やりやすかった。尤も私だってまだ一年目のぺーぺーなわけだから完璧でもないけれど。年下が慕ってくれるのが嬉しくないはずもなく、自分が教育していることも相まってやはり可愛がってしまうもので。パワハラって言われたらどうしよう、なんてドギマギしながら高校の話とか、好きなものの話とか、とにかく仲良くなりたくていろいろ話しかけた気がする。幸いなことに彼は普通に答えてくれたし、私も自分の話をたくさんした気がする。だって可愛い後輩だから、仲良くなりたかったから。
 そこに他意が少したりともなかったと訊かれたら、首を傾げてしまうけれど。でも、だって、そんなことあるわけないじゃないですか。誰に言うわけでもない言い訳をダラダラと心の中で積み重ねながらいやに熱を持った背中と頬にぐわぐわする。そんなこと、ある? 握り込んだ指先は冷たかった。パニックでオーバーヒートしそうな脳味噌の片隅が、咄嗟に魔法の言葉を弾き出したから、私の喉は情けないながらに震えながらもしっかりと仕事を全うしてくれたらしかった。いや、しかしだな。

「もッ、ちかえって、け、検討しても、よろしい、でしょうか……?」

告白にその回答って、どうなんだ。

◇◇◇

「可愛がってる後輩に告白されたんだけどどうしたらいいかな、太刀川!?」
「よかったな、付き合えばいいんじゃねぇの」
「そう出来たら苦労してないに決まってるでしょ……」
「何食う」
「みそラーメン」
「間違えて醤油押したわ」
「死んで」
「俺の坦々麺やるから」
「いらない!!!」
 結局素直に醤油ラーメンの食券を受け取った。奢ってもらえるならこれ以上文句を言える立場ではない。まぁこのラーメン一杯が私のノートを纏める努力に対する対価だということには目を瞑っておくとして。流れ作業でお盆に乗せられたラーメンに目を落としながら適当なカウンター席に二人並んで座った。いただきます、と呟けば右隣からドーゾ、と声が返ってくる。ずず、と啜った中華麺はカップ麺よりは多少美味しかった。
「お前って好きじゃないと付き合えないみたいなタイプだったりすんの」
「別にそういうわけじゃないけど」
「だろうなァ」
「なにそれ」
「流されてそのままヤられそう」
「殺すぞ」
「事実だろ」
 ゲラゲラ笑いながらお冷やを手に取る姿にムカついて箸を置いて太刀川の左手を抓った。さして痛くもないくせに痛い痛いと喚くものだからうるさい、と返しておく。否定できない自分がいるのもまた彼が言ったように事実だった。そんなこと私が一番わかっているのだ。流されやすい気質であることは私だって自覚がある。
「何がイヤなんだよ、散々可愛がってたくせに」
「それは、そうです……」
 ぐうの音も出なかった。年下の後輩をこれでもかというほどに可愛がっていたのは私の方だ。数少ない友達である太刀川にたびたび彼の話をするくらいにはいたく気に入っている。でもそれは、あくまでバイトの先輩と後輩という枠組みの中で完結する話なのだ。一男女としての話とあらばまた変わってくるというもので。愛とか恋とか、そういうものを差し出されて馬鹿になれるような歳ではなかった。
「例えばなんだけど」
「ん」
「太刀川にさぁ、可愛がってる後輩がいて、その子のこと、純粋に後輩として可愛がってるのね」
「おう」
「それで、その子に告白されたときどうする?」
「顔による」
「最悪」
「まぁでも、かわいがってたら顔に関係なく情はあるだろ」
「それはそうなんだけど。……でも、高校一年生だよ」
「歳の差ってそんなに気にすることか?」
「する、す、する」
 見下ろした醤油ラーメンのスープの水面に自分の顔が映りこむ。なんだか今にも泣いてしまいそうな顔をしていたものだから、それが滑稽で少し面白くなってしまった。
「……私は大学二年生で、相手は高校一年生だよ」
「20歳と24歳は大差ないだろ」
「でも未成年と成人は全然違うじゃん」
「……そんなにお前が気にすることか?」
「私が、年下の方だったら何にも言わないけど。……だって、私が年上なんだよ」
 太刀川は何も言わずにラーメンを啜った。咀嚼した中華麺が上手く喉を通らない。水で無理矢理お腹に流し込んでから震わせた声帯は情けないくらいに弱弱しかった。
「年下と付き合って、何かあったら、責任取るのは私じゃん……」
 やっぱり太刀川は何も言わなかった。食べ終わったくせに席を立たない律義さが今日ばかりは煩わしくて、わざとゆっくり麺を啜った。少し冷めて温くなったラーメンはちょっとまずくて、バイト先の賄いがちょっぴり恋しくなった。




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