お気に入りのぬいぐるみをぎゅうぎゅう抱きしめながらベッドの上でゴロゴロとインターネットにいそしむ午後22時も半ばを回った頃。ぴんぽーん、と軽快なインターホンの音で自分でもびっくりするくらいに体が跳ね上がった。恐る恐るドアモニターに近寄る。画面に映っていたのはそこそこ顔を知った知人で、安堵で胸を撫で下ろしながらふぅ、と息を吐き出した。
「諏訪さん、こんばんは」
「みょうじ、この時間に本当にすまん。こいつが言ってきかねぇから……」
「あはは、いつもすみません。玄関開けますね」
 ぱたぱたと玄関へ向かい、上から施錠を解除する。がちゃ、とドアを開ければ心底申し訳なさそうな顔をした諏訪さんがいたものだから、何だか面白いようなこちらが申し訳ないような複雑な気持ちになってしまった。
「……よく考えれば来るなら来るで連絡の一つ入れておきゃ良かったな。本当に悪ィ」
「いえ、本当にお気遣いなく……でも、諏訪さんでよかったです」
「こいつもこいつで自分の彼女ン家、他人に教えんなよなァ……」
「信頼されてるってことじゃないですか?」
「嬉しくねーわ」
「んふふ」
 しぱしぱと眠たげに瞬きをする同伴者――というか、むしろこちらの方が本日の来訪者なのだが――がんぅ、と低く唸る。たちかわ、と極めてまろい声で名前を呼べばそのままわし、と上からのしかかるように抱きすくめられた。
「わぷっ」
「多分一人で歩けはするから大丈夫だろ」
「本当に何から何まですみません」
「こっちこそ本当に夜に悪かったな。今度なんか奢らせてくれ」
「じゃあ甘えちゃおうかな」
「おう、好きなもん考えとけ」
 はぁい、と返事をすればそのままおやすみ、と言われてドアが閉まる。アルコールの匂いが強くて、こっちまで酔ってしまいそうだ。
「たちかわ、たちかわ。歩ける?」
「ん゛ー……ヤダ」
「ヤダじゃない」
「なまえがキスしてくれんなら歩く」
「ソファーまで行ける?」
「キスは」
「太刀川お酒くさいからやだ」
「俺もやだ……」
「子供か!!」
 そろそろ重さに耐えかねて背中がみしみし言いそうだ。ぐいぐいと胸元を押して必死に距離を取る。
「お水、持ってくから、先にソファー行ってて」
「キスは」
「あとでするから!」
「ん……」
 ちょっと不満げに離れていった体からするりと抜け出してキッチンに向かう。冷蔵庫からミネラルウォーターを引っ張り出して、それからちょっと考えて冷凍庫からアイスを一個くすねる。いや、ここの家主は私だからくすねるというのも変な表現なのだけれど。少しだけゆっくり歩きながらリビングに戻ると、ソファーに収まりきらなかった長い脚が放り出された状態ですよすよと寝息を立てる恋人の姿がそこにあった。この短時間でよく寝られたな、と考えながらきゅ、と喉の奥が鳴く。思わずペットボトルを持つ手に力が入ってしまった。
 ソファーの上に置いたローテーブルにペットボトルとアイスを置いて、どきどきしながら名前を呼ぶ。
「……たちかわ、?」
 返事はない。煩わしかったのか緩められたネクタイと、寛げられたシャツの襟元。おそるおそるジャケットのボタンを外す。ひゅ、と息を呑んだ。いつも、ちゃらんぽらんなくせに、なんでこういう格好は、いっとう似合ってしまうんだろう。火照る頬を冷えた指先で少し冷やしてから、シャツの二つ目のボタンに手を掛けた。震える指先がボタンを外す。
「……なまえ、やぁらし」
「ひ、ッ!?」
 ぱし、と骨張った男の人の手が私の手首を掴む。
「俺、寝込み襲われてる?」
「ち、がう、ちがう……」
「俺は襲われてもいーんだけどな」
「よくない、よくないっ!」
 掴まれていない方の手で机の上のペットボトルを引ったくって太刀川にぐいぐい押し付ける。のろのろと体を起こし、蓋を開けてからずい、と目の前にミネラルウォーターを差し出された。
「飲ませてくれよ」
「は!?」
「約束しただろ」
「してないッ」
「さっきキスするって言った」
「口移しは約束してない!!」
「それもこれも変わんねーって」
「変わる、ぅ……!」
 ペットボトルを持っていない方の手が私のうなじを撫でる。これにはいっとう弱かった。刷り込まれたあれとかこれとか、色々なことを思い出してしまうので。恥ずかしくて視線を逸らす。結局ペットボトルを押されるがままに受け取ってしまった。めんどくさそうに引き抜かれたであろうネクタイが床に落ちる。センスがいいな、と思った。このスーツを用意したのは、一体誰なんだろう。
「なまえ」
「な、に」
「……興奮してんだろ」
 確信を持ったように太刀川が笑うものだから、なんだかもうむしゃくしゃしてしまって、こんな男に引っ掻き回されていることが悔しくて、手に持ったミネラルウォーターを口に含んで思い切り口付けてやった。ぼた、ぼた、と移しきれなかった分がスラックスを濡らす。自分でけしかけておいたくせに少しだけきょとんとした顔をしているものだからそれがちょっとおかしくて、でも馬鹿みたいにスーツは似合っているからやっぱりむかついて、なんで私こんな男のこと好きなんだろう。これからむちゃくちゃにされちゃうんだろうな、なんて頭の片隅で考えながら、今は素直に貪られてあげることにした。


起きてから訊くことはたくさんありますが



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