うさぎの朝はそこそこ早い。
 カーテンの隙間から差し込む日の光の眩しさを煩わしく思いながら三回寝返りを打って、小鳥の囀りをアラーム代わりにベッドから脚を下ろす。まさしく朝チュンだなぁ、なんてくだらないことを感じながら立ち上がる前に足をぷらぷら。たまに鳩の鳴き声のときもあるから、今日はちょっと運がいい。幸先の良い一日のスタートである。
 床に落ちていた一回りか二回り大きいTシャツを頭から被って裾を伸ばす。ぴょんぴょん、と意味もなく跳ねてからお気に入りのうさぎのスリッパに足を突っ込んで寝室を飛び出した。
 一人で暮らすには少し広くて、でも二人で暮らすにはちょっと狭い、片方が通うくらいが丁度いい広さの自宅は寝室からキッチンまでなんて数歩でたどり着く。ご機嫌にぴょこぴょこ歩いて、フライパンを振るっていないことをしっかり確認してからキッチンに立つ背中にぺったり張り付いた。
「とりまるくんおはよぉ」
「おはようございます、今日はいつもより早いですね」
「眩しくて起きちゃった」
「まだ寝ててもいいすよ」
「やだぁ、起きたから起きてる」
「もうちょいかかります」
「なんか用意する?」
「じゃあお茶頼んでいいですか」
「あい、任されました!」
 お気に入りのティーポットを戸棚から引っ張り出して、それから二人分のマグカップも忘れない。淡い青と深い青の一揃いを並べてからガラス戸の中にしまっている青い缶を手に取って、一瞬止まる。
「あれ、とりまるくんもこれでよかったっけ」
「大丈夫です」
「ん!」
 入れっぱなしのティースプーンで二杯分掬って、お湯を沸かしていなかったことを思い出す。ティファールにだばだば水を注いでセットした。
「朝ごはんなぁに」
「ありあわせですよ」
「えっ、苦労しなかった……?」
「葉っぱしかないのやめてください」
「葉っぱ美味しいもん」
「次の買い物は絶対に呼んでくださいね」
「んぇー」
 多分、卵と牛乳とレタスはあったと思う。あとなんかパンとか。ひょこ、と後ろから顔を覗かせればフライパンの上に並んだ厚切りの食パン。バターの焼ける匂いが空腹を誘った。
「助かりましたけど、なんでバターはあるんすか」
「カロリー用……?」
「もっとマシな食生活してください……」
「善処します……」
 そうこう話している間にお湯が沸いたらしい。ぽこぽこ沸騰する音に合わせてぱち、とスイッチが切れる。ティーポットにお湯を注ぎ入れた。ふんふん、と鼻歌を歌いながらお皿の用意をする。この部屋にあるものはどこもかしこも私のお気に入りだらけだ。お茶を蒸らしている間、なんとなく手持ち無沙汰でとりまるくんの背中にひっついてみる。お腹に腕を回した。
「っていうか先輩、下履いてください」
「めんどくさいしとりまるくんしかいない」
「俺がいるんすよ」
「散々見たくせに?」
「……そういう問題じゃないと思うんですけど」
 普段はクールでかっこいいのに、こういうところで照れるのってやっぱり高校生で、かわいいなぁと思ってしまう。言ったらきっと拗ねちゃうから口には出さないけれど。私の年下の恋人は世界一可愛い。ふんふーん、とお気に入りの歌を口ずさんでぐりぐり頭を頼り甲斐のある男の子の背中に押しつけた。
「私、京介くんがいないと生きていけないかもしれない」
「……それは、まぁ、彼氏冥利に尽きます」
 早くもなくて、遅すぎもしない朝。寝巻きを半分こしたり、お揃いのマグカップを並べたり。お気に入りだらけのこの部屋はやっぱり最高だ。ご飯食べたら買い物に付き合ってよ、とおねだりすればいいですよ、なんて二つ返事で応じてくれる。そういうことの一つ一つが全部嬉しくて、早くお出かけしたくて、ぱっと背中から離れてティーポットから紅茶を注いだ。この部屋にあるもの、全部青。君も私のお気に入り。
 この部屋にもう少し長く居たいから、私が長生きできるように助けてね。


借りてこなくてもここにある



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -