※直接的ではありませんが非道徳的行為を匂わせる表現があります。

 大学で新たに仲良くなったその女は、愛想は悪くないくせに人付き合いがとんでもなく苦手で、本人曰く「友達がいない」らしかった。俺からすれば友達なんて普通にいるようにしか思えてならなかったが、どうやらこの女の中での「友達」というものに対するハードルは異様に高いらしい。ともかく、その女の唯一の「友達」である俺はそれなりに懐かれているようだった。
 課題も授業も呆れつつそれなりにしっかり付き合ってくれるところだとか、プライベートで出かける頻度だとか、夜には忘れているような他愛もない話をいくつも交わせるところだとか、たしかに俺たちの距離感は他人より近しいもので、それを居心地の良いものだと感じているのも事実なわけで。
 正直に言うなら、優越感とか言うものを感じているのだと思う。この女が頼れるのは俺だけで、俺しかいないという事実はなかなかにくるものがある。たちかわ、ところころ笑いながら名前を呼ばれるのは悪くない。
 悪くないと、思っていたんだが。

 普段は灯りの下で夏の水面みたいにきらきらしている両目がいまはひどく怯えた色をしている。この顔は初めて見るな、なんて思いながらも不思議と満足感も優越感さえひとつも感じられなかった。あるのは虚しさと悲しみと、それから怒りだったのかもしれない。なにぶん賢くないから、その区別はいまいちつけられなかった。
「た、ちかわ、?」
「あーいうこと、前からしてんの」
「なんのこと、」
「……言われなきゃ分かんねぇわけ?」
 友達。それ以上でもそれ以下でもない関係だと思っていた。距離感は多少他のやつよりも近いかもしれないが、それはそれとして。俺たちは付かず離れずうまくやっていけると思っていたし、やってきていると思っていた。
 それがどうだろう。
 知らない、見るからに年上だと誰の目から見てもわかる男と腕を組んで"ホテル"に入るところの写真を開いて目の前に置く。一瞬で青褪める顔を見て、これは言葉通りの表現なのかと妙に頭の隅が冷静だった。
「ち、が、」
「何が?」
 例えば。俺の隣でふにゃふにゃと笑っていた日の夜に、知らない男に抱かれていたとして。
 例えば。二人で飯を食いに行った日の前日に、年上の男と寝ていたとして。
 例えば。寝坊したと目を擦っていた日の朝直前まで、この女は、一体、どこで何をしていたというのだろうか。
 それが、そうだったとして、果たして俺に関係ある話なのだろうか。
「……私が、誰かに、……抱かれてると、して、それが、太刀川に、関係あるの、……」
「いくら欲しいんだ?」
「え、」
「言えよ。いくら欲しいんだ?」

――関係ないと言い切れるほど、大人でもなかった。でも、知らないふりをできるほど、ガキでもいられなかった。
 忍田さん、大人ってこんなもんなのかな。鞄から引っ張り出した通帳を突きつける。何を言われているのか分からないとでも言いたげに視線を泳がせる女の顎を掴んで視線を合わせた。
「金、貰ってたんだろ」
 沈黙は肯定の証だと教えてくれたのは誰だったか。
「言い値で払ってやるよ」
「……い、らない……」
「他の男からは貰ってるくせに?」
「ちが、」
「お前は今、客選べる立場にないだろ」
 まんまるの両目に水の膜が張る。机の下では小さい手がふわふわのスカートを力強く握りしめていた。俺だってこんなこと言いたくなかったよ。いつかよく知った女が言っていた話を思い出す。
――慶、男女間の友情は成立しないんだよ。

 友達でいられたらどれだけよかっただろうな。多分もう、どこにも戻れないんだろう。


明日には血を分けた他人



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