冷蔵庫を開けてからぱちくりと瞬き。それからはたと気づいて両手をぱちん、と胸の前で合わせた。やわやわの鶏の酒蒸し。うんうん、しかたないよねぇ、だってこのメニューだし、と頷いてから部屋の鍵とお財布をひっつかんでサンダルをつっかける。
「お酒買いに行こう!」
 レモンサワーのちょっと度数が高いやつ。そんなのがどうしたって飲みたい夜が、酒飲みには存在するのだ。

 シャワーを浴びてからしばらく経って、ドライヤーをかけるには乾いているけれど寝るにはまだしっとりとしている髪をそのままにお気に入りのTシャツと部屋着のまま、生ぬるい春の夜風が素足を撫でて通り過ぎる。どうせ近場のコンビニだからと流石に薄着をしすぎただろうか。まぁいいか、どうせ五分くらいで帰るんだし。ふんふふーんとぺたぺたサンダルを鳴らして自動ドアをくぐる。業務用のなんて呼ぶか知らない冷蔵機器が放つ冷気にぶるりと震えて、お目当てのものをカゴに一つ二つ、ええいままよ、三つ目!
 ついでに明日の朝ごはんも買ってしまおうかな、なんておにぎりコーナーに足を向けたところで、ぱち、と先客と目があった。偶然だねぇ、なんて声をかけようとしてへらりと笑ってみせる。名前を呼ぼうとしたところでお相手はしゃけのおにぎりを手に持ったままそこそこでかい声を出した。
「みょうじさん、こんな時間に何してはるんです!?」
「な、なにって……お酒買いに……?」
「酒買うためだけにこんな時間に出歩いとるんですか!?」
「どうしても飲みたくて……」
「っていうかなんですかその服、Tシャツにハーパンて」
「だ、だってすぐに帰るつもりだったし……あ、まって」
「なんです」
「すっぴんだからあんまり顔はみないでもろて……」
 ささっと俯きがちに顔を隠す。今しがた私にお説教している張本人――お隣さんの、水上敏志くんはめちゃくちゃ深いため息をついて私の頭をぐり、と押した。
「いたいっ!!」
「そこよりも心配するところがあるやろが!!」
「な、なに……? クレカの使いすぎとか……?」
「アホか!! 女性が一人でこないな時間に出歩くのが危ないっちゅう方ですわ!!」
「あ、え、そこ?」
「それ以外あるか!」
「そんな、大丈夫だって……私みたいなのにちょっかいかける人いないしさぁ」
 だいじょーぶ! と片腕で力瘤をつくるポーズをすると水上くんはもっと眉間の皺を深くして、まためちゃくちゃ深いため息をつき、それから片腕に引っ掛けていた学ランを私にずい、と突き出した。
「これ着てください」
「んぇ、成人にリアルガチ制服のコスプレは」
「ええから早く」
「ひっ」
 めっちゃ顔こわ。
「みょうじさん他に買うものありますか」
「あっ、え、えと、明日の朝ごはん、とか」
「ほな会計先にしますんで、入り口で待ってますから」
「えっ、あの、いや」
「待ってますから」
「……はい」
「よろしい」
 お酒もほどほどにしてくださいね、なんて苦笑いする年下の男の子になんにも言い返せなくて、とりあえず可愛こぶるために野菜スティックをカゴにそっと入れておいた。家の前までついてから、なんだかご機嫌斜めだった水上くんに「ご飯食べてく?」なんて聞いたら三回目の大きな大きなため息をつかれた後デコピンされて「なんもわかっとらん……」なんて失礼なことをぼそっとつぶやかれた。わかってるって、見苦しい姿で外出歩くなってことでしょ!?
 それを特に口には出さなかったけれど、なんだかんだで水上くんは私の家で多めに作って余ってしまったカレーで作ったカレーうどんを食べて行ったのだった。


少年の受難は続く



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