甘い香りのする飴玉を口の中に放り込む。しゅわしゅわと口の中で溶けるそれは、香りどおりの味を口の中に広げた。

「ひとつちょーだい?」
あざとく首をかしげる目の前の男の子に溜息を吐きだしながら、ポケットに手を突っ込んでひとつを差し出す。
「ありがと」
「どーいたしまして」
ポーチから小瓶を取り出した。ゆるく振ってキャップを捻った。特有の香りが鼻をつく。
「あ、僕に塗らせて!」
特に抵抗もなかったので小瓶とキャップを手渡す。どろりとした液体が瓶の中で揺れた。
「手出して」
「はーい」
大人しく手を差し出す。肌色に近いそれに、丁寧に別の色が上塗りされていく。心なしかその手つきはいつもより慎重そうに見えた。

「なまえは、ピンクが好きなの?」
「……なんで?」
右手が塗られ終わり、ふぅ、と息を吹きかけられたところで声もかけられる。その表情には達成感が伺えた。
「だって、最近ピンクばっかりつけてるなぁって」
「そう?」
「そうだよ!……左手出して」
言われるがままに反対の手を差し出す。ハケが液体に浸された。
「今つけてるシュシュだってピンクだし」
「うん」
「リップだってピンク使ってるし」
「うん」
「飴だってピーチだし」
「うん」
「マニキュアだってピンクじゃん」
「うん」
「……ピンク好きなの?」
「……うーん」
そういうわけでもないんだよなぁ、と心の中で小さく呟く。むしろ私は青とか紫とか、そういう色の方が好きだ。そんな私がどうして可愛らしいピンクばかり身につけるようになったかというと、そこには深い理由がある。
「なまえ、前は青とかよく付けてたのに、最近は可愛い色ばっかりだよね」
「似合わない?」
「ううん、かわいいよ」
はい出来た、と左手を緩く叩かれる。かわいいパステルカラーに彩られた指先は自分でやる時よりも丁寧に塗られていた。
「トド松、なんか嬉しそうだね」
「なまえに塗らせてもらったしね」
「ありがとうございましたー」
「どういたしまして。でも、それだけじゃないんだよ」
「ん?」
トド松は嬉しそうに笑った。ずるいなぁ、私よりも可愛く笑うんだから。
「ピンクって、僕の色だから」


私には誰も言えない秘密がある。
それは割と深刻な話で、けれど笑い話にも出来てしまうような、そんな秘密だ。
私には色が認識できない。
それでも、唯一認識出来る色がある。

目の前にいる「ピンク」が、絵画のように優しく微笑む。

後天性恋愛色覚異常。通称、恋は盲目症候群。
厄介なことに、私はそれを患っておりーー「ピンク」だけしか認識できないのだ。
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