カラ松と喧嘩した。きっかけは多分些細なことで、多分八割がた私が八つ当たりしていたんだと思う。私が仕事で疲れていて、それを心配するような言葉をカラ松は投げかけてくれて、でも私はそれにさえも苛立ってしまって。売り言葉に買い言葉。最後には飛び出すように家を出てきてしまった。そんな私にお弁当を持たせようとしてくれたカラ松に、いらないなんて怒鳴りつけて。
 お昼のチャイムが聞こえる。適当に選んだお弁当を電子レンジに投げ入れて一息。完全にやってしまった。自分が嫌になる。カラ松は私のことを心配してくれていたのに、なのに、なのに、なのに! 本当なら笑顔でお礼の一言くらいちゃんと言えなければならないのに。大丈夫だよ、心配しなくていいよって言わなければならないのに。なんでこんなことになってしまうんだろう。つくづく自分の不器用さが嫌になる。
 電子レンジのアラームがやけにけたたましく鳴った。重い腰をゆるりとあげて取っ手を掴む。温まったお弁当は、そんなに美味しそうに見えない。割り箸を力なく手に取ったところで視界が真っ暗になった。
「誰でしょーうか!」
「……イタズラしないの」
「もー、みょうじさんは遊び心がないなぁ!」
「こんなことするの、あなたくらいしかいないよ」
「へへ、でも分かってもらえたのは嬉しいですね」
 お隣失礼しまーす、なんて笑いながら彼女が私の隣に腰掛け、私の手に収まってる物を見ながら目をぱちくり。何かおかしいことでもしたかなぁ。
「お弁当……」
「え?」
「いつものじゃないんだなって」
「いつもの……」
「今日は、彼氏さんの愛妻弁当じゃないんですね」
 ああそうか。合点がいく。そういえば彼女は毎日私のお弁当を楽しそうに覗き込んでいた。今日は何が入っていますね、とか、こんなもの入れてる! とか、私が作ったわけではないのに、私まで嬉しくなるような反応をしてくれていて。
「……喧嘩しちゃって」
「彼氏さん、作ってくれなかったんですか?」
「私が、受け取ってこなかったの」
 口に出してしまえば途端にじわじわと罪悪感がせり上がってくる。せっかく私を心配してくれたのに、私を思って叱ってくれたのに、大変な思いをしながら作ってくれたのに。自分が不甲斐なく思えてきてなんだか視界が滲んでくる。だめだなぁ、本当に。これじゃあ愛想を尽かされても仕方がない気だってする。
「……嫌われちゃうかなぁ」
「それはないです!」
 バイトちゃんが突然声を張り上げるものだから、思わずこちらが目をぱちくりしてしまった。はっとしたように身を縮め、ごめんなさい、と彼女が口にする。
「……私、おふたりのこと全然知らないから、何言ってるんだろうって思われるかもしれないですけど。でも、なんとなく分かるんです」
 彼女の手の中の紙パックが少しだけ歪む。どうやら空のようで中身は飛び出して来なかった。
「彼氏さん、きっと嬉しいんだろうなって。毎日空になったお弁当が持ち帰ってきてもらえることとか、みょうじさんにご飯を食べてもらえることとか、きっと全部全部嬉しくて、幸せなんだろうなって」
「……どうして?」
「だって」
 ふわり。年相応のまだあどけなさが残る笑みがとても可愛らしい。純粋無垢な笑顔は、きっとその言葉が嘘偽りなんかではなく本心から述べられたものであることを裏付けていて。
「好きな人に自分の作った料理を美味しく食べてもらえるなんて、幸せなことだと思いませんか?」

 こくりと小さく頷いて、割り箸を割る。綺麗に分かれたそれを持って、お弁当の隅に小さく座った卵焼きに手を伸ばした。しっとりとした食感のそれはどうしたってどこか物足りなく感じられる。
「……仲直り、できるかな」
「きっとできますよ」
 帰ったら、まずはごめんね、と誤って。それから、朝置いていってしまったお弁当を食べるんだ。そうしたら今度は彼にありがとうを伝えて、少しだけ我儘を言ってみよう。ふわふわで甘くて、まるで彼みたいなそんな料理を。
 もう一度口に運んだ卵焼きはそれでもやっぱり物足りなくて、だからこそなんとなく嬉しくなった。彼が嬉しそうに頷いてくれるまで、そう遠くはないのだろう。

「カラ松が作った卵焼きが食べたい」

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