鍵穴に鍵を差し込み、左に九十度。がちゃり、と音を確認したら反対に同じ角度だけ。そのままドアノブを捻って押し込めば、赤く錆びた蝶番が古びた音を立てた。ぱちぱちと電気をつける。
「ただいまー」
けれども返事はない。おかしいな、と首を傾げて、合点が行く。そうだ、今日カラ松は兄弟と飲みに行くと言っていたんだ。いつもならあるはずのお出迎えがなかったことを少しだけ寂しく思いながらパンプスを脱ぐ。もちろん、揃えるのも忘れない。
リビングのドアを開け、手探りでスイッチを探す。ぱちっと明かりをつければテーブルの上には美味しそうなおかずが数品と、すこしだけ癖のある文字が書かれた置き手紙。そこにはおかずは電子レンジで温めて欲しいこと、それから出迎えられなくて申し訳ないという旨が書かれていた。垣間見える几帳面さに少しだけ頬が緩む。
テーブルに乗っているのは人参のグラッセ、マカロニサラダ、豚の角煮。あと台所には豚汁があるらしい。多分、お昼に持っていったものと同じだろう。
角煮とグラッセをいっぺんに電子レンジに入れ、鍋を火にかけて温まるまでの間いそいそと着替える。少しだけ丈の長い、灰色のパーカーに袖を通す。部屋着のステテコと、それからもこもこ靴下で冷え対策はばっちりだ。
キッチンに戻るとちょうど電子レンジが役目を終えた頃合いだった。豚汁はどうやらあとすこしかかりそうだ。レンジの中のものをテキパキと取り出してテーブルに並べる。何か物足りない。豚汁も食べたいけれど、もっとこう、こってりとした、ガツンとくるようなものが食べたい。ゆっくりと対流を起こした豚汁をボーッと眺め、そうしてまさに電球が光るかのように閃いた。
「ラーメン食べよう!」



戸棚から取り出したのは生麺タイプのインスタント麺。人気俳優がCMをやっているあの麺みたいなやつだ。私は味噌、カラ松は醤油が好きだから、両方ストックしてある。しかしラーメンは高カロリー。栄養バランスが考え抜かれたカラ松の食事の献立にラーメンがあがることはあまりない。二月か三月にいっぺんお目見えできるかできないかのペースだ。それも、カラ松が忙しかったり、どうしても食事を作れない理由があるときくらい。
別にカラ松の食事に文句があるわけじゃないし、むしろ感謝の気持ちしかないけれど、私だって人間だ、たまには高カロリーで脂肪分塩分の高いものだって食べたくなる。
小鍋に水を計量カップで二杯半。つまみを捻って火をつけると、数分待てばふつふつと水が沸いてくる。カラカラの麺をそっと落とした。ついでに冷蔵庫から発掘した豆もやしもどばっと投入する。
食器棚から取り出した丼にポットからお湯を注ぐ。そこに液体スープを袋のまま落とした。これならスープも丼も一度に温めることができて、一石二鳥なのだ。
そうこうしている間にいよいよ茹で上がり時間。丼のお湯を捨て、スープを注ぎ、そこに鍋の中身を一気に投入。菜箸ですこしかき混ぜ、スープがお湯と均一に混ざる。ぎゅるるる、お腹が大きな音を立てた。味のりを二枚乗せ、タッパーに入っていたコーンをちょっとだけ盛ればあっという間に味噌ラーメンの完成。
丼をテーブルに運び、椅子に腰掛ける。ゆらゆらと立ち上がる湯気に食欲が刺激される。手を合わせて、ぺこりと頭を下げた。
「いただきます!」
勢いよく箸を手に取り、麺をすくい上げる。待ちきれなくて啜りあげれば、心地のいい音がした。インスタントなのにこの美味しさ。我ながら上出来だ、なんて思いながら手を止めずにラーメンを食べ続ける。この脂っこさも、濃厚な味も、この時間に食べる背徳感も。全部全部、あぁ、たまらない!
それから食卓に目を向け、すこし考えてから角煮に手を伸ばし、そっとスープに浮かべてみる。箸で小さく解して口に運べば、角煮の甘さとスープのしょっぱさ、旨味が絡み合っていて、もうこの美味しさといったら!
自然ににやける頬を抑えられずにいたら、ガチャリ、鍵の開く音。サァッと身体中の血の気が引いていく。
音の主はきっと同居人の彼で、さてさてこの状況をどう説明したものか。怒られるに決まっている。そうであってもあわあわしているうちに無情にもリビングのドアは開かれてしまうわけで。
「ただいまなまえ、遅くなってごめんな……ん?」
「お、おかえりカラ松!!」
ピタリと目が合い、それからカラ松の視線が私の手元に。数秒の沈黙ののち、カラ松が大きく息を吐き出した。
「あのなぁ……」
「ご、ごめんなさい……食べたかったんだもん……」
「俺が飲みに行くときに限ってラーメン食べるな!」
「ごめんなさい!」
「俺も食べたくなるだろう!!」
「ごめんなさ……えっ?」
「飲んだあとはラーメン食べたくなることなんお前もよく知ってるだろ!」
「……怒ってないの?」
「一口くれたら許してやる」
カラ松がニヤリと笑う。私はそっと丼と箸を差し出した。手を洗ってくる、と言って彼が洗面所にむかう。部屋を出て行く直前、振り返った彼がまた一言口を開いた。相変わらず意地の悪い笑顔だった。
「なまえ、あとで覚悟しておけよ」

それは、その、はい。
かしこまりました。

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