机の上には二つのココット。片方には滑らかなカスタード色、もう片方には香ばしいキャラメル色が入っている。かれこれ十分くらい座り込んでうんうん唸っているその背中に苦笑いしながら食器を洗い終えた。
「決まったか?」
「むり」
そんな真剣に悩まなくてもなぁ、なんて思いながら付近を手に取る。つるりと輝く白い皿。うん、我ながら綺麗に洗えた。自分を褒めてやりたい。
エプロンを脱いでフックにかけ、スプーンを二本持ってちゃぶ台に向かう。唸り続ける自分より幾分か小さな背中をそっとつついた。
「うわっ!!」
「決まったか?」
「無理だよ!だってどっちも美味しそうなんだもん!」
「なまえが両方食ってもいいんだぞ?」
「それはやだ! カラ松と二人で食べたい!」
なんと可愛いことを言ってくれるものか。頬がだらしなく緩みそうになる。俺が作ったもの一つでこんなにも悩んでもらえるなんて、その上さらにこんな言葉までもらえるなんて、これは料理人としては有り余る幸せかもしれない。
「なまえはどっちの方が好きなんだ?」
「選べないよ!! 選べないけど!! ……焼きプリン」
「じゃあ」
「違うんだって!!」
なまえが声を荒げる。こんなに必死な姿を見るのは久々かもしれない。プリン一つで大げさだなぁ、なんて思う。言ってくれたらいつだって作るんだけどな。
「確かに私は焼きプリンの方が好きだ!あの表面の香ばしいキャラメル色、少し固めだけれど口の中に入れた途端に広がる濃厚な卵の味! 程よい甘さ! 最高だよ! めちゃくちゃ好きだよ! でも!」
ドンッ!と拳がちゃぶ台に叩きつけられる。まだ夜でも早い時間で良かったかもしれない。もしかしたら近所迷惑になったかもしれない。どうなのだろう。そんなことを頭の片隅で考えながら、熱くプリンを語る同居人をあたたかく見守る。
「カラ松のカスタードプリンはさ!その大好きな焼きプリンと並べられると悩んじゃうくらい好きなんだよ!!
スプーンですくってもとろとろ滑り落ちていくあの感じとか! 滑らかな舌触りとか!! ちょうどいい苦味と甘さ! もう! 好き!」
キラキラとした眼差しがこちらに向けられる。そうして数秒、またなまえは頭を抱え始めた。
「もう、決められないよ……」
「なら、半分こするか?」
銀色に光を反射するスプーンを差し出す。なまえの目が嬉しそうに輝いた。



「んーっ! 美味しい……」
幸せそうな表情と、口元に運ばれるクリーム色。スプーンに乗せられたそれと同じようにとろけた眼差し。かわいいな、なんて思ってしまう。その姿をずっと見ていたくてじーっと眺めていたら、流石に不思議に思ったのかなまえが首を傾げながら俺の方を向いた。
「カラ松?」
「なんだ?」
「食べないの?」
「あー……食べる。食べるけど」
「けど?」
「お前が美味しそうにそれを食べてる姿も堪能したい」
途端になまえの顔が茹で上がった海老みたいに真っ赤になる。嗚呼、ちょっとおいしそうな色だ。
「……からまつ」
「なんだ?」
「……ん」
差し出されたシルバーと零れ落ちてしまいそうな卵色。
「……あげる」
「ありがとう」
口で受け取ったプリンは、優しい幸せの味がした。

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