仕事がひと段落ついて、液晶から顔を上げた。長い間パソコンに向かっていたせいか体がガチガチに固まっている。大きく伸びをしてみれば肩と背中がボキリと大きな音を立てた。
時計を見れば時刻は長い針と短い針が真上で重なってから少しした頃。なるほど、お昼にはちょうどいい時間だろう。一度意識してしまうと途端にお腹が空くというのが人間というもので、私のお腹も類に漏れず切なげに音を立てた。……周りに誰もいなくてよかった。
データをしっかり保存したことを確認してからパソコンをスリープモードにする。カバンから青の巾着を取り出して机に乗せた。
「みょうじさん、今日もお弁当ですか?」
ひょこっと顔を覗かせたのはアルバイトの女の子。彼女はコンビニの袋をぶら下げながら、私の席の近くにあったテーブルに腰を下ろした。
「うん、お弁当」
しゅるしゅると巾着の紐を解く。中には小さなおにぎり二つとスープポット一つ。おにぎりを一つ手にとってぺりぺりとラップを剥がす。
「自分で作ってるんですか?」
「同居人が作ってくれてるの」
「あ、噂の彼氏さんですか?」
「どこで噂か知らないけど……うん、一応、そうだよ」
どうやら最初に手にとったのは梅干しのようだ。一口かじれば口の中に広がるわずかな塩味と梅の香り。どちらかといえばパリッとしている方が好きだけれどしっとりとした海苔も悪くない。私の手のひらにぴったりのサイズのそれを食べ終え、二つ目に手を伸ばす。バイトちゃんはメロンパンをちびちびと食べながら興味深そうに私のお昼を眺めていた。
「なんか、男の人が家事してるって不思議です」
「そうかなぁ」
「だって、そういうのは普通女の人の仕事じゃないですか」
二つ目はおかか。しょっぱ過ぎない醤油の加減が鰹節にぴったり合っている。彼は一体どこでこんなことを覚えてきたんだろうなんて思いながらもう一口。
大きい手のひらでこのサイズのおにぎりを作るのは少しばかり骨が折れる作業ではなかろうか。それでも彼は毎朝私のために早く起きて作ってくれる。

役目を終えたラップを丁寧に畳んでからスープポットの蓋をひねる。ぷしゅっと音を立てて開いたそれからは白い湯気が立っていた。中身はおそらく豚汁だろう。一緒に入っていたお箸で人参を拾い上げた。うん、やっぱり美味しい。
「……お互いの、わがままみたいなものかなぁ」
「わがまま、ですか」
「うん、わがまま」
私はこの仕事が好きだから、ずっと家にいて家のことをこなすなんてできっこない。でもカラ松は外に出る気がないし、むしろ家のことをしたいと言う。
そう、多分これは二人のわがままだ。
「じゃなかったら、こんなに長続きしてないよ」
きっと今日の豚汁も出汁は妥協せずに鰹節や昆布から取ったのだろう。おにぎりだって熱いのにそれをわざわざ手で握ってくれたのだろう。

「……みょうじさんは、彼氏さんに愛されてるんですね」
おにぎりの最後のひとかけらを飲み込んだ。豚汁をごくりと一口。

「うん、私もそう思う」
こんにゃくを箸でつまもうとすると、バイトちゃんはぱたぱたと片手で自分の頬を仰いでいた。
「やだー、もう、惚気ないでくださいよー!私が恥ずかしくなってきちゃったじゃないですか!」
「……ごめん」
「でも、みょうじさん、幸せそうですね」
そう見えるのだろうか。スープポットの水面を見つめて二秒。帰ったらカラ松に抱きしめてもらうようにお願いしよう。彼はきっと少しだけ目を見開いて、「珍しいな」なんて笑うのだろう。そして、優しく私を抱きしめてくれるのだ。そうして私は顔を上げて口を開いた。

「幸せだからね」

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