目覚まし時計の規則正しい電子音が聞こえる。眠い目を擦りながら、手を伸ばしてそれを掴んだ。時刻は6時。起きるにはちょっと早いけれど、二度寝するにはちょっと遅いかなぁ。 眠気覚ましに冷え切ったフローリングへ足を降ろす。氷のごとく冷たいそれに背中がゾクゾクした。空いたドアの向こうから光が射し込んでいる。 ふわふわの靴下を履いてリビングに向かえば、キッチンで料理をしているカラ松。火や包丁を扱っていないことを確認して、そろりそろりと背中に回って腰のあたりに抱きついた。びくっと揺れる体。かわいいなぁ。 「おはようカラ松」 「おはようなまえ。今日は早起きさんだな?」 「……私、そんなに寝起き悪い?」 「あー……かなり」 「そんなに……?」 「六時から起こし始めてようやく六時半に起きるからなぁ……」 「……頑張ります」 「よろしい」 名前の通りカラカラと笑いながらもその手を止めることはない。どうやら私のお弁当を詰めているようだ。 同棲を始めてからと言うもの、カラ松は生真面目に私のお弁当を毎朝作ってくれる。最初は私も食堂やらコンビニやらで買うからいい、と言ったのだけれど、彼は頑なに譲らなかった。結局そんなに言ってくれるのならと私が承諾して今に至る。 「ほーら、寝癖ついてる。朝ごはんまでまだ時間あるから支度してこい」 「はーいお母さん……」 「誰がお母さんだ」 ぺち、とおでこを優しく叩かれる。その表情はなんだか楽しげだ。 名残惜しさを感じながらもカラ松の腰から腕を離して洗面所へ向かう。今日の朝ごはんはなんだろう。
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一通り支度を終え、洗濯機のスイッチを押したところで「ご飯だぞー!」という声が聞こえる。慌てて蓋をしてダイニングへ向かった。 「さて、今日はなんだと思う?」 朝ごはんを隠すようにカラ松がテーブルの前に立つ。(我が家では朝はダイニングのテーブル、夜はリビングのちゃぶ台で取ると決まっているのだ。) すん、と鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ。この香ばしい香りは多分、 「おさかな!干物系!」 「お、あたりだ」 一歩退いたカラ松の後ろには湯気のたったお味噌汁、白いご飯、そしてあじの干物。あとは大皿に昨日の残りの肉じゃがと、小皿にはほうれん草のおひたし。二日目の肉じゃがは一日目より味が染みてて美味しいんだよなぁ、なんて考えながら椅子に座った。 「いただきます」 ぺりぺりーっとあじの骨を一気にはがす。実はこの作業が割と好きだったりする。気持ちよく取れた日にはなんとなくいいことがある気がするのだ。今日は折れずに綺麗に取れたから、いいことがあるだろう。お味噌汁は大根と油揚げ。私はちょっとだけシャキシャキ感の残った大根が好きなのだけれど、それも完璧に再現されている。味噌の香りが食欲をそそる。 二日目の肉じゃがは思っていた通り昨日より濃く味が染み込んでいて最高だ。もちろん昨日のも美味しかったけれど、深い飴色に色づいたそれは視覚からも美味しさを感じさせる。付け合わせのおひたしはくたっとし過ぎていない、ちょうどいい茹で加減だ。色も鮮やかに仕上がっている。 今朝もまた、あっという間に完食してしまった。デザートの柿を齧りながら、ぽやーっとカラ松の顔を眺めた。 「なまえ?」 「んー?」 「俺の顔に、なんかついてるか?」 「いやー……」 返す言葉を探しながらお皿を重ねる。大皿にこんもりと盛られていた肉じゃがはもう一欠片も残ってなどいなかった。だって美味しかったんだもの、仕方ない。 「なまえ?」 「……カラ松は、さ」 「なんだ?」 「……ううん、なんでもない!」 重ねたお皿をシンクへと運ぶ。思いついた言葉はあまりにも月並みで、言うのが恥ずかしくなってしまった。
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「歯磨き」 「した!」 「メイク」 「ばっちり!」 「書類」 「もった!」 「定期」 「ある!」 「あとは……」 「カラ松、私もう子供じゃないよ……」 お気に入りのマフラーを巻いて靴に足を差し込む。冬の朝は靴さえも冷やしてしまう。せっかくあたためたのに、台無しだ。 「……お弁当は?」 「もった!」 「よし、じゃあ、いってらっしゃい」 「はーい、いってきます」 玄関のノブを捻って家を出る。北風が走り抜けるのを、なんとか堪えながら階段を降りた。 きっと今日も夜遅くに返るであろう私をカラ松は待っていてくれるのだろう。そしてその度にきっと私は思うのだ。
「なんて出来た彼氏なんだろう」
お弁当の入ったバッグをぎゅっと握りしめる。今日のお昼はなんだろう。
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