住宅街の一角にある自分の住処の安アパートに近づくにつれて、お腹を空かせる匂いは段々と強くなる。
(今日の夕飯は、肉じゃががいいなぁ)
ヒールのかかとが錆びかけた金属製の階段に打ち付けられ、カンカンと甲高い音が夜に響く。心なしかその足取りは軽い。
緩んだ頬を今一度引き締めて、木製の古びたドアのノブを捻った。
「ただいまー!」
ぱたぱたと聞こえる足音とともに現れる同居人。トレードマークの青のパーカーにシンプルな黒のエプロンがよく似合っている。
「おかえり」
私の手から鞄を受けとる彼は私よりもお嫁さんみたいだなぁ、なんて思いながら靴を脱ぐ。数センチ低くなった視界、彼は私のおでこにそっとキスして手を取った。
「今日の夕飯は肉じゃがだぞ」
ああ、なんて出来た私の彼氏さま!



私の彼氏さまである松野カラ松は世にも珍しい一卵性の六つ子の次男坊である。性格は温厚、カッコつけのくせにヘタレで人一倍家族愛が強い。
告白されたときはびっくりしたけれど、彼を知れば知るほどに愛おしさが積もりに積もって現在同棲するに至っている。
次男坊故に兄のように弟をまとめ上げることも弟のように兄に甘えることもあまりしなかった彼は、母の手伝いをすることがよくあったという。それがきっかけで料理に目覚めた彼の腕前はそれはそれはすごいもので、瞬く間に私は彼に胃袋をがっちり掴まれてしまった。
そんなわけで私たちの役割は少しだけ変わっていて、私が出稼ぎに行き、カラ松が家事全般を担うことになっている。

あれよあれよという間にスーツを脱がされ部屋着を着せられる。流石にスカートは自分で脱いだけれど、なんで不服そうな顔をするんだカラ松さんや。彼と色違いの灰色のパーカーにステテコといういかにも今からダラダラする気全開という格好で座布団の上に正座する。ちゃぶ台の上には2人分のお箸と取り皿、茶碗によそわれたご飯と湯気を立てるお味噌汁。中央には大皿に盛られた肉じゃが、生ハムとアボカドのサラダ。全くもって完璧、非の打ち所がない。
正面に座ったカラ松とアイコンタクトを図って、同時に手を合わせる。
「いただきます!」
お茶碗片手にメインディッシュの肉じゃがに箸を伸ばす。飴色に仕上げられた玉ねぎに、ほんのり色づいた白滝。ごろっとしたじゃがいもはホクホクとした食感で、少し濃いめの私好みの味付けだ。
「あ、牛肉だ」
「今日は安かったから」
お味噌汁はお豆腐となめこ。赤味噌とお出汁のいい香りが食欲を擽る。この出汁も、きっと手抜きせずに自分で一から取ったものなのだろう。
サラダはシンプルにフレンチドレッシングがかけられていて、しつこくなくて食べやすい。アボカドのねっとりとした舌触りとレタスのシャキシャキした歯ざわりが心地いい。
ずるい、完敗だ。あまりにも美味しすぎる。

一通り食事を終え、箸を置いた。手を合わせて頭をぺこりと下げる。
「ごちそうさまでした!」
「お粗末様でした」
ふにゃりと眉を下げてカラ松が笑う。格好つけていないこの笑顔が、私は一等好きだったりする。うん、いいものを見られた。
「じゃあ食器は私が片付けるね」
「いいって、仕事で疲れてるだろ?」
「頑張ってご飯作ってくれた彼氏様にこのくらいのお礼させてくださーい!」
食器を持ち上げてシンクに運ぶ。いざ皿洗い!と意気込んでスポンジを手に取れば、カラ松が隣に立って布巾を手に取った。
「座ってていいのに」
「座ってたらなまえのそばにいられないだろ」
「……そういうところ、本当にずるいよね」

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