イースターはトンチキイベントではない

 ぱたぱたと廊下を駆ける足音にパッと顔を上げる。角の向こうから飛び出してきた影がそのまま胸元に突っ込んできて軽い衝撃を受けた。最近聴いた曲によく似たシチュエーションだ。
「ふぎゃっ」
「うわ、」
「あっあっすみませ、えっあっ、きょうすけくん!!」
「そんなに慌てて何かあった?」
「匿ってもらっても!?」
「かくまう……?」
「アァッ鬼が来るッッッ」
 しゅば、と普段のマイペースさはどこへやら、俊敏な動きですぐ後ろの小会議室に滑り込むのを呆気に取られながら見送る。バタバタと彼女を追いかけてきたであろう人が俺を見つけるなり顔を綻ばせた。
「京介! なぁ、ウサチャン見なかったか?」
「見てませんよ」
「なんだよ、あいつマジですばしっこいな……」
「メディア課じゃないんすか?」
「いーや、あそこから追いかけ始めたからそこに帰るのはあいつの足だと無理だろうな。なぁ、どこ行きそうか知らないか?」
「さぁ……生駒隊の隊室じゃないすかね」
「生駒隊?」
「大学の時に住んでた部屋が水上さんの隣だったらしいです。それで割と仲良いらしくて」
「へぇ、あいつも友達いんだなぁ」
 ま、見かけたら連絡くれよ、と片手をあげて元上司が踵を返す。なるほど、これは逃げたくもなる。太刀川さんの背中が見えなくなったころ、ほっと息を吐いて小会議室のドアを開けた。
「……うー」
「ぴ!?」
「太刀川さんどっか行ったぞ」
「あえぇ、よかったぁ……」
 太刀川も急に追いかけてこないでよね、追いかけるのは迅くんだけでいいでしょ、なんてぽこぽこ怒る嫁の頬をつんつんつつく。ぱちくり瞬きしながらふにゃふにゃ笑ってなぁに、だなんて言うものだからこういうところは確かに揶揄いたくなるんだよな、とちょっと同意したくなった。
「それでどうしたの」
「太刀川が追いかけてくるのがめちゃくちゃ怖くて、」
「そのフードの下が聞きたいんだけど」
「ぃ……」
 スーツの上に普段は着ない青いパーカーを羽織って、フードをかぶっている様子は流石に違和感を覚えるのが道理だろう。おろおろと視線を彷徨わせてから躊躇いがちにフードに手がかかる。
「えっ」
「か、開発室に呼ばれてね、その……護身用? のトリガーの調整するからって言われて……試しに換装してみてって言われたから普通にしたら、今日イースターで、それで、ええと、」
 少し短めのふわふわしたなにか。しょんぼりする持ち主に合わせてへにゃ、と伏せられたそれはまごうことなく。
「……うさぎの耳?」
「うん……」
「それで太刀川さんに見つかって面白がって追いかけられてたわけか」
「その通りです……」
「ふぅん」
「……ごめんなさい」
「なんでうーが謝るわけ」
「わ、わかんないけど……おもちゃにされてごめんなさい……?」
「うん」
 まぁ、おもちゃにする側が悪いというのは別として。流されやすいのも考えものだな、なんで考えながらぴょこぴょこ動くふわふわした物体に手を伸ばす。見た目通りの手触り。くすぐったそうに持ち主が身を捩る。
「ふふ、こしょばい、」
「感覚はあるんだな」
「ん、んー……? うん……」
「もうちょっと触ってもいい?」
「たのしい?」
「うん」
「ならいいよぉ」
 撫でやすいように軽く顎を引けば頭のてっぺん、つむじのあたりがよく見える。頭を撫でる手を引っ込めればなんで?とでも言いたげに首を傾げる姿が愛しくなった。小会議室の椅子に腰掛けてたん、と膝を軽く叩く。
「おいで」
「そッ……んぅう……」
「ほらはやく」
「わわっ、」
 バランスを崩してそのまま向き合うように膝の上に座られてようやく目線が合う。そわそわ落ち着かない様子で視線を泳がせるのに気づかないふりをして手を握った。
「きょうすけくん、おしごと、……」
「さっき済んだからあとは支部に帰るだけ」
「んぇ……逃げ場を塞がれている……」
「なに、うーは俺から逃げたいの」
「滅相もない」
「なにそれ」
「おちつかない……」
「……ん?」
「ひゃ、」
 フレアスカートの後ろ側に歪な膨らみがあるのに気づいて手を伸ばす。ぽこ、と丸っこくてやわいものが指先にぶつかった。
「……すごいなこれ」
「尻尾触っちゃやだ……」
「ごめん、くすぐったかった?」
「むずむずする……」
 ぱちぱち、蛍光灯の下で瞬く両目がちょっとだけ熱っぽく溶ける。ぴる、と微かに動いた耳をみてごくりと唾を飲んだ。そっと毛並みに沿って撫でてみる。くぅ、と喉が鳴るのが聞こえて、思わず両手を挙げた。
「……うー、降りて」
「えっ」
「流石にここではダメだろ」
「うん……?」
「ホールドアップしておくから、今のうちに職場戻って」
「……かえらなきゃだめ?」
「ダメ」
「うん……」
「あのさあ」
「うん」
「帰ったら何もしないとは言ってないから」




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