一世一代のプロポーズとは、こんなにも緊張するものなのだろうか。ポケットに忍ばせた青いベルベット生地で出来た立方体の箱に指先で触れて、小さくため息をついた。 出会ってから七年、交際期間五年。 そんな彼女に俺は今日、プロポーズをする。 ニートだった俺には職を手にするのがいっぱいいっぱいで、随分と待たせてしまった気もする。それでもなお、家に帰ったときに誰かがいるというその幸福感をどうしても掴みたかったわけで。この幸福感を独り占めしたい、と思うのはわがままだろうか。 リビングのソファーに二人で座り、彼女のお気に入りのバラエティー番組をぼーっと眺める。内容なんて入ってこなくて、ただただ時は進むだけ。 「ねぇ、カラ松?」 「へっ」 突然名前を呼ばれたことで、緊張のあまりに情けない声が口から飛び出る。なんてこった、これからプロポーズするっていうのにこれじゃあ示しがつかない。 「ど、どうかしたか……?」 「それはこっちのセリフだよ!なんかあったの?」 「な、なにもないが」 「でも眉間にしわが寄ってるよ。……仕事、大変なの?疲れた……?」 「そんなことはない!!」 「そう?」 ちょこん、と首を傾げる彼女に癒される心。 俺も男だ、腹を括ろう。そう決心して、ぷちん、とテレビの電源を切った。 「あ、のな、なまえ」 「うん?」 「大事な話があるんだ」 ポケットに手を突っ込み、ベルベットの立方体をそっと取り出す。 さぁ松野カラ松。一世一代のプロポーズをしよう。 「…俺と、結婚してくだしゃっ」 噛んだ。 終わった。 落ち込むより先にその言葉が脳裏をよぎる。 どうせ俺は不憫で空っぽな松野家次男の松野カラ松。プロポーズだってろくに出来やしない。ショックで首を垂れて落ち込んでいると、くすくすと笑う声が聞こえてきた。ちくしょう、俺の一世一代のプロポーズを笑いやがって、このやろう。 「カラ松ってば、ほんとに残念なんだから」 「笑うなって!」 改めて言われると余計に落ち込んでくる。折角かっこよく決めようと思ったのに、なんでこうもいつも最後で格好がつかないのだろうか。所詮俺はイタいということなのだろうか。(でもイタいってなんだ) 「でもねカラ松、私はそんなカラ松が大好きだよ」 「…え、」 「だからね、カラ松」 彼女は嬉しそうにはにかんで、頬をちょっとだけ赤く染めて、俺の手を握った。 「カラ松が私にちゃんとプロポーズしてくれたら、私もカラ松の気持ちにちゃんと応えるね」 松野カラ松、元ニート、二十代。 結婚までの道のりは、そう遠くないのかもしれない。俺の手を握りしめて照れたように笑う彼女を見て、次こそは噛まないようにプロポーズしよう。 そう心に誓うのであった。 ◎title by 魔女のおはなし |