駅前のコンビニ前でそわそわとケータイを弄る姿を見るのはこれで何回目だろう。毎朝見ているのに見飽きないものだなぁと頬を緩ませながら足をそちらに向ける。
「おはよ」
上げられた顔は途端にぱぁっと明るくなり、キラキラと目が輝いている。ちょっとだけ赤くなった鼻先も愛らしさを添えている。うん、可愛さ百点満点。
「おはよう!」
目尻を下げてふにゃりと笑う姿は昨日テレビで見たあのアイドルよりもずっと可愛い。首に巻かれた赤いマフラーは去年の誕生日に俺がプレゼントしたもの。それに幸せそうに顔を埋めている。
「今日はさむいね」
「そうだな」
俺のそれより一回りほど小さい手に指を絡める。あーもう冷たくなってるじゃん、どれだけ早くから待ってたんだよ。あたふたとし始めるなまえを横目に、ぎゅっと握る手に力を込めた。もう少ししたら、この手のひらも臙脂の手袋で彩られるのだろうか。それはそれで見てみたくもある、でもこのすべすべの手のひらに触れなくなるのは少し寂しい。
「お、おそ松くん!」
「なに?」
「な、なんでもない……」
もう本当に可愛い。ほっぺた真っ赤に染めちゃって。繋いだ手を見てえへへなんて笑っちゃって。かわいい、俺の彼女本当にかわいい。
「今度の日曜日、暇?」
「へっ、あっ、うん!もちろん!」
「そっかそっか、よかった」
「なにかあるの…?」
「デートしたいなって」
そう返せばさらに赤く染まる頬に、愛おしさがつのるのなんのって。りんごみたいな頬っぺたはよく熟れていて美味しそうだ。そんなんだと、俺に食われちゃうぞー、なーんちゃって。
「どこ行きたい?」
「私が決めちゃっていいの?」
「もちろん。なまえが行きたい場所に俺も行きたい」
「じゃあ、水族館がいいなぁ」
「お、いいねいいね」
「それでね、イルカショー見たい!」
「りょーかい」
ふよふよと繋いだ手を揺らしながらアスファルトの上を歩く。ローファーがコツコツと鳴るのが心地よい。
「楽しみだね、おそ松くん!」
その笑顔が見られただけで俺は満足だよ、なんて。


……つくん、おそまつくん!
ゆさゆさと肩を揺さぶられる感覚と可愛らしい声に意識がゆっくりと持ち上がる。もう少し寝ていたいなぁ。
「んー……あと一時間……」
「だめだよ!起きて!おそ松くんってば!!」
「んー…?なまえ…?」
「おそ松くん、おしごと!遅刻しちゃうよ!」
「……いまなんじ?」
「七時半!」
「……やっべ!!なまえごめん朝メシいらない!!スーツ出して!!」
「もう出てるよ、あとお弁当にサンドイッチつけておいたから電車か職場に着いたら食べてね!」
「あーもう本当に出来た嫁だなおまえは!」
「えへへ」
パリッと仕上がっているワイシャツの袖に腕を通しながら、さっきまで見ていた夢に想いを馳せる。確かあれは高校時代だったはず。

高校時代から付き合っていたなまえと結婚して今年で2年目になる。就職できないと言われ続けた俺もどういうわけか金融系の職に就けた。本当にこの世とは何が起こるかわからないものだなぁと考えながら、ジャケットのボタンを締め終える。そういえば、今週の日曜日は休みだったっけ。
「なぁなまえ」
「なぁに?」
なまえから弁当の入ったバッグを受け取る。おでこにキスを落としてから革靴に足を滑り込ませた。
「日曜日、久々にデートに行こうか」
「……水族館いきたい!」
「りょーかい、じゃ、いってきます」
「いってらっしゃい!」
愛しいお嫁さんの声を背に、玄関の扉を開ける。今日はいい日になりそうだ。

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